2. ゴブリンとの生活
森の奥、人が入り込むことのない場所にゴブリンたちのねぐらがあった。
木々が開けた場所に、粗末ながらも雨露をしのげる家が建てられていた。
広場では10数名のゴブリンたちが集まり騒ぎ声をあげている。
「あれから、何度挑んだことか。考えを変えねばならない……」
仲間のゴブリンの輪の中心で、一際体の大きなゴブリンが重々しい口調で語りかけていた。
「もはや手段はえらばない! あらゆる手をつくすのだっ! 我らはニンゲンなどには屈しない!」
「そうだそうだ、族長のいうとおりだ!」
勇ましい声に呼応するようにぐるりと囲むゴブリンたちから賛同の声があがる。族長は周囲の反応に満足気に鼻を膨らましていた。
たびたび開かれる独演会に、中にはあくび交じりのものもいた。
そこに一匹の若いゴブリンがこそこそと身を隠すように集落に帰ってきたところを、族長の目がとらえた。
「おい、ギギガガ、貴様さぼったな!!」
大事な集会をさぼったことへのいらだちを感じながら、家の中をのぞくと、そこにはうろたえる若いゴブリンがいた。
そしてもうひとつ、その小さな背中では隠しきれない存在がいた。
「人間だぁぁぁぁーーーー!」
族長の悲鳴を聞いて、その場にいたゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、木々の後ろに隠れていった。
「ギギガガ、お、おま、おまえ、そいつをどうしたんだ……。さらってきたのか? えぇ、どうするんだ! 人間たちがそいつを連れ戻そうと攻め込んでくるぞ!」
「違う、こいつが勝手についてきたんだ!!」
周囲から向けられる視線に不安そうにする少女は、ギギガガと呼ばれた若いゴブリンの背中に隠れようと体を密着させる。
ゴブリンと呼ばれる種族は人間の子供ほどの背丈で緑の肌をもつ、亜人の一種族であった。しかし、人間から残忍で狡猾な見た目だといわれ忌み嫌われていた。
同時にゴブリンにとっても人間は目の上のたんこぶであり、天敵であった。
それが、まるで親子のように信頼しきった様子でいることに族長以下群れのゴブリンたちは困惑していた。
「返してきなさい」
「でも……、様子が変だし、ほっとくと森の狼のエサになっちゃうよ」
少女は不安そうに瞳をゆらしながら、じっとギギガガを上目遣いに見つめる。
そんなやりとりを何度かつづけたが、結局、ギギガガが少女を世話することになった。
人間がゴブリンの集落で暮らしているという、奇妙な緊張が群れの中に漂っていた。
しかし、当の本人はというと、うれしそうにギギガガに側にいつづけた。
群れのオスたちに混じってギギガガが狩りにでかけようとするが、亜人の言葉がわからない少女はギギガガに置いていかれると悲しそうな表情をしていた。
「………族長ぉ」
困り顔のギギガガに「ええい、うるさい、わかっている」といいながら、腰に手をあてながらふんぞりかえってみせる。
「おい、貴様、見てのとおりここは厳しい森の中だ! ひ弱なニンゲンなぞすぐに屍をさらすことになる!」
「…………?」
大声でまくしたてながら指をつきつけてくる族長を前に、少女は首をかしげる。
群れの中で唯一、人の言葉を話すことができるギギガガが間にたって通訳をこなす。
「族長、この子ついていくってとかいってるんだけど」
「ああもう、面倒だ……。いいだろう! ニンゲン、貴様はオレたちのために働いてもらうぞ。死ぬほどこきつかってやるからな!」
そして、少女は狩りの一行の一番後ろについて歩き出した。
「おい、ニンゲン、荷物を持て!」
「おい、ニンゲン、その果物は毒があるからとるな!」
「おい、ニンゲン……」
族長は少女に口やかましく命令していく。
少女は素直にしたがい、荷物を背負い、ときにゴブリンでは届かない高さにある木の実に手をのばした。
「生きるチャンスを与えられたことに感謝するんだな! 次からも死に物狂いで働け!」
集落に戻ると彼女の手の上に甘い果実や、獲物の肉が与えられた。
肉にかぶりつくゴブリンたちのよこで、少女は口をつけようとしなかった。
落ちていた枝を拾うとその先に肉を突き刺してぶら下げる。少女がなにを始めるのかと見ていると、その手元から炎が生み出された。
「ぎゃあぁぁぁ!!」
突然沸いて出てきた炎に驚いた仲間の一人が悲鳴を上げる。その悲鳴をきいて、わけもわからず群れのゴブリンが逃げ出し木の陰に隠れる。
後に残るのは気まずそうな顔をする少女の姿。
焼けた肉からはいいにおいが立ち上り、とけた脂が滴っていた。ギギガガが物ほしそうな顔で肉を見ていると、少女は笑顔で差し出す。
「うまい!!」
「なんだと、オレにも寄越せ!!」
少女のもとに肉をもったゴブリンたちが押し寄せる。最初は戸惑っていたが、焼き上げた肉をうまそうにがぶりつく姿に楽しげな笑顔をそっと浮かべた。




