取り分の約束
猪の肉は、二人では食べきれない量だった。この肉をコルとどう分けるかが、その日の最初の仕事だった。
菌冠の下の休息地に腰を据え、解体した肉を岩の上に並べた。コルは座り込んで、じっとそれを見ている。涎を垂らしながら、手を出さない。分け方が決まるまで、待つ気らしい。いつの間にか、そういう関係になっていた。
俺は肉を三つの山に分けた。今夜食べる分と、干して持ち歩く分と、明日以降の備蓄。そして指で一つ目の山を二つに割った。
「半分」
コルは首を振り、俺の腕を指さした。次に自分の口を指し、俺の胸を叩く。
「アシュ、たおした。アシュ、おお、い」
倒したのは俺だから、俺が多く食べろ、という意味だ。さっきまで涎を垂らしていたくせに、真顔で遠慮している。
「だめだ。お前は、見張りをした。運んだ」
コルは少し驚いたような顔をした。たしかに、解体のあいだ、彼は周囲を警戒して、肉を運ぶ手伝いをしてくれていた。それを覚えているのは俺だけだと思っていたらしい。
「……はこぶ、ぼく、のぶん」
コルが自分の胸を叩き、運ぶ仕草をして、指を折った。運搬の分け前を主張しているのだ。
吹き出しそうになって、こらえた。倒した者が全部とは限らない。運んだ者にも取り分はある。人間の商人と変わらない理屈だった。生まれたときに「殺せ」としか教えられなかった相手が、自分で分配の理屈を組み立てている。しかも、折った指の数は、運んだ回数と合っていた。
「いいぞ。運び賃だ。倍だ」
手振りで示すと、コルは目を輝かせて、肉を二つ分取り分けた。
食べながら、狩り場の取り決めをした。俺は東の斜面を、コルは西の倒木地を主に使う。肉を残した場所には石を三つ積んで目印にし、誰かが先に取ったら、同じ石を二つに減らす。それなら、無駄な争いも起きない。
コルは石を積む動作を何度も繰り返して覚えた。教えたというより、彼が自分で決めたのだと思う。同じ命令を待つだけの関係じゃない。取り分を主張し、狩り場を分け合い、相手の分を覚えている。そういう距離で並んでいられる。
だけど、彼の胸の糸は、まだ繋がっている。そのことは、肉を齧りながらも頭の隅から消えなかった。
*
荷役の悪魔たちと話をするようになったのは、その少し後だ。
菌冠の外れに、搬送用の棚がある。青白く光る茸の台が街の方向へ延びていて、荷役が背負子を担いで往復していた。彼らは命令に従って黙々と歩く連中だが、休憩のときには少しだけ会話をする。俺は物陰から耳を澄ませ、拾えた言葉をコルと一語ずつ確かめた。
「ジョウ、ツギ、ハコブ」
「トオル、ダメ」
コルは「じょう」と口の中で転がして、遠くの崖の上を指した。
「じょう、あそこ」
「とおる、だめ」
「覚えが早いな」
「アシュが、おそい」
腹が立ったので、肉を一切れ多く取った。コルは「ずるい」と言って、その一切れを取り返した。言葉は爪や牙と同じ道具だと思っていたが、道具より先に、喧嘩の種になるらしい。
荷車の荷に描かれた印を、ザグの欠けた命令板と照らすと、一致するものがあった。城に運ぶ荷と、市場へ回す荷がある。市場は、棚の先だ。
その棚は、崖の縁から空中へ続いている。荷車の先に、地面がない。何度見ても慣れない光景だった。荷役が足を踏み出すと、そこに光る茸の踏み板が浮かんでいる。細い道が、はるか彼方の街へ延びていた。遠くで見た、あの吊られた環の街へ。
*
街へ向かう前に、縄張りを固めておくことにした。数日かけて見回ると、ちょうど猟虫の群れが、縄張りを越えて十数匹で入ってきた日があった。
単独では弱いが、数がいると面倒な相手だ。影縫いで群れを真ん中から裂き、影裂爪で片側を刈り、残りは跳脚と黒爪で、逃げる背中ごと追い詰めた。最後の一匹が足を取られて転んだとき、まだ息は上がっていなかった。
以前なら、これだけの数に囲まれたら穴に潜るしかなかった。今は、潜る穴を探す必要がない。ここは、俺の狩り場だ。
その夜、コルが見張りを買って出た。自分の胸を叩いて、「ぼく、みる」と言った。一晩中、岩の上に座って周囲を睨んでいた。夜明け前、俺が目を覚ますと、薄明かりの中に、コルの背中が影として浮かんでいた。
ありがたい、と思った。同時に、その背中を見て、胸がきしんだ。強い命令が下れば、この背中はまた俺に爪を向ける。そのときまでに、元を断つ。
*
数日後、俺は決めた。街へ、行ってみる。
理由はいくつもあった。出口の手がかりを集めたい。食べ物を見てみたい。冒険者のころ、初めての町に着いたら、必ず市場を一周したものだ。物の値段と人の顔つきを見れば、その土地のことは大体分かる。地獄に市場があるなら、何が並んで、何が値を持つのか確かめたい。
背負子には、猪の牙を二本と、角材を数本括りつけた。市場へ行くなら、持ち込める品があったほうがいい。
コルに告げた。
「俺は、街へ行く」
コルは少し考えてから、首を振った。自分は行かない、という意味だ。城に近づくほど命令の力が強くなる。彼の胸の糸は、それを察しているのだろう。
無理に連れていく気はなかった。この森は、コルの居場所でもある。ここを守っていてくれるなら、それで十分だ。
肉を一包み渡すと、コルは受け取って、代わりに小さな殻を一つ、俺の手に載せた。いつか骨礫溝で見つけたものと同じ形の、黒く光る殻だった。
「おまもり」
そう言って、にっと笑った。尻尾が、地面を二度叩いた。
俺は殻を懐にしまい、石を二度叩いて、一拍置き、もう一度叩いた。コルも同じ拍子を返す。
搬送路のほうへ歩き出すと、光る踏み板が、最初の一歩で俺の体重にきしんだ。街の灯が見えるまで、半日。最初にやることは決まっている。腹ごしらえだ。




