10 ヴィクトーの計画
オリヴィエはやっと落ち着いた日常が戻ってきた。
昨日ライアンと会って聞いた話はとても貴重だった。
(なんだか先週は夢みたいな一週間だったな……)
学校での授業中、窓の外をぼんやりと眺めながらそんなことを思う。
「オリヴィエさん、聞いていますか?」
授業ももう終わるだろうぎりぎりの時間に、先生はオリヴィエに声をかけてきた。
「すみません、聞いていませんでした……」
指摘された恥ずかしさで、うつむきながら答えた。
「ここからはしっかり聞いていてくださいね」
「はい」
先生に指摘された直後、隣の席のイーサンに肘でつつかれた。
幼馴染であるイーサンとは幼年時代から同じ学校で、今年に限ってはクラスも同じである。
にやりとしたイーサンの表情を見るとイラっとしてくるが、それも一瞬のことだった。
「今後の予定をお知らせします」
あまりにも先生の表情がにこやかすぎる。
(いいお知らせなのかしら? 普段そんなお知らせなんてないのに)
と不思議に思っていると、衝撃の内容だった。
「この国のヴィクトー皇太子殿下が来週の月曜日から三日間、視察も兼ね、このクラスにいらっしゃいます」
「「「「「ええーーーー!!!!!」」」」」
クラス中が歓喜の悲鳴をあげ、収拾がつかなくなった。
(ヴィクトー皇太子殿下……? あ! そういえばあの病院でアルノーさんが確か「皇太子殿下」って言っていたような……)
あの時は色々なことが同時に起こったために、頭はぼんやりしてよく理解していなかった。
ヴィクトー皇太子殿下の登場よりも、ライアンとの出会いの方が何倍も衝撃的だったこともある。
(あの方がヴィクトー皇太子殿下だったのか)
と気づいた途端、オリヴィエは遠い目になってしまう。
(あれは夢じゃなかった……)
自分のことだったのに、自分事に思えない。
身分も違うし、醸し出す雰囲気が明らかに自分と違いすぎる。
そういえば、連絡を取りたいと言われていたものの、未だ連絡は来ていなかった。
そして多分、教室中で騒いでいる子たちも「皇太子殿下」という存在に騒いでいるだけで、実際の顔まで知っている子は少ないはずだ。
一般の民衆が王族をお目にかける機会はほとんどなく、オリヴィエだって病院で会うまでは名前しか知らなかったのだから。
(あれから一週間しか経っていないんだよね)
ヴィクトーに番と言われて、嬉しい気持ちより戸惑いの方が勝っている。
オリヴィエには分かると思っていた番の匂いが分からないのだ。
あのヴィクトーとの初対面の時は、病室で目覚めた直後にライアンの存在を知り、その後に突然王太子が現れただけでなく、番だとまで言われて頭の中が大混乱していた。
今になって落ち着いて思い出せば、番として大事にしてくれそうな雰囲気ではあった。
それに、ヴィクトーの姿を思い浮かべれば
(あんなにかっこいい殿下が番だったら、ずーっと眺めちゃう……)
だが、皇太子なんて雲の上の存在であるのだ。しかも誰もが見惚れる程の美貌だけでなく、強さも感じられるオーラ。
それに対し、オリヴィエはどうだろうか。ごくごく普通の、特にこれといった美貌の要素はないように思えた。強いて言えば大きめの目、くらいだろうか。クラスの中で背の順に並んだら、間違いなく最前になるくらいに背も低い。
そんな自分がヴィクトーに釣り合うとも思えなかったし、あの方が自分の番だなんて、現実味がなさすぎる。
それでもヴィクトーが番であることには嬉しさを感じる。
オリヴィエの求めていた「番」であるのだから。
ただ、そのギャップの大きさに戸惑うばかりだった。
番と一緒に生きていきたいと思っていたのに、ヴィクトーが番だとするならば自分には悲しいことに番が感じられない。
それはオリヴィエの思い描いていた番との出会いからして、全く予想しないものであった。
教室のざわめきの中、一人の学生が手を挙げて聞いた。
「先生、でも皇太子殿下は年齢がこの学年とは違いますよね? それでもこのクラスにいらっしゃるんですか?」
「そうなんです、よく気づきましたね。二つ学年は上になりますが、教える経験もしてみたいとのことで、このクラスに迎えることになりました」
「何かをこのクラスの授業として教えてくださるということですか?」
「そのようです。まだ細かい内容は決まっていないようなので、決まり次第お伝えします」
自惚れかもしれないが、
(皇太子は私の様子を見に来るんじゃないだろうか)
という気がしている。
ライアンだって戦時中でさえ、マノンの様子を窺っていたと言っていたのだ。命がけの戦闘の最前線であるにも関わらず。
先生の話を聞いた隣の席のイーサンが、オリヴィエに話しかけてきた。
「オリヴィエ、皇太子殿下が来るなんてなぁ。お前、興味ある?」
「ん~、まあ、普段だったら絶対に関わらない方だからね」
「ま、そうだよな。世界が違いすぎるよな~何の目的で来るんだろう?」
オリヴィエは知っている。イーサンは掴みどころがない性格をしているが、彼なりのアンテナがあり、意外と真理をつくことがあるのだ。
オリヴィエは当たり障りのない返事をしながら、何となくイーサンには知られない方がいいのでは? と思った。
イーサンが嫌味を言ってくる、とは思わないが、十分にからかわれる予感がする。
もし本当にこのクラスに皇太子が来たら、どうなるんだろう。
既に女子たちはきゃーきゃーと大盛り上がり。男子だって、最強と言われる竜人への憧れから、目が輝いている。
通常の生活をしていたら、出会うことのない王族なのだ。
(こんな状態のクラスの中で番だなんてバレたら……)
半分他人事のような気分でそんなことを思ってしまう。どんな目が向けられるようになるのか、色々と考えただけでも恐ろしい。
オリヴィエのクラスの中には貴族階級の子も三人ほどいる。学校自体、階級による受け入れの制限がないのだ。
貴族の方々は、知に優れるか、武に優れているので、その子たちも幼少時から鍛えられていると聞く。
もし敵認定でもされようものなら、小柄で平凡なオリヴィエを排除することなど容易いことなのだ。
これから皇太子の執着が本領発揮されるとはまだ気づかないオリヴィエなのだった。




