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地獄の最下級悪魔に転生した元斥候、「殺せ」の命令を蹴って魔核を喰らい進化する ~地獄を束ねても、帰る場所は十年待たせた仲間の食卓です~  作者: 雅龍(がりゅう)
第二部 光る魔界と、選ぶ影

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影を売る悪魔

帰り道を買う。その値段は、仕事一つと、嘘を見抜く目だった。


影棚は、環市の外れに突き出した足場の上にあった。屋台の天幕と鎖の影に隠れて、下からはまず見えない。ここからなら、競りの輪も検問の列も、匂いの立つ串焼き屋の鉄板も見下ろせた。


影の悪魔は棚の縁に腰を下ろし、足を揺らした。


「リゼ、と呼んでください。本名かどうかは、料金に含まれません」


向かいに座った。罠の気配は探ったが、棚には彼女のほかに誰もいない。


リゼが掌を上に向けて、俺の荷袋を指で示す。


「地図を」


渡したくなかった。が、渡さなければ話が始まらない。古道具屋で買った不完全な地図を出すと、リゼは爪の先で端をつまみ、一瞥して鼻を鳴らした。


「骨董ですね。五年前の写しの写しです」


青白い目が紙の上を滑り、環市から北へ延びる線の、二股のところで止まった。


「ここ、左右が逆に描かれています」


俺は黙って見ていた。


逆なのは知っていた。昨日、搬出路で自分の足で確かめている。城に着く右と、結晶に着く左を、地図は入れ替えて描いていた。


試したのだ。指摘されるまで言わずにおけば、この相手が嘘をつくかどうか、少しは分かる。


リゼは墨壺を出して線を引き直した。


「正しくはこう。お気づきでしたね。黙って見ているので、おかしいと思いました」


「……分かってた」


リゼの目が細くなった。


「試されたわけですか。結構。取引相手は、確かめる癖のある方が好きです」


笑みが本物か演技かは判断がつかなかった。が、地図の線は確かに正しくなった。俺の足と、彼女の目が、同じ答えを出した。


*


値段の話は早かった。


環市から分岐までの安全な経路と、巡回の薄い時間帯。前払いは核の一部。足りない分は仕事で払う。


「搬送路の分岐点を見張ってください。巡回の間隔と荷の動き。数えるだけです」


「なんで俺だ」


「私が見ると顔が割れます。あなたはまだ割れていない」


納得するほかなかった。


差し出した核の屑を、リゼは爪の先で転がして目を細めた。屑なのに、価値を知っている目だった。


「もう一つ忠告を。帰り道を買うなら、買った道がどこへ通じているのか、先に知っておくことです」


「どこへ」


「答えは、次の取引で」


立ち上がって外套の裾を直した拍子に、襟がずれた。首筋に、灰色の細い線が走っている。俺の胸にあるのと同じ刻印だった。


目が合った。リゼは襟を引き上げた。


「見ましたか」


「……俺も、ある」


「知っています。足の運びで分かります。ここの出身は、みな同じです」


声の温度が、わずかに下がった。


「私は命令に完全には逆らえません。ですから取引は、命令の範囲で行います。そこはお互い、承知しておきましょう」


それが彼女の線引きだった。信用はしない。が、信用しないと決めた相手のほうが、案外読みやすいこともある。


*


見張りは二日かかった。


搬送路の分岐は、環市の北端、鎖橋の袂にあった。左右に伸びる道の間に巨大な支柱が立っている。柱の影に身を隠して、通る荷車を数えた。


城へ向かう荷車は一刻に四台。衛兵の交代のたびに、二十を数える間だけ道が空く。回廊へ向かう荷は、ほとんど通らない。


一日目の夕方、荷車の側面の印に気づいた。


城へ向かう車には、鎖を絡めた塔の紋がある。ザグの命令板の欠片と同じ紋だ。回廊へ向かう車には、紋がない。数えるだけの仕事だと言われたが、荷の側面を見るのはただで、それが一番高い情報かもしれないと思った。回廊は城の持ち物ではなさそうだ。少なくとも、城の目は薄い。


爪で紙に刻み、影棚に戻った。


リゼは天幕の下で串焼きを齧っていた。俺の分も、皿に一本置いてある。


「報告を」


荷の数、巡回の組、空く時間を読み上げた。リゼは頷きながら紙に書き込んでいく。最後に荷の紋の話をすると、手が止まった。


「回廊の荷に、紋がない」


「ああ」


「巡回は数えても、荷の側面までは見ていませんでした。三年、この棚から見ていたのに」


青白い目が、初めて俺の顔を正面から見た。


「結構です。精算に、一つ上乗せしましょう。それと、約束どおり次の話を」


串を受け取る。香草の匂いが鼻の奥に届いた。尾が、勝手に皿の方へ寄っていく。リゼは見ないふりをして、串の先で地図の北の端をなぞった。灰鎖城の紋のところだ。


「この先に、門があります。廃門《帰路の環》。昔、地獄と別の世界を結んでいた通商門です。今は壊れかけていますが、動かす手段が一つだけある」


心臓が鳴った。


声が落ちる。


「門の鍵と通行の資格を握っているのは、この区画の領主。灰鎖魔将グラド」


窪地で鐘を鳴らし続けた、あの声の主だった。ザグも、回収班も、籠も、すべてあの男のために動いていた。そして出口の鍵も、その男の手の中にある。


「あなたは、領主を倒さずに抜けられるか試すつもりでしょう。だから結晶回廊へ行く。止めはしません。ただ、先に言っておきます」


青い目がまっすぐ俺を射抜く。


「正面からあの男の城に入るのは、今のあなたでは難しい」


「分かってる」


「ならば、結構です」


リゼは外套を翻した。


「精算は済みましたので、これで私たちは赤の他人です。次にお会いするときは、新しい取引から」


そう言って、影の中へ消えた。


串の最後の一口を食べ終えて、荷袋を背負い、環市の屋台の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


門がある。鍵の持ち主も分かった。その前に立つには、まだ足りない。足りない分は、道の途中で拾う。


北の道の先に、青緑の光が見えた。結晶回廊の入口だ。そこに、領主の網の外へ抜ける道が、本当にあるかを確かめに行く。


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