5 打ちひしがれるヴィクトー
「少し考えさせてください……」
オリヴィエからのこの返答は、ヴィクトーの心にぐさりと刺さっていた。
病室を出た直後、あまりのショックで膝から崩れ落ちそうになったが、悲しみ九割と意味の分からない怒り一割を抱えながらなんとか王宮へと戻ってきた。
あの場ではショックを露わにはせずに、いつも通りにふるまえていたはずだ。
とりあえず、これから気長にオリヴィエと接していくしかない。
王宮の私室に戻ってきたヴィクトーはソファに腰を掛けるなり、頭を抱えてうなっている。
人払いもしてあり、いるのは一緒に病院から戻ってきたアルノーだけだ。
「どうしてなんだ⁉ どうして番が見つかったのに喜んでくれなかったんだ?」
もう地面にめり込むんじゃなかろうかというほどにうなだれているヴィクトー。
記憶を辿るような表情でアルノーが言う。
「あのオリヴィエ嬢の泣き出してしまうほどの感じは、不思議でしたね。人であれ獣人であれ、番というものは本能で求めるものだと思っていたのに。何がそんなに悲しかったのか……」
ヴィクトーには思い当たることは何もなかった。そもそも初対面なのだ。
(皇太子という立場上、普段は玉の輿を狙って群がってくる女性は多いというのに……番であるオリヴィエ嬢には喜ばれないどころか、悲しませてしまった……)
アルノーは目の前でうなだれているヴィクトーを見ながら思う。
(この誰もがうらやむような美貌に奢ることなく、いつも努力を怠らない。そんなヴィクトーの姿がオリヴィエ嬢に伝わったらいいのに)
アルノーが思い出したように言う。
「この国では結婚のお相手が決まってから妃教育が施されるんですよ。それに耐えられさえすれば、貴族でも庶民でも王族に嫁ぐことができる」
「ああ、その通り」
「当然、現時点でヴィクトーの婚約者候補と目されている方々にとって、このオリヴィエ嬢という番の存在はかなり大きいでしょう。まさかヴィクトーが番を見つけるなんて誰も思っていませんでしたし、婚約者候補の方々がどのような行動をとってくるか分かりません……誰もが共通して認識しているのは、番が見つかれば、その番が結婚相手の筆頭に躍り出るということです」
アルノーは敢えて念を押す。
「オリヴィエ嬢を守って差し上げなければならないですよ? ヴィクトー。今日のことはヴィクトーにとって、やりきれない気持ちなのは十分すぎるほどに分かりますが、きっとその原因はヴィクトーではないんじゃないかと思いますよ?」
ヴィクトーはうなだれつつも、しっかりとアルノーの言うことは聞いている。
アルノーはオリヴィエが見せた表情やしぐさを思い出し、またあの場にいた一人の男の存在が気になっていた。
「ヴィクトー、あの場にいたあの男。オリヴィエ嬢の事情を何か知ってたんじゃないかと思うんですが」
「あの何も話さなかった男か?」
「そう。じゃなかったら、なんであんなに親しそうだったと思います?」
「確かに……オリヴィエ嬢とあの男が何者か調べられるか?」
「えぇ。調べておきます」
アルノーと話していて、その目には少し力が戻ってきた。
オリヴィエとの初対面は思ったような展開にならなかったものの、初めて見た愛しい番の姿に、それでも心はほかほかと温かい。
彼女の薄い青色の瞳はいつまでも見ていられるほど澄んでいたし、こげ茶色のおさげの髪はそれだけで可愛らしかった。鼻も口も形がよく、早くその口で自分の名前を呼んでほしい。
ただ今日の感じだと、オリヴィエに番として認められるまで相当時間がかかりそうだという、打ちひしがれるような気持ちも同時に湧き上がっていた。
(それにしてもあの獣人は一体何者だったんだ?)
このカウラルネア帝国において、獣人の中でも特に力が強いとされているのは、獅子、虎、狼、象で、その種族を筆頭に様々な獣人がいる。
人は獣人のくくりには入らないが、立ち位置としては肉食系獣人よりも弱く、草食系獣人よりは強い、というところだろうか。
見たところ、オリヴィエは人のようだった。
でもあの場にいたのは狼獣人。しかも、その体格や微動だにしない立ち姿から、かなりの訓練を受けたものに見えた。
獅子、虎、狼、象の獣人は国防においても重要な役割をしており、その四種族と王族は顔を合わせる機会も多い。
(どこかで会ったことはあるだろうか……)
思い出そうにも思い出せない。
もやもやとした思いが消えないまま、通常の業務に戻ったのだった。
そして、この疑問の答えがヴィクトーの予想をはるかに超えた「運命」に繋がるとは、まだ気づかないのだった。
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