3 オリヴィエの前世
オリヴィエは不思議なことを聞くなあ、と思いつつも答えた。
「少しだけ、あります」
この世界には前世の記憶持ちがたまに生まれることがある。
そして、その記憶持ちの人たちは、前世で何らかのかなり強い思いを持って転生したと考えられている。
オリヴィエは十歳になった頃から、寝ている時に夢を見るかのように少しずつ前世の記憶が戻ってきていた。
しかしいつも強烈に思い出すのは、鳥獣人だった自分が撃たれた時のこと。
上空でバランスを崩し、もがくように羽ばたきながら高い空から落下した。
木の枝を何本か折りながら、草の生えた地面に叩きつけられた痛み。
それと、多分番だった狼獣人のこれ以上ない悲しい遠吠え。
前世の自分は撃たれたことが原因で亡くなったんだろうという察しはついていた。
オリヴィエの様子を医師に伝えに行き、戻ってきたライアンは、先ほどいた窓際よりベッド近くに椅子を寄せて座った。
「もしよかったら、オリヴィエの前世の記憶を教えてもらえないか?」
「いいですよ。でも、あんまり楽しくない話ですよ?」
オリヴィエ自身が経験したことではないのに、オリヴィエの眉は下がってしまう。
「構わないよ」
オリヴィエの話を聞き終えたライアンは、目を閉じて回想しているようだ。
じっとライアンを見つめていたら、ふと目を開けたライアンは立ち上がり、窓際に向かった。窓の外は開けた庭のようになっている。
ライアンは室内に音がこもらないように窓を開け、外に向かって悲しげな、切ない遠吠えを一つした。
その遠吠えは、遠い空の上にまで届け、と願っているように聞こえた。
(あ、この人だ!!!)
記憶の中の遠吠えと重なった。
前世の私が地面に向かって落ちている最中、狼の群れが走り寄ってきていたのは気づいていた。
かなり大きい黒い狼を先頭に、6頭ほどのシルバーの狼の群れ。
上空から落ちる前世の私との距離を測りながら、高木が所々に生えた草むらを全力で走っているように見えた。
前世の私は地面に激突したけれど、その時にはまだ生きていた。だって、悲しい遠吠えを聞いたから。
その時も視界が真っ暗になった。
自分の命の短さに悔しく思うと同時に、近寄ってきた黒い狼が自分の番だということに気づいた。
優しい、安心できる匂いだった。
(そんなに悲しい遠吠えをさせてしまって……ごめんなさい……)
息も絶え絶え、でもすぐそばに感じられた番である黒狼に何とか目を向けた時に見えたのは、深緑色の切羽詰まった、涙をいっぱいに溜めた瞳だった。
(あぁ、さっき感じた既視感は、その時に見た瞳だったんだ)
遠吠えの余韻を聞くように外を眺めていたライアンに声を掛けた。
「ライアンさん、黒い狼になれたりしますか?」
ライアンはオリヴィエの方へ体の向きを変え、返答した。
「ああ、なれるよ」
獣人は見た目にしっかりとその獣の特徴が出ているものもいれば、ごく一部分にしか特徴がなく、ほぼ人間に見える獣人もいる。
また獣人としての力の強い者は、その動物に姿を変えることもできる。
オリヴィエは過去に思い出した前世の記憶を必死に手繰り寄せる。
「黒い狼の後ろを走るシルバーの狼六頭くらいの群れを知っていますか?」
「あぁ。シルバーの狼六頭は、俺が前線で戦っていた時の同僚だな。同じ隊で一緒の行動をとっていたんだ」
「ああ!! やっぱり!!!」
そう思った瞬間、オリヴィエの目から大粒の涙がぼろぼろと流れる。両手で拭っても拭っても涙があふれる。
「ごめんなさい!!!」
「どうして君が謝るんだい? 泣くことはないよ」
懐かしい人を見るような優しい瞳をしたライアンは、オリヴィエのすぐそばに座り、泣きじゃくるオリヴィエの肩をそっと抱いた。
落ち着くようにと、背中を優しく擦ってくれる手は大きい。
「きっと君は、マノンの生まれ変わりなんだね」
ぽつりとライアンは呟いた。
(マノン?)
オリヴィエは初めて聞くマノンという名前に反応し、ライアンに目を向けた。
「ライアンさんの番だったのは、鳥獣人だったマノンさんという人なんですね?」
自分の前世が、マノンという名前を持った人物であったと分かった瞬間、マノンが以前よりも更に近い存在に感じられた。
昔を思い出すかのように、窓の外に視線を向けたライアンは、とても穏やかに答えた。
「そう。死の間際に番に会えたんだ。一緒に過ごした時間はとても短かったけれど、最期の時間は一緒に過ごせた。話すことができなかったのは残念だったけど、それでも幸せだったよ」
そう告げるライアンの瞳には慈しみがあふれている。
それでもオリヴィエの目からはとめどもなく涙が零れ落ちていく。
「ライアンさんの話もたくさん聞かせてくれませんか?」




