13 オリヴィエはみんなと何か違う?
オリヴィエはロココ調の猫足の三人掛けソファーに案内されたのでちょこんと座った。
ヴィクトーがその隣に少しだけ隙間を開けて座り、オリヴィエに体を向けている。
オリヴィエには硬めに感じたソファーも、ヴィクトーが座ると少し沈みこんでいる。
「以前、私たちはお互いの番だと言ったのは覚えているかい?」
「はい、覚えています」
「私はオリヴィエ嬢のとても懐かしいような、優しい香りを今もすごく感じているんだけれど、オリヴィエ嬢には分からないんだよね?」
一つ一つ確認するように、ヴィクトーは微笑みを浮かべながらも、瞳は真っすぐ見つめてくる。
「はい。私には感じられなくて……番に出会ったら香りで分かる、と分かっていたので、皇太子殿下の番と言われて不思議な気がしています」
オリヴィエは番が判別できないことは、相手が王族だけに仕方ないと思いつつも、申し訳ないような気になって伏し目がちになってしまう。
ヴィクトーの言うことが信じられないわけではないが、半信半疑なのだ。
本当に私が番なのか、と。
「私も、オリヴィエ嬢に香りで感じてもらえないことは承知している。だからそんな申し訳なさそうな顔はしなくて大丈夫だよ。これから、週に一回でも、話したり出かけたり一緒に過ごす時間を取ってもらえないかと思うのだが、どうだろうか?」
その表情は真剣で、瞳の奥には激情が見え隠れしている。
「……はい、お会いできる時間を作るようにします」
(番判定された時点で、きっともう逃げられない気がする……貴族教育を受けたわけでもないし、知らないうちに粗相でもして、処罰なんてことになったら……)
現実に王族と接することの心理的ハードルはかなり高い。しかも一対一なのだ。
(今までに接したことのない高貴な方とどう接したらいいのか、正解が分からない。でも、忙しいだろうに会おうとしてくださるのだから、優しい方なのかも)
オリヴィエには三つ上の兄がいるが、裕福な生活を送っているわけではない。
オリヴィエのバイトの時間を減らすことになってしまうのは、生活を支えるうえで痛手ではある。が、あの妹バカの兄のことである。きっと多少バイトの時間が減ることは許してくれるだろう。
「皇太子殿下。実はまだ、家族に私の番が見つかったことを話せていないのです。両親は亡くなっているので兄だけなのですが。皇太子殿下が番であると知ったら、驚きすぎてしまうと思って……」
そもそも身の周りで番を見つけている人もいないのだ。相談したところで、どう思われるかも気になってしまう。
誰にも話せない息苦しさでオリヴィエの表情は曇ってしまう。
「そうだったんだね。だとしたら、次回会う時にはオリヴィエ嬢の兄君にご挨拶させていただけないかな?
私はオリヴィエ嬢の抱える不安を全て取り除きたいと思うんだ」
ヴィクトーの声には芯の強そうな意志が感じられる。
「いきなり皇太子殿下と会うことになったら、兄は倒れてしまいそうですが……いつまでも言わないでいるわけにもいかないですよね……私だけが皇太子殿下が番だと伝えるより、殿下からもお伝えいただけましたら、兄も納得すると思うのでお願いできますか?」
次回会う日を決め、その時に兄に番であるヴィクトーを紹介することになった。
どうか何事もなく無事に顔合わせが行われるようにと願うばかりである。
「それから、オリヴィエ嬢に知っていてほしいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「私の番と分かったことで、私はオリヴィエ嬢を手放すことはできない。どうしても私のことが嫌で逃げ出そうとしても、きっと私は追いかけてしまうだろう。それほどまでに、私はオリヴィエ嬢のことが心配だし、いつでも目に見える範囲に居て欲しいと思っている。勿論、私自身のことを好きになってもらえるようにと思っているよ」
オリヴィエはヴィクトーの執着心を感じながらも、番と判明した日から思っていたことを口にした。
「皇太子殿下は私が番でがっかりしませんか?私は貴族ではありませんし、貴族の方と接する機会もほとんどありませんでした。番として離れられないけれど、私が番で恥ずかしいと思うことも出てくるんじゃないかと思っています。だからと言ってどうしたらいいのか、分からないのですが……」
お互いが匂いで分かる番ならきっとこんなにも悩まないのかもしれない。
けれど、自分からは匂いで分からない上に、相手は王族。
自分が貴族であれば、王族との結婚も生まれた時から視野に入っているかもしれないが、オリヴィエはそういう生活を送ってはいなかった。
「私はオリヴィエ嬢が番で嬉しく思うよ。今この瞬間だって、目の前に君がいて、話せて、どれだけの幸せを私が感じているか。だから、どんなことがあってもがっかりすることはないから安心して。それに、気づいていた?初めて会った時から、オリヴィエ嬢は私の竜気を一切気にしていないように見えたんだよ。初めて会う人は獣人、人、貴族、どんな人であれ私のもつ竜気に一瞬強張ったような顔をするんだけどね。どうしてか、オリヴィエ嬢にはその竜気は気づかれなかったみたい」
ふふっと微笑むヴィクトーはあまりにも美しい。
失礼にも凝視しそうになったので、慌てて膝上においた自分の手に視線を落とす。
「そういえば、竜気というものがどういうものかよく分かりません。分からないってことは多分気づいていないんですよね……どうしてでしょう?」
言われてみれば、確かにそうだ。ヴィクトーの発する竜気とやらを今までまるで感じたことがない。
今さらながら気づいた竜気への耐性に、自分が何者なのか、心臓がざわりとする。
オリヴィエは思わず尋ねた。
「皇太子殿下、番は竜気が分からない、とか何かあるのでしょうか?」
「うーん、等しく皆竜気は感じるらしいけどね。王族同士でも、その力の差は竜気で分かるんだ。圧というか、肌で感じるものなんだよ。王室所蔵の書物があって、竜や番関係のものもあるから、調べてみるよ。どんなことが書いてあっても、私の番はオリヴィエ嬢で、どんなことからも守るから」
オリヴィエに向けられる視線は優しく、でも意志の強さが垣間見える強い視線だった。
その真っすぐな想いを聞き、オリヴィエの頬は赤くなる。
後日、竜気への耐性について調べられ、信じられないような記述が見つかった。




