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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
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お猪口に満ちるもの

28日エピローグまで毎日十八時更新となります。



 朝陽はお猪口を手のひらに乗せたまま固まっていた。開かれた朝陽の両の手のひらには、ふたつのお猪口。よく見れば宝木と同じ素材でできていると気付くだろうけれど、朝陽はぽかんとしたまま気付く気配が見受けられない。

 固まる朝陽の肩で、セラは朝陽の手のひらを眺め続けていた。しばらく虹色に光り輝くガラス製のお猪口を真ん丸な目をさらに見開いて見ていたが、やがてゆるりと宝木とお猪口を交互に見始めた。それこそ、お猪口と宝木が穴が開くぐらいに、熱心な視線だ。


「あのお猪口は」


 柊も、お猪口と宝木を見比べていた――セラほど視線に熱さを感じないけれども。


「ひぃっひっひ、あのハタ迷惑な若作りも、最後の最後でイキな計らいってもンをするじゃないか? ……ま、それでしでかしたでかすぎるイタズラはチャラにはならんがな、きひひ」


 老婆はくつくつと笑いながら朝陽たちを見ていた。


「ありゃア、アムリタが入る盃さね」


 ――甘露、醍醐、アムリタと呼ばれる、天から降るもの。それは人と人ではないものが結ばれ、間に子を成すならば必要なもの。

 地獄で天に近い場所、アマチカ山の宝木に願い、願いが受け入れられたならばそれは降る。願いが叶うまでの守り手と、それの器となる代物が揃ったならば――

 お猪口と宝木を見比べていたセラの耳と尻尾が、勢いよく、ぴん! と立った。そしてセラはきょろ、きょろと忙しなく顔をあちこちへ向け始め、空を仰いだところで動きが止まる。何かに気付いたようで、尻尾をぶんぶんと振り回し始めた。


「にゃあ、にゃあ、にゃあ!!」


 興奮するセラにつられ、固まっていた朝陽もゆるりと上空を見上げ、再び固まった。

 それは、透明な滴だった。

 どこまでも透き通った限りなく透明度の高い水滴が、宝木とお猪口の水晶の虹色の光を受けてきらめきながら、天の雲間から一滴、一滴と小雨のように降っていく。それらの行き着く先は全て、朝陽の手のひらの中のお猪口。

 朝陽とセラはその光景にのまれていた。圧倒され、反応ができないでいた。


「ほおら、降ってきた! 守り手と、盃が揃ったときに、アムリタは降る!」


 朝陽とセラとは対照的に、老婆は愉快げに高笑いをし、その隣で柊は言葉を失っていた。


「だから、見ておれといっただろう!」


 老婆は、アムリタが降るとわかっていたのだ。その瞬間を見ろと、見守れと柊を止めた。


「あんたも、当事者だからな! ちょびっと、興奮した頭を冷ますのには、ちょびっと離れて見るのが一番なんだよ!」


 柊はようやく、自身が落ち着きがなかったことに気がついた。今までの朱色童子のしでかしたてきた様々なことを知っているからこそ、朱色童子が朝陽のそばにいるだけで落ちつかなくなったのだ。

 あのままで朝陽のそばにいても、ただただ興奮するがままに朝陽の安全を確かめ、朝陽に何らかの影響を与えていたかもしれない――ただでさえ、朝陽は固まっているというのに。

 日常から非日常へいきなり飛ばされ、見た目は状況に適応し受け入れているように見えても、実際はそうではないと……実際は無理して気丈に振る舞って、いつ張り詰めている気がぷっつりと切れないという保障はどこにもないのだから。

 あんなに長くそばにいた柊だからこそ、朝陽の現在置かれている状況を理解し、守らねばらないというのに。

 本来ならば、柊が「守る」立場なのだ。朝陽を「守る」のは、柊だった。


「なぁにシケた面ぁしてんだ、しゃきっとしなしゃきっと!」


 ずばしぃ、と明らかに空気が震えた音でもって、柊は背へ平手をみまわれた。かなり痛かった。


「ほら、若いの。あんたとセラの出番だよ!」


 いつしかお猪口が満杯になり、すでにアムリタはやんでいた。

 セラは宝木と朝陽の周囲を己の神域と見なし、すでに結界を張り終え、朝陽を背後に庇い、全身を逆立てて威嚇し臨戦体勢を整えていた。

 柊も己の不甲斐なさに舌打ちしつつも、腰にさげた愛刀をいつでも抜き放てるように構えた。


「ほおら、来やがった」


 老婆も肩幅に足を開き、利き足をひきいつでも蹴りを放てる体勢であった。

 彼らは、みな朝陽を背後に庇い、敵に相対していた。

 セラは守り手として、または一柱の神として。

 老婆は先代として、またはただたんに暴れたいし、またはただ守ってやりたいから。

 そして、柊は祓い手として、次代の母たる朝陽の護り手として、そして誰よりも朝陽を想う者して。




 どの時代であれ、権力というものは、ある一定数の者たちにとって、とてつもない魅力の輝きを照らしつけるものらしい。

 今代の閻魔大王の母も、閻魔大王を出産するまでその命を狙われた。

 理由は指摘するまでもなく明らかだ。権力を欲するが故に、であった。

 閻魔大王は地獄の長、ひいては地獄を統べる王、すなわち地獄の権力の頂点。閻魔大王の世代交代は、いにしえの昔よりその方法は決まっている可変できない“世界のことわり”である。

 誰にも世界の意志は変えられないというのに、やはり権力に魅せられた者は“閻魔大王に成り代わりたい”と願い、結果閻魔大王の世代交代のときに、新しい閻魔大王が誕生するのを阻止する、もしくは誕生後、赤ん坊の間に“不慮の事故”に遭わせようとする。

 そして、いまも――


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