柊、老婆対狙うもの
「お、に」
――地獄・アマチカ山の山頂にて、朝陽たちの目の前に出現したのは、二メートルはゆうに超す大きさの“鬼”が何十体もいる光景だった。もしかしたらその数は百を超えるかもしれない。朝陽が登ってきた山道の向こうまで、“鬼”を目視できるのだから。
いま、朝陽の目と鼻の先にいるのは紛う方なし鬼だ。
朝陽は、絵本で描かれた昔話に登場する鬼しか知らない。デフォルメされた、イラストの鬼しか知らない。他に見たことがあるとすれば、節分の豆についてくる鬼のお面や、東北地方のお祭りの「悪い子はいねぇか」といって幼子を泣かせるコスプレに近い鬼しか知らない。
けれども、目の前に立つあれらは鬼だと理解できてしまった。それだけ、あれは“鬼”を体現せしめていたのだ――鬼をよく知らない者に、己は鬼だと見るだけで理解させてしまう見た目を。
「あーひゃっひゃっひゃ!」
丸腰の老婆は、高笑いを響かせながら、鬼たちに単身突っ込んでいく。
赤や青、緑に黄。鮮やかではないくすんだ色合いの肌を包むのは藁のような腰布のみ。毛むくじゃらな筋肉質な鬼たちは、皆一様に巨漢だった。鬼たちが振るう武器は、彼らの身の丈をゆうに超える鈍色の棍棒。
多色に満ちた巨漢の鬼たちが、それぞれに棍棒を振るう度にぎゅんと空気が唸り、地に降り下ろされたならば、地にゴッと耳障りな音とともに穴が開いた。
――獲物を見れば棍棒で空を切り、獲物を見れば棍棒で地を穿つ。鬼たちのとる戦法は、戦法といえぬほど単純ではあったが、彼らは怪力や剛力でもって戦法とせしめていた。振る、その単純な行為を力業で戦法まで昇華させていたのだ。
その棍棒の乱れて放たれている合間を縫うように、老婆は舞う。
「この脱衣婆をそれだけの戦力で勝とうと思うなんざぁ! 温い、温い、ぬっるいわぁあ!!」
地を蹴り、その勢いから鬼一匹に飛び蹴りを食らわし、文字通り後方へ蹴っ飛ばす。蹴っ飛ばされた鬼は、後方にいた同輩たちを巻き込みながら、将棋倒しの状態で同輩たちをなぎ倒していく。
老婆は蹴っ飛ばしたあと、すぐに左右隣にいた鬼に一匹ずつ掴み、同輩になぎ倒されていく鬼の上を突っ走しっていく。
人間でいう襟首あたりの皮膚をがしっと掴まれた鬼は、ブゥンゥブンと空気を切る音を盛大に響かせつつ振り回され、扇風機の羽よろしく旋回して同輩を弾き飛ばしていく。
弾き飛ばされた鬼は、やはりあちこちへ吹っ飛んで、吹っ飛んだ先で同輩を巻き込みながら将棋倒しとなり、老婆はその上を歩き、やはり立ちふさがる鬼を蹴っ飛ばして以下略、時には振り回す鬼を砲丸投げよろしくぶん投げて、鬼のボーリングをしてみたり――まさしく文字通り、老婆は無双していた。
気づけば老婆を中心に、横たわる鬼の絨毯ができていた。
「…………………………」
あまりにも見た目と違う強さを誇る老婆に、朝陽はもう何もいえなかった。
朝陽は、細身のお年寄りである老婆がひとりで鬼を屠る光景から目をそらした。何だか信じられなかったのだ、強すぎて。
「邪魔です、邪魔です」
一方、柊は愛刀を抜刀した一閃の一撃を皮切りに、鬼たちを一匹一匹振り払っては切り伏せ、返しては切り、切りは返しの繰り返しで、危なげなく非常に手慣れた手付きで刀を捌いて鬼たちを負傷させていた。
致命傷ではなく、足の腱を狙って切ったり、手首を始め手足にある程度動かせなくなる傷を負わせていたのだ。
それだけの負傷ならば、筋肉質の鬼たちは、力業で押してきそうなものだった。
けれども、それは叶わない。柊の愛刀は名を九字切りといい、“臨兵闘者皆陣列在前”と古来より邪を払うという九字が刀身に掘られている業物である。
言霊というだけあり、文字には霊力が宿る。九字という邪を払う霊力を込められた柊の愛刀は、よこしまな念をもつものはもちろんのこと、邪気をもって操られているものたちにはより“効果的”に傷を負わせるのだ。
とどのつまり、九字切りは邪に対して切れ味がよくなり、切り伏せた相手の邪念を祓って、闘気や戦意といったものを喪失させることができるのだ。
故に、柊の九字切りに切り伏せられた鬼たちは、地に伏せたら、そのまま起き上がることができないのである。
「貴様たちは生け捕りにして閻魔さまの前につきだしてやりますので覚悟しろ」
怒りで目を光らせ、淡々と柊は問答無用で切り伏せていく。
老婆は派手に、柊は静かに――けれども確実に、鬼たちの数を着実に減らし、ついに鬼たちは捕縛されたのであった。




