第63話 遊び人、薄い利に法の効きを見る
1.
俺の名前はディオン。ギルドの木札に書いた職業は遊び人。
……ということになっているが、この頃は、人の腹がどこで緩み、どこで青くなるかを横から眺める役のほうが、よほど板についてきた気がする。
法が出来ると、効き目ってやつは思ったより早く出る。
冬のはじめ、街道の商人どもが高い値をつけ始めた時、村の連中は浮かれていた。
穀物も、干魚も、薪も、今なら銭になる。去年までなら家の奥へ積んでおくしかなかったものに、袋の口を開くだけで銀がぶら下がるんだから、無理もねえ。
最初は、余りを回したつもりだったんだろう。少しくらいなら構わない。春までまだある。うちの倉なら保つ。みんな、そんな顔をしていた。
だが雪が深くなり、戸口の風が骨へ刺さる頃には、その浮かれもだいぶ色を失っていた。
売りすぎたんだ。
一人が売り、二人が売り、よその家が銭を得たと聞けば、自分だけ積んだままでいるのが損に見える。そうして袋の口がもう一度開き、薪束がもう一度ほどけ、気づけば手元の冬越しが、目に見えて薄くなっていた。
井戸端の声色が変わるのは早かった。
「……少し、足りねえな」
「春までとなると、きついかもしれん」
「子どもの口が増えたしな」
そういう呟きが、宿の喧騒より先に耳へ入るようになる。しかも困るのは、貧しい家ばかりじゃねえ。寄り合い衆の家まで混じっていた。顔の利く家ほど、商人と付き合いがあるぶん、先に高値へ食いついたらしい。
で、そういう連中が、そろそろとレオンのところへ来始めた。
倉があるからな。今までも何だかんだで回してきたあの男なら、今回も何とか埋めてくれる。そういう期待が、村じゅうの顔に薄く浮いていた。
俺は見ていて、ああ、こりゃ揉めると思った。
2.
最初に来たのは、子どもを三人抱えた若い家だった。青い顔で戸口に立ち、何とか春先まで保たせたい、と頭を下げる。
次に来たのは、夏にはずいぶん威勢よく薪束を売っていた親父だ。その次には、寄り合い衆の縁の家まで来やがった。
そこまでは、俺も想像していた。
だが、レオンが机の上へ出したものを見て、頼みに来た連中の顔が揃って止まった。
紙だ。
しかも、公定升と公定秤まで並べやがった。
「貸します」
レオンは、いつもの穏やかな声でそう言った。
「ただし、配るんじゃありません。
貸付です。量はここに記します。
返す量も、返す時期も、先に決めます」
若い家の男は、目を白黒させた。
「……紙に書くのか?」
「書きます」
「いま、こんな時にか」
「こういう時だからです」
その言い方が、やけに静かだった。困ってる相手に気を持たせるでもなく、説教臭くもなく、まるで明日の天気を読むみてえな顔で紙を広げる。
あの場で初めて、連中は悟ったんだろう。これは施しじゃねえ、と。助けを乞いに来たつもりが、貸し借りの場へ座らされた。しかも相手は顔なじみの村人じゃなく、先に置かれた決まりみてえな顔をしていやがる。
場が、しん、とした。
若い家の女房が、子どもを抱えたまま身を強ばらせる。後ろで見ていた年寄りが眉をひそめる。寄り合い衆の縁の男は、あからさまに不機嫌な顔になった。
「……ずいぶん、きっちりしてるな」
「次からも、そうするためです」
レオンは升へ穀物を入れ、秤へかけ、紙へ数字を書きつけていく。
「借りる側が誰でも同じです。
曖昧にすると、あとで必ず揉めます」
寄り合い衆の縁の男が、そこでようやく口を挟んだ。
「相手が誰でも、か」
「ええ」
「寄り合い衆でも?」
「同じです」
その返しが早すぎて、逆に腹が立つ。だが、それ以上は噛みつけねえ。本当に同じ紙と同じ升を出してるからだ。
冷てえ。冷てえが、揺れねえ。困ってる顔を見ても、家の格を見ても、紙の置き方が変わらねえ。
村の連中が驚くのも無理はなかった。
3.
もっとも、連中が次に驚いたのは、別のところだった。
「返済は春先からで構いません。
穀物で返せるなら穀物で。
難しければ、労役で埋めてもらいます」
そこまでは、まだいい。いや、よかねえが、紙を切られた時点で腹は括るしかねえ。
問題は、その次だ。
「利は、このくらいです」
そう言ってレオンが示した数字を見て、借り手が揃って顔を上げた。
「……それだけか?」
最初に言ったのは、夏に高値で薪を売っていた親父だった。いちばん身構えていた顔だ。きっちり紙まで切る男なら、ここで骨までしゃぶるつもりだろうと思っていたのが、丸見えだった。
「それだけです」
「もっと取るんじゃねえのか」
「必要以上には取りません」
「必要以上、って……」
「貸した分が戻らない危険と、
保管の目減りの分です」
親父はしばらく口を開けたまま黙っていた。後ろで見ていた女房が、拍子抜けしたみてえに瞬きを繰り返す。寄り合い衆の縁の男でさえ、一瞬だけ返事が遅れた。
そりゃそうだ。
公定升、公定秤、紙、返済期限、労役換算。ここまで並べられりゃ、誰だって搾る気だと思う。実際俺も、もう少し重くするかと思っていた。
だが薄い。薄いが、ただではねえ。
そこが余計に始末が悪い。
ただでは貸さねえ。だが、貪りもしねえ。恩義に崩す気がねえから利は取る。人の飢えを食う気がねえから、利は吊り上げない。
若い家の男が、戸惑った声を出した。
「……そんなので、いいのか」
「よくはありません」
レオンはさらりと答える。
「本当なら、皆さんが売りすぎないのが
いちばんよかったんです」
その一言で、また場が冷えた。
慰めもしねえ。だが責め立てもせず、ただ失敗を失敗として置きやがる。
俺はそこでようやく分かった。こいつがやってるのは、穀物を貸すことじゃねえ。失敗の後始末に型を付けてるんだ。
困ったら埋めてくれる人の顔を作るんじゃない。困った時に、どう埋めるかを先に決める顔を作ってる。
4.
その日のうちに、話は村じゅうへ広まった。
レオンは情がない。困ってる家にまで紙を切らせた。どうせ倉にあるんだから、配ればいい。村のためだの法だの言っておいて、結局は金勘定だ。
陰口としては、だいたいそんなところだ。
俺は酒場でそれを聞いて、鼻で笑った。笑ったが、レオンは笑わなかった。
帳面の前に座り、貸した分と返す分を淡々と書いていやがる。顔つきはいつもと同じだ。少しも気分がよくなさそうなのに、手だけは止まらねえ。
「気分悪くねえのか」
俺がそう聞くと、レオンは紙から目を上げずに言った。
「悪いですよ」
「なら、少しは顔に出せ」
「出しても、基準は変えません」
そう言って、公定秤の重りを指で揃える。その手つきが腹立たしいくらい静かだ。
「ここで曖昧にしたら、
今後ずっとそうなります。
売りすぎても、見積もりを誤っても、
困ったら僕が埋めることになる」
俺は腕を組んだまま、しばらく黙った。
分かる。分かるが、村の連中が嫌がるのもよく分かる。助けを乞うた場で、情の代わりに法の顔を見せられりゃ、そりゃ冷てえと感じる。
だが同時に、あの薄い利を思い出す。
恩を売る気がねえから、ただでは貸さねえ。貪る気がねえから、足元も見ねえ。家の強さでも揺らさない。
欲でも情でも読めねえ。
そういう奴が、いちばん怖えんだよ。
外はもう暗く、雪の気配が戸の隙間から沁みていた。村のどこかで、今日も誰かが袋の中身を数え、春まで保つかどうかを青い顔で見ているだろう。
レオンはその先で、困った顔を待っているわけじゃねえ。困った時に通す線だけを、先に引いて待っている。
気前の良さじゃない。
誰の失敗を、どこまで公で背負うか。その線を、人の顔色じゃなく決まりで引く。法ってやつは、たぶんそういう時に初めて法になる。
……ほんと、書記野郎め。
人の上に乗る気はない顔をして、いちばん人の上へ置かれるものだけは、きっちり残しやがる。




