徴収塔を断つ
明日、城を囲む五つの徴収塔を断って、城へ入る。その前の晩、コルの寝床に顔を出した。頼みがあった。
銀の髪と角と翼で現れた俺を、コルは三拍ぶん固まって見つめた。それから、いきなり翼を掴んだ。
「でかい。かっこいい。さわっていいか」
「もう触ってる」
「あたたかい」
「それは血が通ってるからだ。引っ張るな」
翼の端を引っ張られて、少し痛かった。コルは満足するまで撫でまわし、ようやく真顔になった。翼の骨の数を指で数えて、十二、と得意げに言う。数え間違いだが、黙っておいた。
手短に説明した。塔を断って城に騒ぎが起きれば、領主はおそらく「物資と荷役を退避させよ」と命じる。荷役のお前には、その命令が届く。俺が地図を広げて外周路を指で辿ると、コルも身を乗り出した。
「ここと、ここ。守備兵が駆けつける道と、荷役が退くための道が、重なる曲がり角だ。退避させるなら、こっちの道を使え。守備兵の足が詰まる」
「それ、めいれい、やぶり、じゃない?」
「違う。命令どおりに、お前が一番いいと思う道を選ぶだけだ。選ぶのはお前で、俺が頼んだわけじゃない」
嘘ではなかった。命令を破らせるつもりも、領主を裏切らせるつもりもない。胸の糸が許す範囲で、彼自身が決めた道を行く。命令の中に、抜け道は作れる。
コルは長いこと地図を睨んでいた。
「ぼくが、えらぶ」
「そうだ」
「じゃあ、えらぶ」
にっと笑った。
*
翌朝、崖の上に立った。眼下に城の外周が広がっている。灰色の壁。鎖の巻きついた塔が五つ、城を囲む位置にそびえ、そこから魔力が導管を伝って、中心の領主の間へ流れ込んでいる。
空へ踏み出した。
膜翼が風を捕らえ、身体がふわりと持ち上がる。上昇はできない。だが高所から降りる軌道なら、自由に描ける。崖から城壁へ向けて、まっすぐ滑った。距離は二百歩あまり、風に乗れば二十呼吸もかからない。音が耳の横を走り去り、殻が風に鳴る。落下ではなく飛行に近い速さで、一番近い塔の屋根が迫ってきた。
屋根に見張りが二匹いる。弩から矢が飛んだが、翼の端を傾けてかわした。脇の殻を掠めた矢は、黒閃になって弾き返される。
着地と同時に、突き出された槍を黒刃で二本まとめて断った。塔の頂には、魔力を集める晶が据えられている。そこから太い導管が下へ降り、城へ魔力を送る入口になっていた。
黒刃を、導管の継ぎ目に当てる。
――ぱん。
乾いた音がして、導管が二つに割れた。断面から青白い光が噴き、流れが止まる。晶が一度強く明滅して光を失い、塔の窓の灯りが一斉に消えた。
一つ。ほんの数日前、鎖の胴に三度弾かれた爪が、今は息を二つ吐くあいだに、塔の命脈を断つ。
下から守備兵の叫びが上がる。俺はもう屋根を蹴っていた。二つ目へ、滑空、着地、黒刃。三つ目の塔では守備兵が二十匹ほど待ち構えていて、弩の矢が雨のように降った。翼を畳んで急降下し、殻で受けると、黒閃が散って最前列が倒れた。四つ、五つ。
最後の導管を断ち切ったとき、城全体が暗くなった。五つ断つのに、息を数えて百に届かなかった。
*
暗がりの中で、城の中庭に降りた。
荷役たちが右往左往している。守備兵が号令を叫び、命令板が光るが、その光は弱い。補給を失った城の命令は、かすれていた。
そのとき、最上部の窓がひとつだけ灯った。グラドの声が、全城に響く。
――物資と荷役を、退避させよ。
低く冷静な声だった。焦りがない。頭の中で鐘が鳴った。読みどおりだ。
荷役たちが一斉に動き出した。物資の荷を担いで、中庭から外周路へ。その中に、小柄な牙魔が混じっていた。コルだ。隊列の先頭に立ち、迷いなく道を選んでいる。曲がり角を二つ、右へ。守備兵の応援が来る道の、ちょうど真ん中へ。
荷役の列が、守備兵の進路を塞いだ。守備兵が押しのけようとして混乱が起き、荷車が転がって荷が散らばる。命令板の光が、あちこちで食い違った。
コルの背中が、一度だけ振り返った。荷車を押す小さな腕は、思ったより頼もしかった。目が合う。コルが石を一度、叩いた。俺は頷いた。
守備兵の経路は詰まり、正面の城門ががら空きになった。
*
城門をくぐった。内部は薄暗く、壁には鎖が這い、床には古い血の染みが乾いている。守備兵は通路ごとに配されていたが、全員が戸惑っていた。補給は切れ、荷役は退き、道は詰まり、侵入者は既に内側にいる。
立ちはだかる者は槍を断ち、盾を割り、命令板を壊した。膝をついた者は、そのまま通り過ぎる。彼らは追ってこなかった。
螺旋の石段を上る。壁の鎖が、俺の動きに合わせて小さく鳴った。最上階の扉の前で、足を止める。黒鉄に、灰色の鎖が巻きついた重い扉だ。向こう側から強い魔力が漏れていた。
胸の糸が、強く引かれた。
――来い。
命令だった。扉を開けて中に入れ、足元に跪け、従え。強い鐘が骨の内側を叩く。以前なら膝が折れ、吐き気がして視界が白くなった。
俺は息を吐いた。そして、笑った。
「聞こえてる。初めて聞いたときから、ずっと聞こえてた」
鐘がさらに強くなり、頭蓋が割れそうに痛んだ。それでも足は動かない。従う気がないから、動かない。
「でも、従わない」
扉の鎖の留め具に、黒刃を当てた。
――ぱきん。
鎖が断たれ、重い扉がゆっくりと内側へ開いた。部屋の奥に、灰色の長衣の男が立っている。
眠そうな目で、こちらを見ていた。




