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地獄の最下級悪魔に転生した元斥候、「殺せ」の命令を蹴って魔核を喰らい進化する ~地獄を束ねても、帰る場所は十年待たせた仲間の食卓です~  作者: 雅龍(がりゅう)
第二部 光る魔界と、選ぶ影

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影装魔

目を開けて最初に聞こえたのは、自分の関節が鳴る音だった。


かちり、と。骨ではない。もっと乾いた、陶器を打ち合わせるような響きが、肘と膝から返ってくる。洞の天井の花の根が頭のすぐ上にあって、立ち上がろうとして危うく頭突きをするところだった。


この身体で何ができて、何ができないのか。城へ向かう前に、それを一つずつ数字にしておく。黒殻獣の時は、半日の仕込みと命綱四本でやっと一匹だった。次の戦いでは、そんな贅沢はできない。


慎重に身を起こして、腕を持ち上げる。


黒かった。


前腕から肩にかけて、艶のある殻が重なっている。一枚一枚が薄く、関節の動きに合わせてずれる。爪を握っても、殻の縁が滑って指の邪魔をしない。胸と背にも同じ殻が回り、尾の根元から先へ細い節が連なっていた。背丈は牙魔のころから頭ひとつ分伸びたが、重さは感じない。最初から身体の一部だったように馴染んでいる。


影装魔。それが、今の俺の名前だった。


洞の入口で、花の根を一本つまんで引いてみた。以前なら千切れなかった太さの根が、ぷつんと切れる。力の加減も、また覚え直しだ。


試しに根を三本続けて切ってみた。一本目は力み過ぎて壁の土まで崩し、二本目で加減が分かり、三本目は糸のように切れた。握る強さは、半分で足りると覚えた。


洞を出ると、浮園の風が殻の表面を撫でた。冷たいとも熱いとも感じないのに、触れた箇所だけははっきり分かる。皮膚が増えたような感覚で、殻の内側では鼓動が二重に聞こえた。もう一つ心臓を入れたようで、少し落ち着かない。


*


まず、殻の厚みを確かめた。


意識を向けると、黒い装甲が体の輪郭に貼りつく。力を込めるほど厚く硬くなる。近くの岩に拳を叩きつけると、がん、と鈍い音がして、欠けたのは岩のほうだった。


最大まで固めてみたら、壁のようになったが動けなかった。膝を曲げるのさえ難しい。やりすぎだ。力を抜くと、殻は元の厚さに戻る。必要な場所を、必要なだけ固める道具。関節と目は覆えない、という弱点も分かった。


固めたまま踏み出す算段も試した。息を三十数えるあいだは立っていられたが、そのまま動けた歩数は零だった。薄く保てば二十歩は走れる。厚みと足は、片方しか買えない。


次は、殻の表面を傾ける。前腕を斜めに立てれば、衝撃が筋に沿って逸れる。黒殻獣の足の置き方と、結晶獣の偏らせる形を、殻の上で重ねた工夫だ。


そこへ、嘴の鋭い鳥が三羽、降ってきた。


浮園に巣を作る夜目の利く鳥で、さっきからこちらを窺っていた。俺が立ち止まったのを見て、同時に急降下してくる。


来い。


腕を立て、殻を傾けた。一羽目の嘴が前腕に刺さり、がつん、と衝撃が走る。腕は痺れた。だが嘴は貫けず、滑って横へ逸れた。衝撃の大半は殻の筋に沿って身体の外へ抜け、残った一部だけが、殻の内側に熱として溜まる。


溜まった力を、押し返す。


腕を一振りすると、殻の表面から短い黒閃が走った。一羽目の翼に線が刻まれ、鳥は錐揉みしながら岩に叩きつけられる。


二羽目の嘴を殻で受け、三羽目の爪を肩で受けた。そのたびに黒閃が返って、翼を裂く。受けて、溜めて、返す。三手で一羽。三羽とも岩に落ちて、動かなくなった。


反響影殻、と呼ぶことにした。返せるのは受けた衝撃の一部だけで、溜めておけるのは、数えてみると三呼吸ほど。それでも収穫は大きかった。黒殻獣の突進を腕で受けた時は、片腕の感覚が戻らなかった。今回は三度受けて、痺れは手首で止まった。


受けるだけの殻じゃない。返せる殻だ。


岩に落ちた鳥は、気を失っているだけだった。殺す必要はない。力の加減を覚えるのも練習のうちだと、翼を傷つけた一羽を岩の陰へ寄せてやり、二羽には道を空けた。


ふと、尾の音が変わっていることに気づいた。以前は、嬉しいたびにぺしぺしと岩を叩いていた。今は節に殻が重なって、かち、かち、と乾いた音がする。喜びが、陶器の音になった。隠しにくいのは、相変わらずらしい。


落ちた鳥の嘴を一本拾った。透き通って、先が鋭い。削れば小さな錐になる。ベルンの宿の厨房で串を打つ錐を探していたバルトの顔が、ふいに浮かんだ。いつか、土産にする。


*


三つ目の確認は、影の膜だった。


影縫いと影裂爪は殻を着ても使える。ただ、殻と混ざって膜の張り方が変わった。以前は広く薄く伸ばしたが、今は短く濃い帯になる。


浮岩の隙間に黒い帯を一本渡して、足を乗せた。殻の重さにも耐える。以前の膜なら崩れた重さだ。


帯の長さを足で測ると、一本で八歩。重ねて張っても、十歩には届かなかった。


もう少し欲しくなって、帯の上に意識を沈め、一歩先を見るようにしてみた。


次の瞬間、俺は岩の反対側に立っていた。八歩。帯の向こう端だ。


自分でも驚いて立ち尽くした。敷いた影の上なら、二点のあいだを一瞬で移れる。壁は抜けられないが、足場の崩れる浮園では、これほど有用な技はない。三度続けて使い、四度目で頭がくらりとした。短い待ち時間が要るらしい。連続は三度まで、と頭に刻んだ。


よろけて座り込み、笑った。


顔を上げると、霧の向こうに、鎖を巻いた塔の影が小さく立っていた。あれが、城だ。


まだ遠いのに、胸の糸がちくりと引かれる。鎖と鐘を相手に、この殻の継ぎ目がどこまで持つか。確かめる日は、そう遠くない。


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