第52話 遊び人、自警団の目を選び抜く
1.
俺の名前はディオン。ギルドの木札に書いた職業は遊び人。
……この頃は、その札だけじゃ説明が足りねえ。村の空気がどこで淀むかを嗅ぎ、誰がそこへ泥を持ち込むかを見て、まだ濁りきる前に手を打つ。そんな真似のほうが、剣や短剣を抜くより先に来る。
翌朝、レオンはギルドの掲示前に立った。法と治安の役を継いだ以上、まずは自警団を形にしねえと話にならねえ。宿が開けば、客も荷も女も酒も増える。増えりゃ、見張る目と止める手も要る。
理屈は分かる。
だが、集まってきた面子を見た瞬間、俺は腹の底で舌打ちした。
村の若い衆より、街道を流れてきた荒くれ者どものほうが、よっぽど足が速かったからだ。
「宿屋ができて、さぞ儲かってんだろ?」
「一日頭で六十スクルトは
欲しいよな、おい」
「……へえ、別嬪ちゃんの多い村じゃねえか。
そりゃ、守りたくもなるわな」
最後の一言で、レオンのこめかみにぴくりと筋が浮いた。だが怒鳴りはしねえ。こういうとき、あいつは逆に静かになる。
目の前にいる連中は、腕も肩も立派だった。棍棒だの短剣だの、見せびらかすように提げてる奴もいる。
だが立ち方がいけねえ。掲示より人の懐を見ている。仲間と話すふりで、出入口と酒場の窓を測ってやがる。雇われに来た顔じゃねえ。押し込み先の値踏みだ。
レオンは低く息を吐いた。
「……自警団というより、愚連隊ですね」
「今ごろ気づいたか」
俺は腕を組んだ。こいつらを入れりゃ、防衛どころか外患誘致だ。「守ってやる」と言いながら、村の女と荷と酒を好き放題ついばむ未来しか見えねえ。
しかも、何人かはわざわざ寄り合い衆の席にいるレオンを見て、値踏みするように口端を上げている。
雇い主を舐めてる奴は、命令より先に抜け道を探す。
そういう手合いは、要らねえ。
2.
応募の列の端に、別の連中がいた。
声がでかいわけでもねえ。腕っぷしを誇るでもねえ。ただ、場違いみてえに大人しく立っている。村の納屋番で見かける顔、夜回りで戸を叩いていた顔、猟の見張りに付いてた若いの。そういう、目立たねえ手合いだ。
俺は一人ずつ見た。
一人は痩せ気味で、肩が狭い。だが荒くれ者の怒鳴り声が上がるたび、喧嘩腰にはならず、反射みてえに周囲を見回していた。騒ぎの中心じゃなく、外を見る癖がある。
一人は年かさで、指先に藁屑がついてる。朝まで納屋をいじってたんだろう。武器の柄じゃなく、腰の鍵束を何度も確かめていた。守るべきものが具体で分かってる手つきだ。
あと三人。どれも強そうには見えねえが、少なくとも、誰かを脅して立つ顔じゃなかった。
俺はため息をついて、レオンに顎をしゃくった。
「あいつと……隣のやつ。それから、
後ろに控えてる三人。それ以外は断れ」
レオンは露骨に眉を寄せた。
「……あの五人ですか?」
「そうだ」
「どう見ても、腕っぷし向きじゃ
ありませんよ」
「だからだよ」
俺は荒くれ者どもへ視線を投げた。
「自分は強くない、と分かってる奴の方が
役に立つ。勝手な振る舞いをしねえし、
異変があればすぐ知らせる。
何より、仲間と力を合わせるほうへ
傾く。見張りってのは、
一人で英雄ぶる仕事じゃねえ」
レオンは黙って、俺の見た五人を見直した。値札を見る目じゃなく、人の癖を拾う目になっていく。そういうところは、話が早い。
それから、掲示板の紙を引っぺがし、裏へ何かを書き足し始めた。
「夜回り、納屋番、猟の見張り番の
経験者を優先。
単独行動は禁止。
報告義務あり、ですか」
「ついでに、日当より先に仕事の中身を
見せとけ。夢見て来た奴はそれで減る」
こいつは頷いて、その場で条件を書き換えやがった。やっぱりこういう時のレオンは早え。俺が人を見る。あいつが仕組みにする。役割分担としては悪くない。
3.
案の定、紙が変わった途端、荒くれ者どもの顔つきも変わった。
「何だよそれ。巡回と掃除だぁ?」
「喧嘩止めて、戸締まり見て回って、
呼び出し係までやれってのか」
「しけてやがる」
「別の町へ行くぞ」
おう、そうしろ。こっちも願い下げだ。
結局、残ったのは俺が指した五人だけだった。
痩せた若いの。納屋番上がりの年かさ。猟の見張りに付いていた気の弱そうな青年。口数の少ねえ水汲み男。もう一人は、酒場の裏でよく酔っ払いの後始末をしてる、妙に真面目な若いのだ。
並べてみると、英雄譚からは一番遠い。
だが、村に要るのはそういう手合いだった。
レオンは五人を前に、革表紙の帳面を開いた。もう顔つきが寄り合い衆のそれだ。
「自警団、という名前ですが、
やってもらうのは武勲ではありません。
夜の見回り、戸締まりの声掛け、
揉め事の仲裁補助、道や広場の後始末。
危ないと思ったら、止めるより先に
知らせること」
そこで一拍置き、五人の顔を確かめる。
「皆さんは、説教屋兼清掃係兼夜警です」
……微妙に言い方が洒落すぎてる気もしたが、まあ通じたらしい。五人とも、妙に神妙な顔で頷いた。
俺は横から付け足した。
「強がるな。危ねえと思ったら
呼び子を吹け。単独行動をするな。
レオンさんか俺に、逐一報告しろ」
レオンが卓の上へ、小さな葦の呼び子を五本並べた。茎を削って作った安っぽい代物だが、こういうのは安っぽいので十分だ。鳴ればいい。聞こえりゃいい。
五人は順番に吹いた。甲高い、情けねえ音がした。
だが、あれでいい。鳴らして恥ずかしいと思う奴ほど、あとで無茶をしにくい。
納屋番上がりの年かさが、おずおずと言った。
「その……喧嘩の止め方は」
「一人で割って入るな」
俺とレオンが、ほぼ同時に答えた。
一瞬だけ目が合う。こいつもちゃんと分かってやがる。
4.
昼を回るころには、宿屋の前の道がやけに賑わっていた。
街道筋から旅人が押し寄せる。荷車が止まり、酒が運ばれ、桶の水が何度も空になる。飯の匂いに釣られて、また別の客が寄ってくる。噂が噂を呼ぶってのは、だいたいこういう手合いだ。
「これでエルン村も豊かになるぞ」
「宿が当たれば、畑以外でも食えるかもな」
「うちも何か売れるもんを考えねえと」
村人どもの声は、どれも軽かった。浮かれてるってほどじゃねえ。だが、利の匂いに頬が緩んでる時の軽さだ。
分からなくもない。
冬を数えるばかりだった村に、夏のうちから金の話が落ちてきたんだからな。期待するなって方が無理だ。
だが、俺の鼻に入ってくるのは別の匂いだった。
酒。汗。馬。知らねえ土地の埃。よそ者の目つき。戸を閉め忘れる家。娘衆を見て立ち止まる客。荷を積んだまま、井戸端で長話する商人。
人が増えるってのは、善意だけじゃ済まねえ。
儲け話をする村人ほど、戸締まりや見回りを後回しにする。客が増えりゃ、酒も増える。酒が増えりゃ、舌と手が軽くなる。荷も増える。娘も狙われる。そういう当たり前のことまで、一緒に増える。
俺は宿の前に立つ五人を見た。呼び子を首から下げ、棒切れみてえに緊張している。頼りなくも見える。
だが、少なくとも、あいつらはこの村の何を守るかを知っている顔だった。
レオンが隣で言った。
「ひとまず、形にはなりましたね」
「形だけならな」
俺は宿の戸口を見た。笑い声が漏れ、見知らぬ靴音が床を鳴らしている。
「……問題は、こっからだ」
活気ってやつは、見た目だけなら景気がいい。だが、その下じゃ、揉め事の芽も同じ勢いで育つ。
村の連中は、まだその軽さを分かっちゃいねえ。
まあ、分かるのはたいてい、何か起きたあとだ。
だから見る。流れも、顔も、こぼれるものも。
夏が本気で口を開ける前に、せめて、飲まれる場所だけは見失わねえようにな。




