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アカネガルドの槍使い ~市職員の辺境開拓年代記  作者: 早瀬 構
第四部

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第49話 遊び人、祝儀の先に外の目を嗅ぐ

1.


 俺の名前はディオン。冒険者をやってる。ギルドの木札に書いた職業は遊び人。


 ……この頃じゃ、村の空気がどっちへ傾くかを嗅ぎ回るほうが、よっぽど本業らしい。


 夏至祭の朝、広場はずいぶんな賑わいだった。


 例年の祭りに加えて、今年は村長の婚礼まで重なったからな。道具屋の店員が村長へ突っ込んでから、まだ三日。外から見りゃ、急ごしらえにもほどがある。だが村の連中の顔は、妙に落ち着いていた。


 驚いてねえわけじゃない。けれど、「ようやくか」という空気のほうが近い。


 そりゃそうだ。あの二人がどれだけ長く並んで立ってきたか、村のやつらは皆知ってる。帳面の外で見てきた年月ってのは、たいてい、寄り合いの決まりより物を言う。


 広場の真ん中には、野の草花を巻きつけた高いポールが立っていた。桶を叩く音が響き、どこからともなく焼いた肉の匂いが流れてくる。


 若い衆が板を渡して席を作り、娘衆が花飾りを結びつける。子どもどもはその隙間を走り回って、怒鳴られてはまた笑って戻ってくる。


 祭りだ。浮かれてる。だが、ただの浮かれ方じゃねえ。


 広場の中心へ、村長と店員が並んで立つ。取り仕切るのは村長の長兄だ。本人がやるより、そっちのほうが村らしい。


 長兄が短く言葉を置き、婚姻の成立を告げた。


 その瞬間、広場の空気が少しだけ変わった。


 歓声が爆ぜるわけじゃねえ。むしろ逆だ。皆、肩の力を抜いた。ああ、これでいいんだな、とでも言うみてえに、顔がほどける。笑い声も拍手もあるが、いちばん大きかったのは安堵だ。


 村長は相変わらず仏頂面に近いし、店員もしゃんとしている。だが並んだ二人の間に、いまさら誰も口を挟む気は起きねえ。


 あの二人は、もう長いこと、そういうふうに見られてきたんだろうよ。


2.


 で、そこで終わらねえのが、うちの書記野郎だ。


 レオンが猫車を押して広場へ入ってきた。麻袋をいくつも積んでいる。顔はいつも通り静かだが、ああいうときはだいたい何か考えてやがる。


 袋の中身は、春播きの豆だった。まだ青みの残るやつだ。穀物ってより、野菜に近い。ほかに干しタラと干しケルプ。見栄を張る祝儀じゃねえ。食えば腹に入り、鍋に落とせば効く品だ。


 レオンは麻袋を一つ持ち上げ、村長の前へ置いた。


「おめでとうございます」


 声は穏やかだ。変に飾らない。あいつらしい。


 続けて講釈が始まる。


「春播きの豆は、

  川向こうの畑で採れたばかりです。

  干したタラとケルプの汁は、

  身体の滋いにもなるでしょう」


 少し堅い。少し理屈っぽい。だが、あいつが祝いの場で照れずに言えるのは、たぶんあれが限界だ。


 村長の隣で、店員の目元がほんの少しやわらいだのを、俺は見た。


 それで終わるかと思ったら、レオンは振り向いて、広場の連中を見回した。


「この春、

  新たな命を授かった家にも、

  同じく祝いを贈りたいんです」


 ざわつきが広がる。


 祝いの場で、祝儀を断るやつはいない。だが、婚礼の祝儀がその場でほかへ広がるとなりゃ、話は少し違う。名前を呼ばれた男女が、おっかなびっくり前へ出てくる。レオンは一つずつ、麻袋を手渡していった。


 その時の顔だ。


 受け取った男は、最初こそ祭りの流れに乗った顔をしていた。だが袋の重みを腕に受けた途端、笑い方が変わる。軽い礼じゃなくなる。隣の女房が一歩前へ出て、先に頭を下げる。若い夫のほうも慌てて続く。


「……助かります」


 そんな声が、ぽつりと落ちる。


 別の家じゃ、袋を受け取ったあとで、姑らしい婆さんが何も言わず深くうなずいた。祝いにしては、ずいぶん腹に落ちた顔だった。


 その一方で、名を呼ばれなかった女が、隣の袋をちらと見た。ほんの一瞬だ。だが、数えている目だった。自分の番じゃないと分かった時の、あの速い引き方。


 祝儀だ。まだ頼みごとじゃねえ。だが、助かる、って言葉が先に出る。


 周りの目も変わった。袋より先に、レオンを見る目だ。誰に渡したか、どれだけあるか、中身は何か。そういうのを数えるような目が、ちらほら混じり始める。


 勘ぐりかもしれねえ。だが、俺はああいう目を知ってる。


 人が品物を見る目じゃない。品物を出した男を見る目だ。


3.


 婚礼が終われば、あとは夏至祭だ。肉は焼ける。酒は回る。子どもは走る。年寄りは腰をさすりながら席を動かねえ。広場は昼からずっと騒がしかった。


 レオンは案の定、引っ張りだこだった。礼を言われ、声を掛けられ、椀を持たされ、袋の話まで蒸し返される。


 俺はその横で、少しだけ嫌なものを感じていた。


 日が傾き始めたころ、ようやくあいつを端へ引っ張った。


「なあ、レオン」


「何でしょう」


「麻袋の中身が、

  今後どう変わるか、

  変に期待するやつらが

  出て来なきゃいいがな」


 レオンは眉をわずかに寄せた。


「祝儀ですよ」


「分かってるよ」


 俺は肩をすくめた。


「お前の気持ちを

  おとしめたいわけじゃねえ。


  だが、お前、

  見せちまったんだよ。

  配れる男だってことをな」


 あいつは黙ったまま、広場のほうを見る。


 俺は続けた。


「今日の袋は祝儀で済む。

  だが次はどうだ。


  秋になりゃ、

  大麦か燕麦でも入るのかと思う。


  春先になりゃ、

  小麦まで入るんじゃねえかと思う。

  あわよくば、ってな」


 レオンの顔に、すぐ反発は出なかった。そこが前より厄介だ。昔なら「それは違います」と真っすぐ返してきた。今はすぐには返してこねえ。


「皆、袋の出所が

  お前だって知ってる。

  村じゃねえ。お前だ。


  受け取ったやつは礼を言う。

  助かったとも思う。

  その先で、困った時には

  お前の顔を思い出す」


 広場の向こうで、村長が店員と並んで座っていた。


 さっき婚姻を告げられたあの人は、今日、村長の顔を一枚脱いだ。村長である前に、花婿になった。


 だったら次に余る期待は、どこへ流れる。


 考えるまでもねえ。


「村長が人間に戻ったぶんだけ、

  お前は仕組みの側へ

  押し出されるかもしれねえぞ」


 レオンはしばらく黙り、それから小さく言った。


「……勘違いです」


「かもな」


 俺は鼻を鳴らした。


「勘ぐりかもしれねえ。

  だが、そういう目は

  一度向き始めると止まらねえ」


4.


 夏至の夜は長いようで短い。薄日の残る空の下で、祭りはいつまでも続いた。桶の音はゆるみ、笑い声は酒気を帯び、子どもどもはついにどこかで寝落ちする。


 麻袋はきれいに消えていた。


 配られたんだろう。礼も感謝も、その場じゃ本物だ。そこに嘘はねえ。俺だって、あの祝儀はいいものだったと思う。見栄じゃない。効く祝いだ。飢えや弱りを知ってる村には、よく合ってる。


 だからこそ、面倒なんだよな。


 善意で渡したものほど、あとで値札のつかねえ重みを残す。


 誰がもらったか。誰がもらえなかったか。次はあるのか、ないのか。あれは祝いだけだったのか、それとも前触れなのか。そういう勘定は、祭りの笑いの裏で勝手に始まる。


 しかも、神経を使うのは村の中だけじゃねえ。


 この春からこっち、湯の噂も、鍋の評判も、外へじわじわ漏れ始めている。近隣の村にも、行商にも、流れてくる新参者にも。そういう連中は、祝儀の場にいた村人より、もっと遠慮なく見る。


 昼すぎ、肉を切り分ける台の脇で、見慣れねえ行商が鍋をのぞき込みながら、誰がこの味を考えたんだと聞いていた。


 笑って聞いてるふうだったが、目は笑ってなかった。品を数える目だった。


 妙に便利な村。


 妙に食える村。


 妙に配れる男がいる村。


 そういう見え方をし始めたら、もう前のエルン村じゃねえ。


 広場の端で、レオンはまた誰かに呼ばれていた。笑ってはいないが、断りもせず、ちゃんと相手の話を聞いてやがる。ああいうところが、また人を寄せる。


 俺は一人、杯の残りをあおった。


「神経を使うのは、

  村の中だけじゃねえぞ」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


 祭りの夜気はぬるい。だが、そのぬるさの奥で、次の揉め方の匂いがもうしていた。

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