第8話 遊び人、値札の重みを目の当たりにする
1.
俺の名前はディオン。冒険者をやってる。職業は遊び人だ。
生まれた日の細かいことなんざ知らねえ。夏至の近くだったらしいから、たぶん今年で二十六前後だろう。大きく外れてなきゃ困りゃしない。
今日、俺は森で、エレノアちゃんが連れてきた妙な男――レオンに会った。正直、森を出た時点じゃ、「変わった流れ者」くらいにしか見てなかった。
背は高い。身体つきもいい。しかも、あのオークを一撃で仕留めた。狡猾で、いけすかねえ馬鹿力の化け物を、だ。
騎士か歴戦の戦士でもなけりゃ、真正面からやり合って人間が勝つには、よほど運が向くか、人数が要る。
よっぽど運が向いたか、それとも――いや、今はよそう。妙なのは、強さの方じゃねえ。中身だ。
この兄さん、妙にガキっぽい。畑や用水や家の並びを見るたび、子どもが初物を見るみてえに目を留める。
辺境伯の庶子あたりかと一瞬は思ったが、どうも違う。育ちは悪くねえ。だが、貴族の倅とも違う。もっと妙なズレ方をしてやがる。
誰にでも「さん」を付けるのもそうだ。エレノアさん、リラさん、ディオンさん。尻がこそばゆいったらありゃしねえ。堅い。妙に礼儀正しい。
なのに、森の中じゃ躊躇なく槍を振るう。こういう手合いを何て呼ぶかと聞かれたら、いまの俺ならこう答える。――書記だ。
剣より帳面が似合いそうなくせに、本人だけがそれを分かってねえ顔をしている。そういう男だった。
2.
「査定、終わったよ」
ギルドの姐さんが、盆を片手に俺たちの卓へやってきた。俺は、牙、石、毛皮と宝石でせいぜい二千八百、うまく見てもらって三千ってところだと思っていた。
レオンの初仕事にしちゃ上出来。そんな読みだ。
「ゴマカシなし、ヒイキなし。
二万八千だよ。革袋、二重底だったね」
だから、姐さんが鼻を鳴らして言ったとき、俺は本気で目を剥いた。
姐さんが木皿に革袋の中身をざらりと空ける。やられた。小粒だが上等の魔石が十個。牙や石ころや並みの宝石に紛れて、重さを読み違えていた。
昼酒を飲んでた連中が、一斉に黙る。視線が全部こっちへ集まった。俺の向かいで、当の本人だけがきょとんとしている。
「ディオンさん、
二万八千スクルトって、
日当で言うと何日分ですか?」
何日分、だと? 俺は思わず杯を置いた。
「日雇い仕事なら何百日分だ。
俺たち四人が普段どおり稼いで、
やっと一年半ってところだよ」
レオンは「へえ……」とだけ言って、少し考える顔をした。驚いてはいるらしい。だが興奮はしていない。まるで他人の勘定書きを眺めているみてえな顔だった。
何なんだ、こいつは。お前の値札だぞ。そう思ったところへ、姐さんがもう一つ、血と脂で汚れた指輪を卓に転がした。
「これ込みなら、
ただの戦利品じゃ済まない。
二十万でも出せるんだけどね」
場の熱が、さらに一段跳ね上がる。
「ただの装身具じゃない。
ゴブリンの森の領主印さね」
その瞬間、俺は考えるより先にレオンの手首を掴んでいた。
「……死んでも売るな。持ってろ」
レオンは一度だけ指輪を見て、それから素直に頷いた。
「ディオンさんがそう言うなら、
そうします」
ああ、そうしとけ。厄介な男だとは思ってたが、札が付いた途端、ますます厄介になりやがった。しかも本人だけが、その重みをまだ半分も分かっていねえ。
3.
問題は、札が付いた途端に、人間まで値踏みされることだ。辺境じゃ珍しい話じゃない。珍しいのは、その札の跳ね方のほうだ。
さっきまで「森で拾った兄ちゃん」だった男が、ほんの半刻で「オークを一撃で仕留めた槍使い」に化ける。
酒場の若い衆は、もう我慢できねえ。木杯を持って寄ってきて、レオンに武勇伝をせがみ始めた。
「どこを突いたんだい?」
「何歩で間合い詰めた?」
「スノーウルフも退治できんだろ?」
レオンは困った顔で「たまたまです」「運が良かっただけで」と繰り返すが、そんなもん火に油だ。強え奴ほど、たまたまって言いやがるからな。
娘衆まで寄ってきた。こっちは武勇伝より露骨だ。「レオン様」なんて呼ぶ娘まで出てきやがった。
「村に残るの?」
「奥さんはいるの?」
「どこの生まれ?」
「どんな女が好みなの?」
レオンは槍よりそっちに弱かった。顔を赤くして、杯を持つ手までぎこちなくなる。しまいに小さな声で言いやがった。
「僕、そういうお付き合いを
まだしたことがなくて……」
その瞬間、場が割れた。笑い声、口笛、肘でつつき合う音。娘衆の目の色まで変わる。
若くて、強くて、金があって、しかもまだ誰のものでもない。辺境でこの札が付いたら、そりゃ獲物だ。
俺はその騒ぎを見ながら、杯の縁で口元を隠した。嫌いじゃねえ。だが、あれを本当に笑って見てられるのは、失うもんの少ない奴だけだ。
4.
エレノアちゃんが来た。騒ぎの輪の外から、澄ました顔で、まっすぐレオンを見る。
怒ってねえ。泣いてもいねえ。あの娘はそっと手を差し伸べて、自分の親指であいつの目尻を撫でた。
「もう、目やお身体の炎症は
大丈夫ですか?」
それだけだ。
たったそれだけで、娘衆の空気が変わった。
――今朝方、森で、誰が介抱したのか。
――誰が血を拭い、癒しの詠唱をしたか。
飾り気のねえ一言で、卓の上に置いた。
「もう大丈夫です。あなたのおかげで」
こいつはまた、素直に返しやがる。はい、勝負あり。
娘衆が積み上げるのはこれからの可能性だが、エレノアちゃんはもう一つ、実績を持ってる。身を挺して助けられた、生活の内側に一歩入った女の強さってやつだ。
しかも本人、勝ち誇った顔一つしない。
「夜は軽いものでよいでしょう。
……戻りましょうか」
完全に、自分の領域へ運ぶ口ぶり。
そこで「えっ」とでも言うかと思ったが、レオンはむしろ救われた表情だ。他人の熱気に揉まれて、だいぶ消耗してたんだろう。俺はリラと顔を見合わせた。
俺たちパーティは、ギルドがあてがってくれた一軒家に住んでいる。
そこへ戻る道すがら、レオンはまだ村の柵や物置や水瓶を見ていたが、さっきまでの見物人の目じゃなくなっていた。
こいつ、目の前の景色を住む場所として見始めた顔をしてる。
家に着いてから、エレノアちゃんは手際よく残り物の黒パンと薄いスープを温め、干し肉を刻んで薬草を散らした。豪勢じゃない。だが、腹を落ち着かせるには十分だ。
「ああ……落ち着きます」
食卓の灯り、女の手で整えられた皿、帰ってきて腰を下ろす椅子。効く。特に、どこにも属してねえ男にはな。
俺とリラは適当に雑談を振りながら、二人の間に流れるものを眺めていた。まだ恋だ愛だの顔じゃねえ。
だが、女が本気で取りに来た時の静けさってやつを、俺は知ってる。レオンが杯を置いたとき、エレノアちゃんの目が、ほんの一瞬だけ和らいだ。
――チェックメイト、だな。




