4 番のはずなのに
会話の止まった一瞬の隙を狙ったかのように、扉をノックする音がした。
「失礼。入ってもいいか?」
オリヴィエは聞いたことのない声に息を潜めるように、身動きはせず黙った。
(誰だろう?)
その様子を見たライアンが扉の方を向いて
「どうぞ」
と返答をした。
そっと扉が開き、質素だけど明らかに上質な衣服に身を包んだ大柄な男性が二人いる。
ライアンはすぐに何者か気づいたようで、椅子から立ち上がり、オリヴィエから少し離れるように下がった位置で直立不動の姿勢を取った。
大柄な男二人は並べられているベッドの隙間を歩くため、前後に並んだ状態で歩み寄ってきた。
より背の高いがっしりとした体格で、金髪で整った美しい顔立ちの人が前に、その人よりも少し背は低く、少し細身、ブロンドの髪で優しい面立ちの二人組。
(どう見ても高貴な人……それもきっとかなり上級の)
特に前を歩いている人は煌びやかな恰好ではないし、街に溶け込めそうな感じではあるけれど、あまりの美丈夫で、溶け込みきれていない。
男性なのに、見惚れる程に美しい。美しすぎて、思わず見つめてしまったことには気づかないでほしい。
前にいる男性がオリヴィエに言った。
「突然押しかけてすまない。どうしても気になって、オリヴィエ嬢と話したかったんだ」
(私と話したかった?どうしてこんな方たちが来ているの??)
明らかに自分とは住んでいるところが違うだろう。以前に出会ったことがあれば、こんなに美しい顔立ちの人は絶対に忘れないと思う。だから会ったことはないし、見かけたこともない。
こんな時の対処法なんて知らない。どうしたらいいのか……
つい助けを求めるように、ライアンに視線を向けると、ライアンと目が合った。ライアンの表情は何かを心配しているようだ。
ブロンドの髪をした優しそうな人が、椅子を二脚持ってきて、座って話し始めた。
「先ほど、病院の方にオリヴィエ嬢の名前をお聞きしました。突然の訪問で、驚かれたと思います。」
オリヴィエは一言も発せず、目を丸くしている。
優し気に微笑みながら話してくれるものの、
(どうしてこうなった⁉)
という思いで、口の中がからからに乾いていく。
「オリヴィエ嬢、気分はどうですか?」
(「オリヴィエ嬢」って。私の周りでそう言ってくる人はいないな。皆「オリヴィエ」だけだし)
なんて住んでいるところの違いを感じながら、なんとか
「あ、はい。もう意識も戻って、大丈夫です」
と答えた。
「それはよかった」
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(やはり、この香り。彼女は私の番だ)
ヴィクトーの目はオリヴィエに釘付けだ。自然と下げていた両手はこぶしを握った。
昨日窓から香ってきた匂いを頼りに、今朝から一部交通規制をかけて探し回った甲斐があったというものだ。
同じ時代に生き、どこに存在するか分からない番を見つけなくてはならないため、番を見つけるのは至難の業だ。
番に出会えたら一生分の幸運を使った、とまで言われるほどである。
(やっと会えた!私の番!!それにしても、この男は一体何者だ?オリヴィエ嬢に言い寄っているのか?
オリヴィエ嬢に私以外の男性とは話さないでほしいとすら思ってしまうな)
ヴィクトーは緩みそうになる頬を引き締めると同時に、一度も話したことのないオリヴィエを他の誰にも取られたくない、という独占欲を持て余してしまう。
失礼なこととは思いながらも、早くこの狼獣人には退席してもらいたいところだ。
幼い頃から夢物語のように聞かされていた番の存在。生涯を通して出会えないことの方が圧倒的に多いが、幸運なことに番を無事に見つけ出すことができたのだ。
(突然現れた私たちに驚いて見開いている目も、なんて可愛らしいんだろう)
小動物のようで庇護欲がそそられる。
しかし、よく見ればオリヴィエの目元は赤くなっている。
(泣いていたのか? どうして泣いていた? 泣かされたのか?)
泣いていたのなら、オリヴィエを抱きしめて、思い切り甘やかして、全ての憂いを取り払ってやりたい。ただ、初対面の今まだそれはできない、と心中では葛藤していた。
番を前にして我慢しきれないヴィクトーは単刀直入に話し始めた。
「実は昨日、番の香りを感じて今朝からオリヴィエ嬢を探していたんだ。そして、この病院までたどり着いた。オリヴィエ嬢、私の番であることは感じられるかな?」
「……いえ、私には何も分かりませんけど……」
(番に出会えばわかるんじゃなかったのか?)
自分には間違いなくオリヴィエが番だと分かるというのに……
まさかの回答にヴィクトーは自分の表情がなくなっていくのが分かった。
なんとか取り繕おうと思うものの、昨日からの浮かれた気持ちを地の底へ叩き落とされた気分で、表情が強張らないようにすることが精一杯だ。
その様子を見たオリヴィエの表情が、狼狽えるような、自分の失言を気にするかのようなそぶりを見せているのが気になる。
(本当に番と気づいてないのか?)
アルノーは、気落ちしたヴィクトーを励ますように言った。
「皇太子殿下、竜を先祖にもつ王族の方から見れば、確実に番の香りを感じられるはずですが、王族の番相手の方はその香りを感じられないことがほとんどだと思いますよ」
言われてみれば、そうなのだ。
動物種族で同程度の強さのものが番になることが多いが、場合によってはそうならないこともある。
(力の均衡がとれない種族で番が見つかった場合は、力の強い方は自分より弱い番の匂いをしっかり感じることはできるが、弱い方の番は自分より強い相手の匂いを感じにくいとされている、だったか)
そんな知っていることさえ、頭から抜け落ちるほどに動揺していたらしい。
皇太子であり、全ての種族の頂点に立つ竜人族であれば、相手がどんなに強くても確実に番を判別できる。だからこそ失念したのだ。
相手も自分が番だと分かってくれる、と。
気をとりなおしたヴィクトーは、オリヴィエが困った表情をしていることに気づいた。
「突然訪れて、番だと言われ、混乱させてしまったか?」
「……はい……」
「それは、すまなかった。でも番であることは事実。だから会話を重ね、お互いを知っていきたいと思うんだが、いいだろうか?」
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(私がこの方の番⁉)
オリヴィエにだって分かる。番がいかに大事か。
自分だって憧れていた。
ライアンが、今でも亡くなったマノンを愛していること。マノンもぼやけた意識と動かない体で、最期の時をライアンのそばで安心していたことを知っている。
マノンはライアンを愛していたからこそ、先立つことの申し訳なさを感じていた。
オリヴィエは泣きそうな顔で、ライアンを見つめた。
ライアンは穏やかに微笑んだ顔でオリヴィエを見つめている。
(マノンが亡くなって、ライアンさんの番はいなくなったのに、私の番が見つかるなんて。そして、その番であることが私には分からない……本当に私が番なの?)
そう思ったら、オリヴィエの番が見つかって嬉しいと思う気持ちより、分かっていながらも、もう二度とライアンにマノンを会わせられない決定打を食らったような気持ちになってしまった。
オリヴィエは、声もなく大粒の涙がこぼれて止まらない。
「少し考えさせてください……」
ヴィクトーは椅子から立ち上がり、オリヴィエに視線を合わせるように床に片膝をついて、オリヴィエの手を大事そうに両手で包み、心配そうにのぞき込みながら言った。
「……わかった。ただ、これから連絡は取らせてほしい」
「はい、分かりました」
ヴィクトーの行動に驚いたのか、オリヴィエの涙は止まり、かすかに聞こえる程度の小声でオリヴィエは承諾した。
ヴィクトー達は、泣き出し沈んだ表情になってしまったオリヴィエの姿に後ろ髪をひかれながらも、この日は一度王宮に戻ることにした。長居をすればオリヴィエの負担になると考えた結果だった。
ヴィクトーは、アルノーによってもたらされる情報が衝撃を与えるものだとは、この時はまだ知らない。
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