14 オリヴィエだけ分からない?
「おはよう」
「おはよう!ねえ、オリヴィエ。昨日の王太子殿下カッコよかったわね!」
仲のいいアリシアがオリヴィエに話しかけてきた。
「そうね、かっこいいわよね」
どうにも王太子殿下のことは話しにくい。
「ねえ、オリヴィエも気づいたでしょ? あの竜気! 王族を近くに感じてぞくぞくしちゃった!」
「え⁉ アリシアは竜気に気づいたの? 昨日昼休みにみんなで話した時にはそんな素振り見せなかったじゃない?」
「気づくよ! 肌からピリピリするような気を感じるんだもん。何? オリヴィエは気づかなかったの? というか、気づかないなんてことあるの? 多分あの場に居たみんな気づいてたんじゃない? まあ、ピリピリと竜気は感じるけど、威圧感はすごく弱められていたみたいで、皆が普通にいられるくらいだったから」
アリシアは呆れたような、信じられないという表情で話している。
「私、その竜気に気づかなかったんだよね。なんかおかしいのかなあ?」
親友にも気づいて当然、という反応をされると、いかに自分が異質なのか思い知らされる気になってしまい、声が沈んでしまう。
「おかしいと言えばおかしい、けど、そういうこともあるのかな? オリヴィエが質問して王太子殿下が答えている時、一瞬竜気がすごーく弱まった瞬間はあったの。それで皆、王太子殿下のことをじーっと見つめちゃってた時があったよね」
なんだかよく分からないけど、自分の気づかないところの竜気の変化を、みんなは感じていたらしいことは分かった。
やはり自分だけがなんだか違う。分かるはずのものが分からない、このモヤモヤ感。
「今日は王太子殿下が講義をしてくださいます」
担任の話を聞くと教室がざわざわとし始めた。
「今日は私がこの時間、番について講義をさせていただきたいと思います」
ヴィクトーは教卓の前に立ち、生徒を見渡しながら、にこやかに話し始めた。
貴重な王太子殿下の講義、とあって皆真剣な表情をしている……ように見えて、ただうっとり見つめているようだ。
「番とそれ以外の存在と、何が違うのか。番とはお互いの魂が引き合うような、運命の相手、と一般的には言われていますが、一つは番は子孫を残せる可能性が高いということ。もう一つは、ほとんど知られていませんが、番の力を得ると本来持っている個人の能力が上がるということです。」
無言ですっと手を挙げたアリシア。
それを見て、ヴィクトーはアリシアに発言を促した。
「運命の相手、とは言われますが、絶対的な数が少ないのに資料などはあるのでしょうか?番に関して、口伝や伝聞という形でしか残っていないと思っていました」
「確かに絶対的な数は少なく、資料もごく限られてはいます。ですが、王家では何世代にもわたり番に関しての情報を集め、研究してきました。その一部をここでの講義としてお話しさせてもらいますね――特にこの帝国の国防に多大な力を発揮している獅子、虎、狼、象の4種族に関しては、家族愛も強く、番となれば番相手だけでなくその親族、かなり広い範囲まで大事にされるようです。元々、個の力の強い者はなぜか子孫を残すことが難しく、子がいても一人っ子や二人兄弟が多いです。ですが、番を得た場合には生まれてくる子の数が多く、また生まれてくる子は体が丈夫なことが多いのも特徴です」
ヴィクトーは初めて番の香りを感じた日から、番に関しての情報を広く集めた中にそのような記述を見つけたのだ。
「王太子殿下、それでは王族方、竜人族の方にとっての番は四種族と同じように考えればよいのでしょうか?」
怖い物知らずのイーサンがそんなことを聞いた。
「いい質問ですね!私たち竜の血を引くものも家族愛は強いと言われています。また、子の数が少ないのもそうですね。王家で唯一番を娶った七代前の皇帝には子が十数人いましたが、そのほかの王の時代にはもれなく一人か二人の子しかいません。それから、番を得たことで得る個人の能力、ということに関しての記述は見つかりませんでした。竜は最強種とも言われるので、測りようがないということなのかもしれませんが」
オリヴィエはそんな話を聞けば聞くほど、気が重くなってくる。
現在王家には二人の王子がいる。ヴィクトーとその弟。
竜はどの種族と婚姻を結んでも、その強さのせいか、子は皆竜の気質を濃く継いでいる。
ただ、王家ではある時から数の少なくなった同種族での近親婚を避けるため、多種族との婚姻が進んだのだ。何代にもわたり多種族との婚姻が続くことで竜の気質自体が弱まってきていた。
いつの時代も帝国の安定のために、先祖返りのような竜の気質の強い子が生まれるのを渇望される。
つまり、ヴィクトーのような強い竜の子は、生まれてくるだけでとても貴重な存在なのだ。
(そんな人の番になったら……私に何かできることはあるんだろうか……)
話し終わったヴィクトーに目を向けると、番の話をしているだけで幸せだというような笑顔をしている。
ヴィクトーは番だと分かってしまったら、もう逃がしてはくれないと言っていた。
(番を得ることでのメリットがあるから、私を逃がさないと言っているじゃ……?)
ふとそんな考えがよぎり、勝手に外堀を埋められたような気持ちになったオリヴィエはうつむきがちになってしまった。嬉しかったはずの番の存在なのに……
講義が終わり、浮かない気分でのろのろと次の授業の支度をしていたところで、目の前に影が差した。
ふと見上げると、ヴィクトーが緊張した面持ちで目の前に立っているではないか。
いつも堂々としているヴィクトーが、なぜそのような面持ちでいるのか不思議だった。
それにしても、机を挟んで対面するなんて、近すぎる!
緊張と、周囲に見られている恥ずかしさとでじりじりとオリヴィエの頬が赤くなっていくのがわかる。
視線を合わせるように少しかがんだヴィクトーは
「さっきから表情が硬いけど、僕が何か力になれることはあるかい?」
「あ、何も問題はないので、大丈夫です……」
オリヴィエは何とかそれだけ言ったが、自分でも顔が引きつってしまった気がする。
王族の番。竜の番。王家に嫁ぐことになれば、必然に子を産むことを求められるだろう。それも強い子を。
でも、もし生まれなかったら? もし生まれたとして、自分に似て弱い子だったら?
求められることは嬉しいけれど、ヴィクトーに返せるものはあるのだろうか。
講義を聞く前はもっと軽い気持ちでいられたが、聞いてしまった以上、運命の番として求められるものより、のしかかる責任の重さに打ちひしがれる。
これから考えなくてはいけないことが押し寄せたことで、オリヴィエの顔色がどんどん悪くなり、視界は段々暗くなる。
聞こえるはずの音が遠ざかるように段々聞こえなくなってきた。
机に肘をつき、目元を隠そうとするように覆うと、額には脂汗がにじんでいた。
「オリヴィエ嬢⁉ おい、大丈夫か?」
ヴィクトーは目の前で具合の悪くなるオリヴィエに声をかけたが返事がない。
オリヴィエの体は段々と傾いで机に突っ伏してしまった。
「失礼」
と慌てたヴィクトーは一言だけ言い、椅子で動けなくなったオリヴィエを優しく横抱きにした。
「医務室はどこに?」
隣の席に座っていたイーサンに聞くと、
「こちらです。案内します!」
との返事があり、三人はあっという間にその場からいなくなってしまった。
明日も18時10分頃に投稿します。
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