第46話 遊び人、春の帳尻で縁談を数える
1.
俺の名前はディオン。ギルドの木札に書いた職業は遊び人。
……この頃は、その札に「余計な因果関係へ先に気づく役」とでも書き足したくなる。
六月の半ば、川向こうの草はもう膝を越え、牧童だの紙漉きだの豆畑だのへ散っていた若い衆と娘衆は、朝から晩まで村の目の届きにくいところで顔を合わせるようになっていた。
親どもは前々から渋い顔をしていたが、賃が回る以上、止めるにも限度がある。家の仕事だけで腹が膨れる時代じゃねえ。便利ってやつは、たいてい見張りの穴から先に入ってきやがる。
最初に気づいたのは、お母ちゃん衆だった。
洗濯場でひとりが顔をしかめ、鍋場でもうひとりが匂いでえずき、昼どきには「最近あの娘、朝餉の粥を残すねえ」なんて声が三つ四つと重なった。
俺は横で聞いていて、嫌な確信が腹の底に落ちていくのを感じた。
ところが当の若い男どもは鈍い。
「風邪じゃねえか」
「働き過ぎだろ」
「夏前は腹をこわしやすいし」
馬鹿か。いや、馬鹿なんだろうな。俺が額を押さえている横で、レオンまで真顔で脈だの顔色だの見始めたが、そっちはそっちで方向が真面目過ぎる。
賢女のエレノアちゃんが娘衆をひとりずつ奥へ連れていき、戻ってきた顔を見た時点で、もう答えは揃っていた。
「……おい」
俺は若い衆のひとりの頭を小突いた。
「先月、川向こうで何してた」
「何って……牛見たり、草刈ったり」
「その合間だよ、この間抜け」
そこでようやく、連中の目が一斉に泳いだ。遅え。遅すぎる。因果ってのは、腹が膨らむ頃にはもうとっくに出来上がってんだよ。
2.
発覚した途端、村は二つに割れた。青ざめる若い衆と、妙に手際のいい年寄りどもだ。
「誰の腹の子だ」
「どの家に入れる」
「先に話を通したか」
「通してねえなら、今から通せ」
色恋の話をしてる顔じゃねえ。扶養、労働、寝床、冬の薪。村の連中が見ているのは、腹の中身より、その先に並ぶ飯椀の数だった。実にこの村らしい。
そこへ、さらに妙な手続き論が湧いた。
「ちゃんと順を踏んだ証が要る」
「そうだ、初夜の……」
「寝台の……」
「シーツを……」
何を言い出すかと思えば、帳尻を合わせるために血の跡だの何だのを確かめようと言い出しやがった。しかも、誰かが「鶏の血なら見た目は似る」と口走った瞬間、馬鹿が三人ほど本気で鶏小屋へ走った。
村の片隅で、鶏が一羽、ぎゃあぎゃあ喚いた。
「もう、それ止めときましょう」
止めたのはレオンだった。いつもの静かな声なのに、あれだけで場がぴたりと止まる。若い衆も戸主どもも、鶏を抱えたまま気まずそうに固まった。
「確認したいのは順序ではなく、
これから誰が責任を持つかでしょう。
今さら布を見ても、
お腹は軽くなりません」
まったくだ。俺は腕を組んだまま頷いた。春の帳尻を布で合わせようとするな。鶏まで巻き込んでどうする。
だが、笑って済ませていい話でもねえ。誰かがぼそりと言った。
「……で、そもそも食えるのか」
そこだけは、場の全員が本気だった。
3.
すると、村人どもが一斉にレオンを見やがった。笑うときも困るときも、こいつを見る癖がすっかり付いてる。しかも今日は、「場所を貸したのはお前だろ」とまで来る。
「川向こうの休耕地、
若いのに回したのはレオンさんだ」
「親の目から遠い仕事を増やしたのも」
「半分お前のせいじゃねえか」
好き放題言いやがる。だがレオンは怒らねえ。少しだけ眉を下げてから、いつもの帳面を開いた。
「養えます」
言い切りやがった。
ざわ、と空気が動く。こいつはそこで止まらねえ。畑の収量、水車で浮く手間、川向こうの新耕地、豆と飼葉、三圃制に回した場合の痩せ地の戻り方。
数字と手順を、まるで祈祷文みてえに淡々と並べていく。
「現状の二百二十人なら問題ありません。
三圃制が軌道に乗れば、理論上は
千八百人規模でも扶養可能です。
もちろん、備蓄と労働配分が
前提ですが」
理論上、前提つき。そこまで言ってるのに、村人どもが拾うのは真ん中だけだ。
「じゃあ、うちも」
「まだいけるか」
「うちは二人で止めてたが……」
既婚組まで眼の色を変え始めた。ひとつの不始末を、村じゅうの景気へ繋げるんじゃねえ。そう思った直後、隣でリラが俺の袖をぐいと引いた。
「ねえ」
「何だ」
「帰ったら、ちょっと相談」
相談、ね。そういう顔じゃねえだろ。俺がうんざりしている横で、レオンは空気を読んだのか読んでねえのか、エレノアちゃんのほうを見てから小さく咳払いした。
「うちは……まだいいですよね」
エレノアちゃんは、いつもの賢女の顔で微笑んだだけだった。あの顔は信用ならねえ。何か知ってる顔だ。だが今は突っ込まねえ。突っ込んだら別の火種が上がる。
4.
午後には、お母ちゃん衆が若い娘どもを囲んで座らせていた。
「いいかい。腹に宿るのは
めでたいが、つわりは容赦しないよ」
「水仕事で無理するんじゃない」
「食える時に食っときな」
「産むのは祭りじゃない。仕事だよ」
叱っているようで、逃がさねえ言い方だった。泣きそうな顔の娘の背をさすり、青ざめた男には荷運びと薪割りの順番を言い渡す。
村の女ってのは、こういう時にいちばん腹が据わる。
その一方で、村長の家には、新しく戸を立てる羽目になった若い衆が集められていた。村長は前に立ち、静かな声で言う。
「戸主になるとは、
偉くなることではない。
先に起き、最後に食い、
冬の分まで考えることじゃ。
腹をくくれ。逃げるな。
迎えた以上は、家ごと背負え」
説教じゃねえ。職責の引き渡しだ。家を立てるってのは、寝台を増やすことでも、名字が一人前になることでもねえ。
誰かの不安と空腹を、これからは自分の勘定へ入れるってことだ。若い衆どもも神妙に聞いていた。ついさっきまで鈍感を晒していた連中が、こういう時だけ妙に神妙なのは腹立たしいが、まあ分からんでもない。
その時だ。妙に出来過ぎた間だった。
扉が勢いよく開いた。
道具屋の店員が、肩で息をしながら入ってくる。頬を赤くして、いかり肩のまま、まっすぐ村長を見た。
新戸主どもが道を空ける。場の空気が、さっきまでと別の意味で張り詰めた。
「あなたも、戸主になってください」
村長は一度だけ目をしばたたかせた。
「……? ワシは元々戸主じゃが」
その人だけが分かってねえ顔をした次の瞬間、道具屋の店員は耳まで真っ赤にして怒鳴った。
「私を家に迎えろって
言ってるんですよっ!」




