3. 知らない言葉
ギギガガというゴブリンは群れの中でも変わり者として通っていた。
彼の趣味は遠くから人間の生活をのぞくことだった。
よくわからない道具をつかって、自分たちではできないことを続けている人間の姿は興味深かった。
ときにマネをしてみたり、話し声を盗み聞いたりしていくうちに、人の言葉も覚えていった。覚えた言葉で少女と話す時間はギギガガにとって楽しいものであった。
「ニンゲン、おまえはどんなところで暮らしてたんダ?」
大きい建物と、たくさんの人間がいる町。
「知ってるゾ。遠くからみたことがある。あんなにたくさん仲間がいたら名前を覚えるのが大変そうだ。でも、キラキラしてて楽しソウ」
明るい笑顔をうかべるギギガガの前で、少女はあいまいな返事をした。
そこに耳に入るのはこそこそという小声と、家の入口のすき間から見え隠れする小さな影。群れの子供達がおっかなびっくりといった様子でのぞいていた。
「なんだおまえら、気になるなら入ってこいよ。別に噛み付いてきたりしない」
ギギガガが手招きすると、子供達はぞろぞろと入り近くから少女をじっと観察しはじめる。
少女も子供たちを怖がることもなく、じっと顔を合わせる。両者の間に奇妙な沈黙が流れていたが先に動いたのは少女のほうであった。
「わぁ、笑った。ニンゲンが笑ったよ」
子供達がはしゃぎまわり、少女のまわりをくるくる走り出す。狭い家の中で騒いでいると、子供が支柱にぶつかった拍子に家が崩れた。
積み重なった大きな葉の間から顔を出すと、子供達がゲラゲラと笑いだす。
ギギガガが慌てて埋もれている少女を引っ張り出すと、顔をだした少女は驚いた顔をしていた。ギギガガと目を合わせると、くすくすとおかしそうに笑いだした。
「よし、今日はイノシシを狩りにいくぞぉ!」
はりきる族長の後を群れのゴブリンたちがついていく。その最後尾に続くのは、少女とギギガガであった。
「なあ、おまえ、あのフシギな力で森の獣を狩れないか? そうしたら、もっと肉がクエル」
しかし、少女はブンブンと首を横に振る。
「なに? 生き物を殺すのは嫌いだって? 殺さないと食えないんだからしょうがないだろ」
呆れるギギガガを前に、がんばってみるといって少女は両の手で握りこぶしをつくってみせた。
木々のすき間から鼻先で土を掘り起こすイノシシを見つけると、ゴブリンたちは息を潜めて配置につきはじめる。
木の枝や尖った石をもつもの、足を引っ掛けるための蔓を握るもの、彼らは族長の合図をまって動き出した。
茂みから飛び出してきたゴブリンたちに驚くイノシシに、次々に取り付いていく。
跳ね飛ばされながらも、トドメをさすと族長が勝どきの声をあげ、ゴブリンたちも喜びの声をあげる。
少女はイノシシに弾き飛ばされたゴブリンたちを助けおこし手当てをしていく。
助けられたゴブリンは照れくさそうな顔をしながら、感謝を口にした。
そんなやりとりを見て、ギギガガはどこかおもしろくなさそうな顔をしていた。
「おいらのも治してクレ」
ギギガガが腕にできた小さな擦り傷を見せて、少女にせがむ。
頼られたことがうれしくなり、ギギガガに駆け寄ろうとしたときだった。
「おい、あんた、こっちに早くこい!! ゴブリンに捕まっているんだろう」
突然聞こえた人間の声に、ゴブリンたちの間にさっと緊張が走った。
声の先には人間の狩人の姿があった。
彼は弓に矢をつがえながら、少女を助けようと声をかけ続ける。
ゴブリンたちは狩人の声に応じるように歯をむき出しにして威嚇する。しとめたばかりのイノシシにちらちらと横目でみていた。
「ニンゲンめ、獲物をよこどりするつもりか!」
群れの一匹が飛び出すと、狩人はひきしぼった弓の弦をはじいた。
風切り音をのせて飛ぶ矢のさきにはギギガガがいた。
しかし、突然巻き上がった強風が矢の向きをそらす。ギギガガの無事な姿を見て、少女はほっと胸をなでおろした。
「ニンゲンめ。おぼえてろよ!!」
族長の号令によって、群れのゴブリンたちは一斉に逃げ出す。
ギギガガも少女の手を引いて一目散に逃げ出した。
「待て! おい!」
ゴブリンと共に少女は木々のすき間に消えていった。狩人は呆然としながら、さきほどのできごとを思い出す。
少女が魔術によってゴブリンを守ろうとしたことを……。
家に帰ると、ギギガガにケガがなかったかしきりに心配した。大丈夫だと背を向けながら「ありがとな」とつぶやく。
「おまえ、すごいな。あんなことデキルなんて」
少女は慌てて首を振り謙遜しながら、あんな風にできたのなんて初めてだとうれしそうにはにかんだ。
少女にとって魔術というのは人を傷つける力であった。それが役に立つのはとてもうれしいことであった。
ギギガガと一緒にいたからできた。
「おまえはもうおいら達のナカマだ。だから一緒にいろヨ。おまえといると楽しい」
気恥ずかしさから背を向けていた彼はひやりとした感触を右手に感じた。緑の節くれだった指に白くて細い指がからめられていく。
振り向くと、顔を赤らめながら上目遣いに見つめる少女の瞳と目が合った。
あのね、ギギガガ……ずっとずっといいたかったことがあるの。わたしは、あなたのことが……




