12 教室
「今日から三日間、このクラスにお迎えするヴィクトー皇太子殿下がいらっしゃいました」
教室の最前で、担任の横に立つヴィクトーのキラキラ具合に、クラス中の生徒はキャーキャー言うことも忘れ、見惚れてしまっている。
「ヴィクトー・カウラルネアと言います。今日から三日間、皆さんと交流を深められればと思っています」
ヴィクトーの発言は低音の心地よい響きで、生徒たちの心を鷲掴みにしていた。
(あの時よりキラキラして見える……)
オリヴィエも他の生徒たちと同じように、ヴィクトーの登場に呆気にとられていた。
以前病院で会った時には、街中に溶け込むような質素なワイシャツにズボンという姿だったが、今日は違う。
皇太子然とした質感が高級なスーツを身にまとい、それもまたヴィクトーの魅力を引き上げていた。
ヴィクトーは教室中を見渡すと、教室の窓際の最後尾に座っているオリヴィエに薄く微笑んだ気がした。それは見間違いと思うほど極わずかな表情の変化だったが、視力のいいオリヴィエはその微笑に気づいた。
イーサンが小声で聞いてきた。
「今、皇太子殿下、オリヴィエのこと、見ていなかったか?」
「うん? ちょっと気づかなかった」
「ふ~ん、じゃあ、見間違いか」
いきなりそんなことを言うものだから、ドキリとする。
イーサンは油断ならない相手だ。
ヴィクトーの席は先生のすぐ近くに用意されていたが、
「先生、私はここの学校の生徒ではなく、生徒皆の様子が知りたいのです。なので、席は一番後ろにさせていただいてもよろしいですか?」
その一言で、オリヴィエの席の後ろにヴィクトーが座り、そのすぐ後ろにアルノーが立っていることになった。
「では、ここからは通常の授業を始めますよ」
先生の一言で頭を切り替え、授業に臨むことにした。
右肩をトントンと優しく叩かれ、振り向くと
「今、授業ではどんなことをやっているの?」
とヴィクトーが聞いてきた。
優しく微笑むその瞳は、何だかとても甘い気がする。とても温かい目をしているのだ。
「教科書の、ここです」
オリヴィエの教科書をヴィクトーに見せ、指し示しながらひそひそと話すが、既に注目を浴びているヴィクトーと話していることで、自分の席の近くの生徒は皆こちらを窺い見ている。
「皇太子殿下、何話してるのかしらね?」
「あんな近くで話せるなんて! 羨ましい!!」
流石に近くの席の子たちは凝視するだけだが、遠くの席の子たちがひそひそと話している。
内容まではオリヴィエには聞き取れないが、教室の空気感がそわそわざわざわしていた。
オリヴィエはとても恥ずかしがりや、というわけではないが、不必要に注目されるのは恥ずかしい。できるならば目立たない方が、伸び伸びできて好きなのだ。
「ここかあ、僕もやったなあ。懐かしいな」
そう小声で言うと、ヴィクトーは先生が黒板に書き込んでいくのを見てから、オリヴィエに視線を寄越した。
「教えてくれてありがとう」
その言葉を聞いて前に向き直ったオリヴィエは、なぜか顔が赤くなるのを感じた。
(この間病院でも話したのに。「ありがとう」って!)
心の中がほわほわと温かくなっていく。
昼休みになると、ヴィクトーは生徒たちと交流を図るため、近くに来た生徒と会話を楽しんでいた。
オリヴィエはいつもの友人たちとヴィクトーたちに合流し、ヴィクトーを中心に大きな輪ができた。
「殿下、このクラスでどんな授業をされるのですか?」
「皇太子殿下はお休みの日はどんなことをされているのですか?」
「好きな食べ物は何ですか?」
等々、次から次へとヴィクトーへ質問が飛んでくる。
「何か聞きたいことはあるかい?」
ヴィクトーがオリヴィエに視線を向けて聞いてきた。
「どうしてこのクラスに来ることになったんですか?」
オリヴィエはヴィクトーにしっかり目を合わせて尋ねた。
「市井の人の生活、学校の様子を見てみたかったからだよ」
(そうだよね、私に会いに来るのかもなんて思っちゃって……恥ずかしい)
オリヴィエ以外の生徒の視線がヴィクトーに釘付けになっていることに、オリヴィエは気づいていない。
元々竜の血を引くものは、竜気というものを身にまとっている。そのため本人にその気がなくても竜気は漏れ出て、周囲の者を威圧してしまうことが多い。
それでも、ヴィクトー自らこの場に溶け込もうとする姿勢と柔和な表情のおかげか、クラスの生徒たちには自然と受け入れられているようだった。
放課後、帰宅途中で不意に声をかけられた。
「オリヴィエ嬢、このあと時間があれば少し話さないか?」
ヴィクトーだった。断る理由もなかったので承諾すると、皇太子専用馬車に誘われ、王宮まで連れて行かれることになった。
応接室に案内されると人払いがされ、室内はオリヴィエ、ヴィクトー、アルノーの三人だけとなった。
「急にお誘いしてすまなかった。どうしてもオリヴィエ嬢と話がしたかったんだ」
「はい、私も皇太子殿下と話さなくてはいけないだろうと思っていました」
「以前会ったのは病院だったが、もう体調は大丈夫かい?」
「はい、ご心配お掛けしました。もう大丈夫です」
ここからはもう、ヴィクトーの熱意、情熱をもってオリヴィエに振り向いてもらえるよう全力で尽くすのみ、と気合が入る。
この時、オリヴィエが小さな悩みを抱えていたとは、気づいていなかった。




