魔導士とコーヒー
聞き慣れない声がして、とんちんかんで変なこと言われて、一体誰だろうと思って見てみれば。
「おまっ……フォンテじゃん!なんで!?」
そこには魔導士として現在大活躍している、フォンテ・スーフェンがいた。
「ドッキリ大成功、なんてね。元気してた?」
突然現れた有名人――もとい久々に会う友人を目の前にして驚きを隠せない俺を、フォンテはニコニコしながら見ている。
………こんにゃろ、人の気も知らないで。
俺は驚きのあまり落としてしまった新聞紙を手で拾い、「はーー」と深い息をついてフォンテに向き直る。
「俺は元気だよ、フツーに」
「そう?よかった。………というか背伸びた?」
カウンターから出てきて隣に立つと、フォンテは目をパチクリとさせて俺を見上げる。
そういえば最後にあった時はコイツのほうが若干背が高かったんだっけ。今はもうその差は歴然としていて、俺の肩くらいにフォンテの頭があった。
「そりゃ、三年くらい会ってねーんだから背くらい伸びるわ」
「追いこされてる!」
「ドッキリ大成功、ってな」
悔しそうな顔で俺を見るフォンテ。その顔は成長したといえどまだ少しだけ幼さを残したままの、可愛らしい顔だった。
****
俺とフォンテは幼い頃からよく一緒に遊ぶ仲だった。
家が隣同士だったというのもあるが、互いに馬が合うので話すのも遊ぶのも気が楽だったのだ。たぶん、友人は友人でも親友の部類に入るのだと思う。
そんなよく一緒にいた俺たちだが14歳のある日、住んでいた街が魔物に襲われてしまい家と親兄弟を失った。それからだった。互いに魔物の討伐を志すようになったのは。
結果として俺は才能がなく祖父に引き取られてそのまま店を継いだが、フォンテは才能を発揮し魔導士となった。それからは一切会っておらず、手紙なども送ったりしたことはなかった。
そんなわけで久々にゆっくり話がしたいと、店を閉店し自宅スペースの2階にフォンテを上げることにした。
「そこ座っててくれ」
リビングの椅子にフォンテを座らせて、客用のマグカップにコーヒーを淹れてダイニングテーブルに置く。
「ほい」
「ありがと」
「砂糖、いるか?」
「ほしい。あとミルクもあれば」
「悪い、ミルクは置いてねーや」
「まじか〜」
「まじだ。あんまりコーヒーは飲まない感じ?」
「仕事の合間に飲んで練習はしてるけど、一向に慣れないね〜」
「コーヒーの練習ってなんだよ」
「いや、飲めたらカッコいいじゃん」
「……そっか」
「そうなんだよ」
そんな会話をしながら俺は角砂糖をフォンテの目の前に置く。フォンテは熱々のコーヒーに二つ角砂糖を入れて一口飲んだ。だがまだ苦かったようで、形のいい眉を少しだけ寄せてもう一つ角砂糖をコーヒーに沈ませた。
世間からは最強の魔導士だなんて大層な通り名のようなもので呼ばれている彼女だが、「コーヒーを飲めたら大人ぽくてカッコいい」といった考えは昔と変わっていないようだ。
新聞の記事の話だけだと、すっかり別人になってしまったかのように思っていたがそうではないことに俺はなんだか安心感を覚えた。
「どうだ?」
「……飲める」
「ならよかった。今度は紅茶でも用意しとくよ」
「紅茶ー……も、あんまり得意じゃなくて」
「え、お前いつも何飲んでるの?」
「…………みかんジュース、とか?」
「……そっか」
「そうなんだよ」
「ちゃんと歯磨きしろよ」
「歯磨きはちゃんと毎日してます!」
ちびちびとコーヒーを飲むフォンテの正面に俺も腰を掛ける。半年前くらいに祖父が死んでからはテーブルの向かい側に人なんていなかったから、なんだかおかしな感じだ。
俺はコーヒーに普段はあまり使うことのない角砂糖をためしに一つ入れてみた。一口飲んでみる。やはりいつもよりも甘い。
「それはそうと、お前は元気にしてるのか?連日魔物の討伐で忙しそうだけど」
カップから口を離したフォンテは、キョトンとした顔で小首をかしげる。
「あれ?私任務のこと話したっけ?」
「いやいや話したも何も、新聞の話題ずっとお前で持ちきりだろ。見てないのか?」
フルフルと首を横に振るフォンテ。銀の綺麗な長髪がサラサラと揺れた。……そういえば髪伸びたな。前は短かったのに。
「ほら、最近の新聞」
俺はここ一週間分くらいの新聞紙をバサリとテーブルに置いた。その見出しは全てフォンテが魔物を討伐したという報道。ここには一週間分しかないが、ほぼ一ヶ月以上前からずっと見出しにフォンテがついている。それまでも毎日新聞に載ってはいたが、見出しになるほどの難易度の高い魔物を討伐しているのは最近が圧倒的に多い。ちゃんと休めているのだろうか。
「『城下街付近に現れたドラゴンを撃破』………おー、これ私じゃん」
「そう。それは今日の朝刊だ。大変だったな、真夜中に叩き起こされて出動なんて」
「ん?あーいや大丈夫、大丈夫。起きてたから」
「え、そうなのか?」
………この魔物が出現したのってこれによると真夜中の3時とかなんだが。
「この時間まで起きてたとか多忙すぎるだろ!体調とか大丈夫か?崩さないように注意しろよ」
「ルカってば心配しすぎだよ」
「あたりめーだろ。お前は昔っから限界まで頑張る癖があるからな。夜はあったかくして寝てるのか?というかちゃんと寝れてるのか?」
「お母さんかな?」
「ははは」と笑うフォンテ。
こっちは割と真面目に心配しているのだが。
するとフォンテは一通り新聞に目を通して、それからポツリと言った。
「もう討伐に出ないから、新聞に載るような大仕事をすることもなくなるしね」
笑顔のまま、しかし少し目を伏せて、沈んだ声色でポツリと。その言葉の意味が分からず、俺は思わず聞き返していた。
「討伐に……出ないって?」
「どういうことだ」とフォンテに問い詰める前に。
「なんか私、魔導士クビになっちゃったみたいでさ」
新聞を閉じて俺の方に戻しながら、フォンテはそう言って―――
「は!?」
いやまて、今なんて言った。
思考停止する俺に、フォンテは一気にコーヒーを飲み干すと。
「それでルカにお願いなんだけど、ここで働かせてくれないかな?」
先ほどまでの笑顔ではなく、少し苦そうな顔をして俺にそう告げたのだった。




