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アカネガルドの槍使い ~市職員の辺境開拓年代記  作者: 早瀬 構
第二部

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19/80

第19話 遊び人、手柄を流して道を先へ通す

1.


 俺の名前はディオン。冒険者をやってる。職業は遊び人……のはずなんだが、この頃、自分で本業が何だか見えなくなってきた。


 泥かき、寄り合いの調整、値段交渉、ついでにレオンの尻拭い。剣を抜くより口を回してる時間の方が長え。これで「遊び人」を名乗るのも、だいぶ苦しい気がしてきた。


 で、今日は何をしてるかっていうと、大カラスの巣の見物だ。


 露天掘りの鉱床の端、崩れかけた岩棚の上に、そいつはあった。巣、なんて可愛げのある呼び方をしてるが、下手な納屋より広い。


 枝や骨やら、何に使ったか分からねえ布きれまで絡めて積み上げた、薄気味の悪い塊である。


「……ウチの家よりデカいじゃないか」


 思わずそう漏らすと、レオンが真顔で頷いた。


「この規模だと、個体も相当大きいですね」


 いや、見りゃ分かる。問題はそこじゃねえ。あれが上から降ってきたり、石でも落としてきたりしたらどうする、って話だ。


 巣の縁に、大カラスがいた。黒い。でかい。片方の羽だけで、レオンの背丈を軽く三つ分は超えてる。しかも、こっちを見てやがる。見てるくせに、動かねえ。


 鳥の癖に、あの目つきは何だ。我関せず、って顔で、露天掘りの底を見下ろしてやがる。ああいうのは嫌だ。分かった上で居座る連中は、だいたい性格が悪い。


 ただ、じっとしてるわけでもねえ。時折、巣の中で身をずらし、嘴で枝をつつき、落ち着きなく足を踏み替える。居座ってはいるが、居心地がいい顔じゃない。


 ……数日前から、この辺り、妙に空気がぬるい。朝でも底の方がかすかに靄って、岩の割れ目から、息みてえな湯気が上がってる場所もあった。


 そのせいかどうかは知らねえが、あいつも落ち着かねえ顔をしてやがる。


 下じゃ、ゴブリンどもが作業の手を止め、こっちと巣とを忙しなく見比べている。頼られてるのは分かるが、あんまり気持ちのいい期待じゃねえ。


 誰かが小さく叫んだ。


「落ちるっす!」


 見上げた瞬間、巣の縁から石が転がった。拳大のやつが二つ、三つ。落ちてきて、岩に当たって砕ける。跳ねた破片が、すぐ下で作業してたゴブリンの頬をかすめた。


 血がにじむ。大した怪我じゃねえが、ああいうのは積み重なる。足を滑らせりゃ、それで終わりだ。


 ……放っとける類の厄介じゃねえ。


2.


 翌日、俺たちは一通り試した。


 音を立てる。光を向ける。石を投げる。レオンが槍を投げる。全部、効かねえ。


 石を投げたときなんざ、最悪だった。巣の中で何かが崩れて、枝やら骨やらがまとめて落ちてきやがった。


「やめろやめろやめろ!」


 慌てて下がる。落ちてきた塊が砕け、乾いた音と一緒に、嫌な匂いが広がった。腐った肉だの何だのが混じってやがる。


 レオンが槍を投げる。黒い影が、ふわりと浮いた。


 一度、こちらの上を低くかすめる。風が叩きつけられたみてえに、空気が重くなる。


「……おい」


 思わず声が出た。あれが本気で降りてきたら、ひとたまりもねえ。


 だが大カラスは、すぐに高度を上げた。上から白いふんを落としてきやがる。


「うわっ、最悪だ……!」


 レオンが顔をしかめる。俺は鼻で笑った。


「まだふんで済んでるだけ、ありがたく思え」


 空に上がられた時点で、俺の手は届かねえ。リラの金縛りもチャームも、あの距離じゃ届く前に散る。エレノアちゃんだって、治すことはできても落とせはしねえ。正面からどうにかする相手じゃない。


 家に戻って、卓を囲む。


 レオンが腕を組んで言う。


「カラスって、僕のいた国では、

  大きなタカやフクロウが住み着くと

  逃げ出すんですけどね。


  その手で、タカの魔物を

  けしかけるとか」


「巣が二つになるか、

  俺たちがひなの餌になる

  だけだろうが」


 即座に切る。レオンは肩をすくめた。


「あの、追い払える魔法って、

  ないですかね?」


 リラが噴き、俺は額を押さえる。エレノアちゃんだけが、小さく息をついた。


「そうね。ないわけじゃない

  けれど……難しいわ」


 一拍置いて、続ける。


「攻撃魔法は禁忌よ。

  使える人も、ほとんどいないの」


 レオンが言い淀む。分かりやすい顔だ。火だの雷だのを期待してる。


 エレノアちゃんが、やわらかく笑う。


「魔法は、何でもできるものじゃないの。

  私のは、触れて、整えるだけ」


「共鳴ってやつよ」


 リラが口を挟む。


「私のはもっと俗っぽいわ。

  植物の乳液とか、小道具とか――」


「使わないでください」

 レオンが真顔で割って入る。


「それ、絶対ヤバいやつですよね」


 さっきまで頬を染めてた男が、今度は露骨に引いてやがる。


 エレノアちゃんは静かに言った。


「大丈夫。リラも、使いどころは

  分かってるわ」


 そこでレオンはようやく頷いた。


「……何でもできるわけじゃないんですね」


「ええ。何でもできるなら、

  辺境で苦労なんてしないもの」


 ――ああ、こりゃ敵わねえな。


3.


 結局、俺たちは「追い払う」のを諦めた。


 倒せねえ。巣も動かねえ。なら、ずらす。餌場を外し、作業時間を散らし、見張りを立てる。数日はそれで持った。


 だが、持っただけだ。


 大カラスはまだ居る。黒い影が巣にあるだけで、鉱床の空気は重い。ゴブリンどもの動きも鈍る。長引けば、足を踏み外すやつが出る。


 十日目だった。


 朝から、鉱山の方が妙に白い。霧とも違う、ゆらつく湯気みてえなもんが立っている。


「何だありゃ」


 近づくにつれて、鼻の奥を刺す臭いが強くなる。卵が腐ったみてえな、喉に残る嫌な匂いだ。熱気まで混じっている。


「……この臭い、前にも出たっす」


 ゴブリンの一匹が言った。


「鉱脈当たると、たまに出るっす。長く居ると嫌っすけど」


 露天掘りの底、岩の裂け目から、ぐつぐつと湯気を上げた湯が噴き出している。白い蒸気が流れ、巣の方へじわじわと這い上がっていく。


 見上げると――大カラスが、落ち着きなく羽を広げていた。


 一度、巣の縁に降りる。すぐに首を振り、羽をばたつかせる。熱気と臭いを振り払うみてえに、何度も体を揺する。


 それから、諦めたように空へ上がった。


 旋回はしねえ。まっすぐだ。巣の上を一度かすめて、そのまま谷の向こうへ消えていった。


 巣は残った。だが主は戻らねえ。


「……そりゃ住めねえわ」


 出来すぎだとは思う。だが筋は通ってる。あの臭いと熱気の中で、好きこのんで居座る鳥もいねえ。


 もっと妙なのは、ゴブリンどもだ。あいつら、平然と作業してやがる。


「『だつりゅう』の手間が増えたっすね」


「精錬が面倒っす」


 こいつらにとっちゃ、毒でも何でもねえ。ただ厄介なだけだ。で、その厄介事を、自分たちで掘り当てたとも気づいてねえ。


4.


 ゴブリンの頭目が、こっちへ駆けてきた。


 目がうるんでいる。嫌な予感しかしねえ。


「アニキたちのおかげっす……!

  大カラス、ついに出てったっす!」


 そのまま膝をつき、額を地面に擦りつける。後ろの連中まで、ぞろぞろ頭を下げ始めた。


 ……違うだろ。


 お前らがやったんだろうが。


 喉まで出かかった。だが、飲み込む。


 ここで正しいことを言って、場を冷やしてどうする。流れはもう出来てる。助かった側の顔、手柄を預けて軽くなった空気。


 横でレオンが眉を下げる。


「……役に立てたなら、良かったです」


 嘘じゃねえ。だが、全部でもねえ。


 エレノアちゃんは静かに受け止め、リラは肩を揺らして笑いをこらえている。


 ――なら、ここで舵を切るのは俺の役目だ。


「礼を言うなら、約束の話を詰めようか」


 しゃがみ込み、頭目の顔を覗き込む。


「モルタル、どれだけ回せる。

  運ぶのは誰だ。こっちは

  試験区の排水溝と川屋を先にやる。

  遅らせるなよ」


 頭目は涙目のまま、ぶんぶん頷いた。


「やるっす! すぐやるっす!

  アニキたちの頼みなら、

  優先するっす!」


 ……話は早い。


 感謝ってのは、金より効くときがある。


 それから数日で、試験区の形は目に見えて変わった。水は流れ、泥は沈まず、匂いも前よりずっとましになる。まだ小さいが、回る。ちゃんと回る形だ。


 新しく固めた排水溝の縁を蹴り、俺は鼻を鳴らした。


 正しさで動いたわけじゃねえ。偶然だ。流れが揃って、手柄の行き先が少しずれただけだ。


 だが、そのずれで村が少しましになるなら、文句を言う筋でもない。


 ……まあ、悪くねえ。

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