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地獄の最下級悪魔に転生した元斥候、「殺せ」の命令を蹴って魔核を喰らい進化する ~地獄を束ねても、帰る場所は十年待たせた仲間の食卓です~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一部 灰の底から

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9/21

追ってこい、監督官

ザグを倒す手は、黒い炎ではなく、酸にした。


鉄の手甲と脛当てを着けたあの男には、黒焔は表面を焦がすだけで中まで通らない。溶かすなら、酸だ。戦う場所は俺が決める。そのために、三日をかける。


硫黄渓の隠し穴で、丸一日かけて黒焔の腺を閉じ、酸の血を出す腺を開き直した。切替は痛い。皮膚の下を熱いものが逆流して、何度か吐いた。終わったとき、掌から煙は消え、爪の付け根が湿っていた。


*


準備の最初は、骨の橋だった。


酸だまりの上に骨の束を渡し、片側を細く、片側を太くして、重い者が渡れば傾いて落ちるようにした。獲物の小獣で試すと、ちゃんと傾き、一呼吸のうちに溶けた。


ただし、ザグを落とせるのは一度きりだろう。あの男は、窪地の足跡一つで俺の動きを読む。だから、保険にもう一本、岩壁の細いひびを飛び石の道にして残した。誰にも教えていない。


その間に、遠く倒木地のあたりから、石の音が届いた。かつん、かつん、……かつん。コルの合図だ。


俺は岩を二度叩き、一拍置いて、一度叩いた。通れる。


そのあとで拳を前に突き出し、掌を開いてみせた。来るな、のつもりだった。危ない道には入るな。伝わったかどうかは分からない。向こうの音が一瞬途切れて、それから短く一度だけ鳴った。


返事を待ってくれたのだと思う。


*


三日目の夕刻、こちらから動いた。


回収班の宿営地は、巡回路の北端にある、半ば崩れた岩の窪地だ。夕刻に荷車が戻り、ザグはその前に必ず外縁を一周して報告を受ける。俺はそれを三日見張って、数えた。外縁を回りきって窪地に着くまで、四十を数える間。荷車の荷下ろしが始まって、護衛の注意が荷に向くまでが十。


つまり、荷車を襲って十で抜ければ、ザグが着く前に消えられる。


窪地の上の崖に伏せて、荷車を待った。背中の後ろで、尾が勝手に左右へ揺れている。小石が一つ、縁から転がった。護衛が顔を上げかけて、俺は尾の先を踏んで押さえ込んだ。心臓のほうがうるさかった。


荷車が窪地に入る。縄が解かれ、荷が下ろされ始める。


崖から跳んだ。


一番手前の護衛の背中に着地し、肩を踏んで跳ねる。二匹目の顔を尾で払い、三匹目の首筋へ黒爪を通した。声を上げる前に、三匹が動きを止めた。残る荷役の二匹は荷車の影へ逃げ込み、襲ってくる気配がない。命令が「荷を守れ」だからだ。俺は荷袋を一つ破って核を数個つかみ、荷車の上にあった命令板の欠片を懐に入れた。


十を数えきる前に終わった。


三日前なら、護衛三匹に囲まれた時点で穴に潜るしかなかった。今は、数える余裕がある。


振り返ると、窪地の入口にザグが立っていた。


予定より早い。棒を持ち、折れた角の下の目が、俺を待っていた顔をしていた。


「やはり、そう来たか」


低い声が胸に響いた。


「三日前から空気が変わっていた。逃げ回っていたやつが、足跡を残さなくなった。そして今日、一番手薄な時間に来た」


俺は荷袋を持ったまま、一歩下がった。早く来られたのは誤算だ。だが、荷を襲った時点で、逃げ道は決めてある。


「罠を仕掛けて、準備して、おびき寄せる。生き残る個体の動きだ」


ザグは棒の石突を、ゆっくり地面に打った。


「俺も、かつて領主に挑んだ。負けて、角を折られた。命だけは残してもらった。だから言える。強い主の下で手先になれば、餌にはならない。お前ほどなら、看守にでも補佐にでもなれる」


嘘ではなかった。この男は、そうやって生き延びてきた。逃げて、折れて、膝を折って、居場所を手に入れた。それが誇りであり、傷でもある。


俺は首を振った。


看守になれば、俺の後ろで今日も何百匹かが籠に入れられて運ばれていく。そんなのは、俺の生き方じゃない。言葉にならない分、荷袋を放り、爪を立てて態度で示した。


ザグの目が細くなった。惜しむような色が、赤い光の奥に見えた。


「なら、ここで折るしかないな」


彼は配下を後ろへ下げた。理由は分からない。俺は背を向けて走った。


*


追ってくる足音が重い。重いのに、速い。


最初の橋は、渡り場の手前に掛けてある。ザグは足元を一瞥し、手前で止まって、棒の先で橋を叩いた。傾きを見破られた。


予想どおりだ。


橋ではなく岩壁へ跳び、ひびの足場を飛び石にして向こう側へ渡る。ザグは眉をひそめたが、棒を岩に突き立て、その反動で同じ道を跳んで来た。追いつかれる。


酸だまりの縁を走り抜ける。背後で棒が風を切った。頭を下げてかわし、岩の影で一度だけ振り返る。


懐から命令板の欠片を取り出し、遠くへ投げた。


欠片はザグの腰の石板と共鳴するように淡く光った。ザグの動きが、一瞬だけ鈍る。自分の石板が反応して、次の命令を拾おうとしたのだ。その隙に、俺は酸だまりの岩場へ抜けた。


足場は岩と骨の細い橋。足元で薄緑の酸が泡を立てている。ザグが追いつくまでの数十を数える間に、爪の付け根へ酸の血をにじませ、腕に力を溜めた。


ザグが現れた。肩で息をしている。それでも足取りは確かだ。すり足で近づく彼の石板が光り、頭の中で鐘が鳴り響いた。


視界が歪む。従え。従え。従え。


歯を食いしばって、手を棒の柄に伸ばした。


ザグの棒が横から振るわれる。その軌道の下へ爪を滑らせ、鉤を固定している金具の接合部に、黒い液をたっぷり塗り込んだ。


じゅっ、と音がした。


一撃では溶けなかった。棒の衝撃で肩が砕けるかと思うほど弾かれ、背中を岩にぶつけて息が漏れた。頭痛と痛みで、視界が半分暗くなる。


それでも、金具は鳴いた。あと一度、あの接合部に衝撃が入れば折れる。


そのためには、懐へ入るしかない。


黒爪と折れた角が、同じ距離に入った。


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