第20話 罪なき罪人
王都会議が開かれる朝、レオルドは机の上の報告書を閉じた。
捜索継続。発見なし。
幾度も目にした文字だった。昨日までと違う知らせを探して頁を繰っても、エレナの行方を示す一行は見つからない。
窓の外では王都ローディスがいつもどおりに動いていた。荷馬車が石畳を進み、商人たちが店を開ける。娘が初めて旅立った日も、きっと同じような朝だった。
エレナは海を見たいと笑っていた。アランが贈った誕生日旅行を、あの子はどれほど楽しみにしていただろう。
今は、あの二人がどこにいるのかさえ分からない。
レオルドは立ち上がった。父として答えを待ち続けることはできても、国王として会議を欠席するわけにはいかなかった。
◇
会議室には六貴族家の当主が揃っていた。
軍事と国防を預かるフォルディス公爵家。法務を担うヴァルディア侯爵家。財政を扱うレグナート伯爵家。地方統治を担当するグランツ侯爵家。外交と交易を担うベルフォード伯爵家。そして情報と記録を扱うクロイツ子爵家。
それぞれが王国を支えている。だが、その役割には予算や権限が伴い、各家の利害がまったく交わらない議題など、むしろ少なかった。
ヴァルター・フォルディスは卓上の書類を見つめていた。
先日、ユリウスが屋敷を訪ねてきた。王妃候補の募集と、アランへの手配強化。あの男は二つの議題を交換条件として差し出し、ヴァルターが拒むと、王女の生死をめぐる四つの可能性を順に示した。
どの可能性でも、アランかアルトの一方に重大な責任が及ぶ。
その言葉は、息子たちを守りたいという父親の願いを、今も内側から締めつけていた。
しかもアルトには、あの異変。
突然の苦しみと、その直後の不自然な平静。腕をつかんだ時に向けられた視線を思い出すだけで、指先に力が入る。
向かい側のユリウスは、書類の端を丁寧に揃えていた。灰青色の瞳に動揺はなく、細い金属フレームの眼鏡の奥から出席者を静かに見渡している。
目が合うと、ユリウスは小さく会釈した。
ヴァルターは応じたが、表情を緩めなかった。
やがてレオルドが入室した。
王は厳しい顔をしていた。娘の消息を案じる苦悩を押し隠し、国王として席に着く。その姿を見たヴァルターは、自分だけが苦しんでいるわけではないと改めて思った。
その一方で、ユリウスは穏やかな表情を崩さなかった。
◇
地方から寄せられた報告について確認が済むと、ユリウスが発言を求めた。
「陛下。王家の将来に関わる議題を一つ、提出させていただきたいのですが」
「申してみよ」
「前回の会議でも少し触れましたが、新たな王妃候補の募集についてでございます」
室内の空気が変わった。
ヴァルターは目を伏せた。予想していたこととはいえ、実際に耳にすると胸が重くなる。
「王女殿下の消息が判明しない現状は、国内のみならず外交にも不安を与えております。王家の将来に備えることは、国家を預かる我々の責務でございましょう。今すぐご成婚を求めるのではありません。まず候補となる方々を募ることを提案いたします」
レオルドの眉間に深い皺が刻まれた。
「……エレナの行方も分からぬうちに、その話か」
「陛下のお心は十分に承知しております。ですが、備えることと希望を捨てることは、同じではございません」
ベルフォード伯爵セドリックが慎重に言った。
「王家の継続が明確であることは、諸外国との交渉にも影響します。議題そのものは理解できますが、時期については考える必要がありましょう」
ほかの当主たちも互いの顔を見た。
ヴァルディア侯爵家、レグナート伯爵家、グランツ侯爵家、ベルフォード伯爵家。王家との縁組は、その家の地位を長く左右する。候補となる娘を出せる家には、滅多にない機会だった。
誰もが露骨に喜びを表すわけではない。だが、レグナート伯爵オズワルドが資料を見直し、グランツ侯爵エドガルが隣席の反応を確かめる姿を、ヴァルターは見逃さなかった。
フォルディス家には候補となる娘がいない。クロイツ家も同じだ。
直接の婚姻利益がないユリウスが、なぜ最初にこの議題を持ち出すのか。
答えは分かっているつもりだった。それでも、ほかの貴族が娘の不在を忘れたかのように王家との縁を考える様子は、見ていて耐え難かった。
「ユリウス」
レオルドが静かに口を開いた。
「王家の将来を考える必要があることは理解している。しかし、私はまだエレナの帰還を諦めていない」
「承知しております」
「今ここで結論を急ぐべきではない。採決は来月へ延期したい。各家にも検討の時間が必要であろう」
ユリウスはわずかに頭を下げた。
「陛下のお考え、もっともでございます」
「候補を検討するにしても、各家の事情を確認せねばなりませんな」
エドガルが賛意を示し、セドリックも同意した。ほかの当主も反対しなかった。
延期は全員一致で決まった。王妃候補募集そのものが可決されたわけではない。
レオルドは短く息を吐いた。
だがヴァルターには、今日の議論が終わったとは思えなかった。王妃という言葉は、来月まで各家の胸に残り続けるだろう。
ユリウスは次の書類へ手を伸ばした。
◇
「続いて、緊急性の高い議題がございます」
その声にヴァルターの背筋が強張った。
「アラン・フォルディス殿の身柄確保についてです」
ユリウスは資料を広げた。
「現在、王命に基づく捜索と身柄確保が進められております。しかし、依然として所在は判明しておりません。王女殿下の護衛責任者が帰還せず、事件の詳細も明らかにならない。この状況を、従来と同じ扱いのままにしてよいのでしょうか」
「捜索は続けている」
ヴァルターが答える。
「その努力を疑うものではありません、公爵。ただ、成果を得るためには手段を改める必要がございます」
ユリウスは一度言葉を切った。
「アラン殿を、国家重大犯罪の容疑を明示した全国手配の対象とすることを提案いたします」
静まり返った室内で、ヴァルターの声が響いた。
「息子を重罪人にしろと言うのか」
「重罪の容疑者として、です。有罪と断定するものではありません」
「国中にそう書かれた手配書が出れば、民がどう受け取るか分かっているのか」
「その点も含めて審議していただきたいのです」
ユリウスは視線をほかの当主へ向けた。
クラウス・ヴァルディアが最初に口を開く。
「司法上の罪の確定と、捜査のための容疑の明示は区別しなければなりません。ただし、重大事件として扱う相応の理由があるなら、手続きの変更を検討する余地はあります」
「これほど捜索が長引けば、人員も費用もかさみます」
オズワルドが続けた。
「従来の方法で進展がない以上、別の手段を考えることには賛成です」
「地方でも、王女殿下の消息を案じる声は増えております」
エドガルは落ち着いた声で言った。
「国が何を調べているのか、民に明確に示す必要があるでしょう」
セドリックも外交上の信用を理由に、捜索の強化を支持した。
法、費用、地方の不安、外交。誰もが違う理由を語りながら、同じ方向へ進んでいる。
ヴァルターには分かっていた。アランの名誉が損なわれれば、軍を預かるフォルディス家の発言力も弱まる。その利益を考える者が、この場にいないとは思えない。
だが誰も、そんな本音は口にしない。
ユリウス自身は、まだ賛否を表明していなかった。
「陛下。公爵。お二方のお考えを伺えますでしょうか」
その丁寧な声が、ヴァルターには冷たく響いた。
◇
レオルドは、すぐには答えられなかった。
アランの名を聞いて思い浮かんだのは、騎士団長としての姿よりも、エレナの隣に立つ青年の姿だった。
娘はアランを信じていた。何かを話す時の柔らかな表情も、彼を見上げて微笑む仕草も、父として見てきた。
あの子が自分で選んだ相手だ。
「アランは、エレナが自ら選んだ男だ」
王の声が議場に響いた。
「私は、あの子の選択を信じている」
ヴァルターが顔を上げる。
「護衛責任者として説明すべきことがあるのは分かる。しかし、何が起きたのかも分からぬうちに、あの男を重罪人のように扱うことには賛成できぬ」
王は一度口を閉じた。
「エレナがアランを信じた理由を、私は知っているつもりだ。あの子は、身分や肩書だけで人を選ぶような娘ではない」
声を荒らげたわけではない。だが、その言葉には譲れないものがあった。
ヴァルターは胸の奥がわずかに軽くなるのを感じた。
「陛下のお言葉に、私も同意いたします」
ヴァルターは姿勢を正した。
ヴァルターは姿勢を正した。
「私も息子を信じております。何が起きたのかも分からぬうちに、罪人として扱うことには賛成できません」
「公爵閣下」
法務・司法を担うヴァルディア侯爵家の当主、クラウス・ヴァルディアが慎重に声をかけた。
「罪を認定するには、事実の確認が必要です。その点は私も同じ考えです」
ヴァルターはクラウスへ顔を向けた。
「ならば、なぜ手配を強めることに賛成するのだ」
「それが真相の解明に必要かどうかを、今まさに審議しているのです」
クラウスは落ち着いた口調で答えた。
ヴァルターは唇を結んだ。
自分が声を荒らげれば、息子を守りたいだけの父親と見られる。それは分かっていた。しかし、頭で理解していることと、心が納得することは違う。
ユリウスが静かに立ち上がった。
「陛下のお言葉には、私も胸を打たれました」
ヴァルターは思わず目を向けた。
「娘君が選んだ方を信じたい。それは父親として当然の思いでしょう。私も、アラン殿が無事に帰還し、すべてが誤解であったと明らかになることを願っております」
レオルドは何も言わなかった。
「ですが、陛下」
ユリウスの声は変わらない。
「だからこそ、王女殿下が被害に遭われた可能性から、目を背けてはならないのです」
議場が静かになった。
「……どういう意味だ」
「王女殿下は、山賊の襲撃に巻き込まれました。護衛兵には死者が出ております。殿下は今なおお戻りにならず、護衛責任者のアラン殿も帰還しておりません」
ユリウスは卓に置かれた報告書へ手を添えた。
「この事件において、王女殿下は被害者です。たとえアラン殿が婚約者であっても、護衛責任者として何が起きたかを説明する義務がございます。愛情と責任は、分けて考えなければなりません」
レオルドの指が、肘掛けの上で止まった。
ヴァルターはすぐに反論した。
「責任を問うことと、重大犯罪の容疑者として扱うことは違う。事実が分からない以上、そんな判断はできん」
「おっしゃるとおりです。ですから、罪を決めるのではありません」
ユリウスはヴァルターを見た。
「罪を決めるのは司法です。私は、真相を明らかにするための手続きを求めているのです」
「疑いだけで、息子の名を汚せというのか」
「疑いがあるからこそ、調べる必要がございます」
ユリウスは続けた。
「仮にアラン殿が無実ならば、身柄を確保し、本人から証言を得ればよいのです。正式な審理の場で弁明する機会もあります。逆に、何らかの過失や犯罪が明らかになったならば、その責任は法に従って問われるべきでしょう」
「戻ってこられない事情があるかもしれん」
「もちろん、その可能性もございます。だからこそ、早く発見しなければなりません」
答えが途切れない。
ヴァルターは気づいた。ユリウスはアランが犯人だと証明しようとしているのではない。犯人かどうか分からないことそのものを、手配を強める理由に変えている。
「公爵は、アラン殿を信じておられる」
「当然だ」
「陛下も同じです。そして私も、無実であってほしいと願っております。しかし、信じることと、調査を止めることは違います」
ヴァルターは言葉を飲み込んだ。
調査を止めろとは言っていない。だが、今ここで反論すれば、まるで自分が調査を妨げているように聞こえてしまう。
ユリウスはレオルドへ向き直った。
「陛下。王女殿下を一日でも早く見つけたいというお気持ちは、誰よりも強いと存じます」
「……ああ」
「ならば、今の方法だけに頼り続けてよいのでしょうか」
その問いに、レオルドは答えなかった。
◇
ユリウスは卓上の資料を一枚持ち上げた。
「現在の知らせは、アラン殿の所在を確認し、事情を聞くためのものです。ですが、事件の重大性が十分に伝わっていない地域もあるかもしれません」
「重大性を伝えるために、犯罪の容疑を強めるのか」
ヴァルターの声には険しさがあった。
「事件の性質を明確にし、情報を集めるためです」
ユリウスは静かに答えた。
「単に一人の男性を探しているという知らせと、王女殿下を巻き込んだ国家重大事件の関係者を探しているという知らせでは、人々の受け止め方が違います」
オズワルドが身を乗り出した。
「確かに、関心が高まれば目撃情報が増える可能性はあるでしょうな」
「地方では、王都の知らせをすべて同じ重さで受け取るとは限りません」
エドガルも続けた。
「重大事件として広く知らせることには、意味があるかもしれません」
セドリックがうなずいた。
「王国が捜索を続けていることを明確に示せれば、国外からの見方にも影響するでしょう」
クラウスは慎重な表情を崩さなかった。
「ただし、容疑と有罪の区別は文書に明記すべきです。身柄を確保した後の司法手続きも、省略されてはなりません」
「無論でございます」
ユリウスは即座に答えた。
「無実の方を罪人として裁くことがあってはなりません。ですからこそ、手続きを明確にするのです」
ヴァルターはクラウスを見た。
法務を担う侯爵の発言は、アランを守るための条件にも聞こえる。だが同時に、手配強化を認めるための条件にもなっていた。
自分の反対を支えるはずの言葉が、少しずつ賛成の理由へ変わっていく。
ユリウスはレオルドを見つめた。
「陛下。情報が一日早く届けば、判断も一日早くできます。人に与えられた時間は有限です。私たちが知らぬ間に失われてしまう手掛かりもあるでしょう」
レオルドの胸に、娘が旅立った朝の姿が浮かんだ。
もうどれほどの日が過ぎただろう。
その間、エレナはどこにいたのか。怪我をしていないか。食事は取れているのか。誰かが助けてくれているのか。
自分は国王だ。
それなのに、娘が生きているかどうかさえ確かめられない。
「重大事件として周知することで、これまで見過ごされていた情報が集まる可能性がございます」
ユリウスは言った。
「もちろん、必ず成果が出るとは申しません。ですが、何も変えずに時間を費やすことにも危険はございます」
レオルドは資料に目を落とした。
アランを疑いたくはない。
エレナが選んだ男だ。あの子を守ろうとしたはずだ。そう信じる気持ちは、今も変わらない。
しかし、もし新しい手配によって一つでも情報が増えるのなら。
娘を見つける可能性が、ほんの少しでも高まるのなら。
「……ユリウス」
「はい、陛下」
「その手配を行ったとして、アランが見つかった時には、必ず本人の話を聞くのだな」
「当然でございます。容疑を明示することは、罪を確定することではありません」
「弁明する機会も、正当に与えられるのだな」
「法に従って」
レオルドはクラウスへ目を向けた。
「その点は、法務を預かる者として確認しておきたい」
「はい、陛下。捜索の区分を改めることと、有罪を認定することは別です。本人への審理なしに、今回の決議をもって刑罰を決めることはできません」
レオルドは目を閉じた。
ヴァルターには、その沈黙の意味が分かりかけていた。
「陛下……」
思わず呼びかける。
レオルドは目を開いた。
「私は今も、アランが無実だと信じている」
その声は、先ほどと変わらず静かだった。
「……だが、エレナを見つけるために必要だというのなら、手配の強化に賛成する」
ヴァルターは息を止めた。
「ただし、これは有罪の認定ではない。アランが見つかれば、必ず適正な手続きで事情を聞く。それが条件だ」
「承知いたしました」
ユリウスは深く頭を下げた。
ヴァルターには、その礼がひどく遠いものに見えた。
王がアランを見捨てたわけではない。それは分かる。
王は娘を探したいのだ。
その願いを、誰が責められるだろう。
けれど、結果としてアランの名に重大犯罪の疑いが付されようとしている。
父親の愛情が、別の父親を追い詰めていた。
◇
「公爵。ご意見は変わりませんか」
ユリウスの問いに、ヴァルターはゆっくり顔を上げた。
「変わらん」
議場の視線が集まる。
「私は反対だ」
ヴァルターは王に向き直った。
「陛下のお気持ちは理解しております。エレナ殿下を見つけたいという願いも、私とて同じです。ですが、重罪容疑を掲げた手配書が国中に貼られれば、民はその文字を見ます」
彼は一度息を継いだ。
「容疑と有罪は違うと、ここにいる者たちは理解しているでしょう。だが、すべての民がそう受け取るとは限らん。アランは、弁明する前に罪人として知られてしまう」
ユリウスは口を挟まなかった。
「私には、まだ息子が何をしたのか分からない。何を見て、どこへ向かい、なぜ帰らないのかも分からん。そんな状態で、父親として賛成することはできない」
レオルドはヴァルターを見つめた。
彼もまた、息子の帰りを待つ父なのだ。
「ヴァルター」
「陛下。私の立場がどう見られようとも、反対は変えません」
王は何か言おうとして、結局口を閉じた。
ユリウスが静かに応じた。
「公爵のお考えは、確かに承りました」
その声には、勝ち誇った響きがなかった。
「ただ、捜索を続けるための判断を、いつまでも先送りにはできません。私自身は、本議案に賛成いたします」
ヴァルターはユリウスを見た。
先日、あの男は自分とともに王妃候補の議題へ反対すると言った。代わりにアランの手配強化へ賛同してほしいと求めた。
自分は拒んだ。
それでもユリウスは、ほかの貴族たちの関心を王妃候補へ向け、王の願いを捜索強化へ向けることに成功していた。
この男は、最初から自分の返事だけを頼りにしていたわけではないのだ。
◇
採決に入る前、レオルドは議場を見渡した。
王都会議の議決は、一人につき一票ではない。王族の資格と貴族の爵位に応じて持ち票が定められている。
この場で議決権を持つのは、国王と六貴族家の当主だった。レオルドは十票。フォルディス公爵家は六票。ヴァルディア、グランツの両侯爵家はそれぞれ五票。レグナート、ベルフォードの両伯爵家はそれぞれ四票。クロイツ子爵家は三票。
有効票は合計三十七票。可決には過半数、すなわち十九票以上が必要になる。
ユリウスはこの議決制度を熟知していた。国王が十票を持っていても、それだけで決定できるわけではない。逆に、国王とほかの家々が賛成に回れば、一つの公爵家が反対しても結果は覆らない。
そして今、レオルドは賛成を表明している。
ヴァルターは数字を数え直さなかった。数えるまでもなかった。
「本議案は、王女殿下を巻き込んだ事件の重大性に鑑み、先送りすべきではないと考えます」
ユリウスが言った。
「採決をお願いいたします」
レオルドはうなずいた。
「よかろう。ただし、先ほど確認した条件を議事に明記せよ。今回の決議は有罪を認定するものではなく、アランには適正な審理と弁明の機会が保障される」
「承知いたしました」
賛否の確認が始まった。
クラウスは賛成。オズワルドも賛成。エドガル、セドリックも同じだった。ユリウスも賛成を表明した。
ヴァルターの番になった。
「反対だ」
短い言葉だった。
それ以上の説明はしなかった。言うべきことは、すでにすべて話した。
最後に、レオルドが答えた。
「……賛成する」
記録が確認される。
賛成三十一票。反対六票。
可決に必要な十九票を大きく上回っていた。
アラン・フォルディスを国家重大犯罪の容疑者として全国手配する議案は、可決された。
有罪が確定したわけではない。刑罰が決まったわけでもない。
しかし、その瞬間からアランの名前に付される言葉は変わった。
レオルドは両手を組んだまま動かなかった。
娘のために必要な判断をしたのだと、自分に言い聞かせたかった。新たな情報が集まるかもしれない。アランを見つけられれば、エレナの行方も分かるかもしれない。
それでも、胸の奥に残る重さは消えなかった。
ヴァルターは正面を向いたまま、視線を落とさなかった。
軍を預かる公爵として、幾度も難しい判断をしてきた。自分の意見が通らないこともあった。だが、息子の名をめぐる決議で、これほど孤立を感じたことはなかった。
周囲の当主たちは書類を閉じ始めている。
彼らにとっては、国家の重大な議題が一つ決着したのだろう。
ヴァルターにとっては違った。
アランはまだ戻っていない。
どこで何をしているのかも分からない。
なのに、息子の知らないところで、その名誉だけが先に裁かれたように感じられた。
ユリウスは記録を確かめ、必要な手続きについて淡々と確認していた。
喜びを示すことも、ヴァルターを見て笑うこともない。
それがかえって、ヴァルターには腹立たしかった。
王妃候補の議題は来月へ延期された。だが、その話題を持ち出したことで各家の関心は王家との婚姻に向いた。そして次の議題では、同じ貴族たちがフォルディス家に厳しい判断を下した。
ユリウスがどこまで見越していたのか、ヴァルターには分からない。
ただ一つ確かなのは、自分が屋敷で断った要求が、王都会議の正式な決議になったということだった。
◇
会議が終わっても、レオルドはしばらく席を立たなかった。
人々の足音が遠ざかる。卓上に残った議事資料には、今しがた決まった内容が記されている。
アラン・フォルディス。
その名前を目にすると、エレナの笑顔が浮かんだ。
娘は、もしこの決議を知ったら何と言うだろう。
自分の選んだ人を、父が重大犯罪の容疑者として手配することに賛成したと知ったら。
レオルドは答えを考えかけ、やめた。
エレナが今何を知り、何を考えているのかさえ分からないのだ。
ただ、あの子を見つけたい。
その思いに嘘はなかった。
ヴァルターも席を立つのが遅れた。
王に何か言うべきか迷ったが、結局言葉は出なかった。レオルドがアランを信じていないわけではないと分かっている。だからこそ、責める言葉も見つからない。
ユリウスは二人の間に割って入ることなく、静かに一礼して会議室を後にした。
その背中を、ヴァルターは見送った。
以前の交渉でユリウスは、情報が早く集まれば、それだけ早く判断できると語っていた。
確かに、情報は必要だ。
だが今日、十分な情報が集まらないうちに、国は判断を下した。
その判断を急がせたのもまた、情報を扱う男だった。
◇
王都会議の決議は、まもなく正式な文書となった。
アラン・フォルディス。元王国騎士団長。王女護衛中に発生した国家重大事件に関する容疑により、全国手配。
文書には、身柄を確保したうえで事情を確認し、法に従った審理を行うことが記された。
だが、掲示板の前に立つ人々が、すべての文言を同じ注意深さで読むとは限らない。
「アランって、あの騎士団長か?」
「王女様の護衛をしていた人だろう?」
「重罪の疑いって……何をしたんだ?」
「まだ分からないらしいぞ」
最初に届いた知らせを見た人々は、互いに顔を見合わせた。
疑いだという言葉を確かめる者もいれば、重大犯罪という文字だけを覚える者もいた。
王都の門を騎馬急使が駆け抜ける。
街道を走る馬の蹄が土を蹴り、封じられた文書が各地へ運ばれていく。主要都市へ、街道沿いの町へ。受け取った拠点から、さらに次の土地へと知らせは広がっていった。
かつて王女を守る騎士団長として知られていた男の名前が、今度は重大事件の容疑者として掲げられる。
遠くヴァレスタでは、エレナとアランはまだその決議を知らない。
王都会議で何が語られ、誰が賛成し、誰が反対したのかも知らない。
ただ、王都で交わされた言葉は、やがて一枚の紙となり、王国の隅々へ運ばれていった。




