1. マグノリアの世界
とある孤児院の前に一人の赤ん坊が捨てられた。
名前も両親もわからない赤ん坊を抱き上げると、院長の老婆は大事に育てた。
「キレイな銀髪に雪のような肌だ。あんたの名前は、マグノリアとでもしようかねぇ」
少女はその見た目から、まっしろおばけとからかわれていた。
女の子にちょっかいをかけ続ける男子を老婆がしかる。
『いたずらばかりをするやつはゴブリンの仲間になって森で暮らすことになるよ』
大人たちは悪さをする子供を叱るとき、決まってこの言葉を口にした。
やがて少女は銀色の髪にすきとおるような白い肌、目がさめるような美しい娘に育っていく。
そんな彼女を見て老婆は注意を与える。
「ゴブリンのようなやつらは町にもいるからね、気をつけるんだよ」
ある日、彼女は事件に巻き込まれる。
崩れた建物、うめき声をあげる数人の男、そして呆然とした表情で立ち尽くすマグノリアの姿。
着衣は乱した彼女を見て、老婆は状況を察する。
「……魔術とはね。扱えるのは貴族の血統ばかりのはずだけど、こいつは困った。いや、あんたにとっては必要なものになるのかねぇ」
しかし、少女は他人を傷つける力なんていらないと首を振る。
「今のあんたは抜き身のナイフさ。まずは、使い方を覚えておいで、そうしたらどう使うか自分で決めればいい」
魔術の才覚を示した彼女は、王立学園への入学を許可された。
貴族ばかりが通う王立学園でも、彼女の容姿は人目を引いた。彼女自身は内向的な性格もあり、表に出ずひっそりと過ごしていた。目立たない地味な髪型に化粧もしていなかったが、それでも彼女の存在は圧倒的であった。
その意思に関係なく彼女は人々の注目の中心にいた。
「あなたがマグノリアさんね」
声の主を見て、マグノリアは驚きを隠しながら愛想笑いを浮かべる
学園には上級貴族の子弟も在籍し、それはマグノリアのような平民には雲の上の存在であった。彼らは貴族同士で交流を持ち、平民には関わりのない存在であった。
公爵家令嬢であるカトレアは、その中でも上位の存在であった。
どうして自分にと思いながらも、カトレアは平民出身のマグノリアにあわせて砕けた口調で話しかける。
貴族ばかりの学園に通うのは気苦労だろうと、優しい言葉をかけて気遣うそぶりすら見せた。
この時点では、マグノリアにとってカトレアは貴族だけれど平民にも分け隔てなく接してくれる尊敬できる人物であった。
カトレアの友人ということで、注目を集めるマグノリアに嫉妬の目をむけても手をだすこはできなかった。
最初はささいな違和感であった。
マグノリアは自分に向けられる視線に悪意を感じるようになった。
彼女は目立たぬようにと心がけた。
しだいに、その悪意は実行に移される。
授業中であろうと所かまわず呼び出されて、マグノリアは嫌がらせにとどまらず、暴行をうけるようになった。
目撃した生徒は彼女に同情するが、なにもすることはできなかった。
教師に相談するが「その話はしないでくれ」となかったことにした。
男子生徒に暗がりにつれこまれそうになったとき、彼女は夢中で逃げ出そうとした。そして、偶然通りかかった女教師に助けをもとめるが、視線をそらしそのまま通り過ぎていった。
彼女に逃げ場はなかった。
もしも、逃げれば育ててくれた孤児院をつぶしてやると脅された。一緒に育った子供たちや院長を同じ目に合わせるといわれ、彼女は耐えることしかできなかった。
とうとうマグノリアはカトレアへと相談する。
「まあ、大変なことね。この学び舎で、王国の貴族がそんなことをしているなんて前代未聞よ。私から注意しておくわ」
相談してよかったと、マグノリアは涙混じりに感謝の言葉をのべた。
そして、数日後、彼女はカトレアについてきてほしいと馬車に乗せられた。
貴族のための上等なイスに座ることに恐縮していると、馬車は郊外の森へと向かっていった。
どこにいくのかと不安を感じたマグノリアが質問するが、心配しなくていいという返事を口にするだけであった。
やがて、森に着くと馬車から降ろされた彼女の前に、見覚えのある男が待っていた。
にやにやといやらしい笑みを浮かべながら、男達はマグノリアを取り囲む。
羽交い絞めにされた彼女の前にビンがかざされた。透明なガラスの向こうで正体不明の濁った色の薬がゆれている。
「これはね、初めて見た相手を好きになる惚れ薬。あまりに効果が強いから、王国では禁じられているわ」
優しく声をかけてくれたはずのカトレアが冷たい目でマグノリアを見下ろしていた。
絶望の表情を浮かべるマグノリアの前で、カトレアはいつもと変わらぬ微笑を口の端に浮かべていた。
「あなたは悪くないわ、でも、しょうがないのよ。殿下があなたを見ていたから。彼は私の婚約者だから、わかってくれるわよね」
無理やりにこじ開けられたマグノリアの口に、薬が流し込まれた。
せきこむ彼女は目隠しをされ森の奥へと連れ込まれる。
「ここには獣や亜人が出てくるらしいわ。きっと、あなたにお似合いの相手がみつかるはず。次に目をひらいたとき目の前にいるのが―――運命の相手よ」
ごきげんようという言葉を残してカトレアは去っていった。そうして、木に縛られたマグノリアの目隠しがはずされ、彼女は森の中に一人とりのこされた。
彼女は決して目をあけまいと視界を閉ざす。
縄をとこうともがくが容易にはずすことはできず、魔術で縄を焼ききろうとした。
手首にできた火傷を魔術で癒すと、音だけを頼りに森を歩き出す。
何もわからない視界で慎重にすすんでいたが、ざわざわという葉ずれの音や正体もわからない獣や鳥の鳴き声に叫びだしくなった。
たまらずに駆け出すと木の根でつまづき、慌てて地面に手をつく。じくじくとした痛みに心が恐怖に蝕まれていく。
もう一歩も動けなくなり膝を抱えてうずくまった。
だれか助けてと祈る。
だけど、こんな森の奥までやってくる人間などいるわけないと心が諦めに支配されそうになった。
「オイ、オマエ」
そこに聞こえたのは人の言葉。
それはぎこちない口調であったが、たしかに人の言葉であった。
マグノリアはまさかと思いながら、おもわず目を開いてしまった。
そこには人間の子供ほどの背丈、緑色の肌をもつ一匹のゴブリンが立っていた。
その瞬間、マグノリアの世界が塗り替えられ、彼女の悪夢が始まった。




