第18話 遊び人、流れを見て仕組みを通す
1.
俺の名前はディオン。冒険者をやってる。職業は遊び人……のはずなんだが、この頃はどうにも違う。
気がつけば「えいぎょう」だの、泥かきだの、寄り合いの調整だの、剣より口と手間を使う仕事ばかり増えてきやがった。まあいい。食えてるなら文句はねえ。
中身は変わった。前は敵の動きだけ見てりゃよかったが、今は人の顔色と流れを読む方が先に来る。誰が動くか、誰が渋るか、どこで揉めるか。そういう匂いを先に嗅いでおかねえと、あとで痛い目を見る。
で、今は何をしてるかって? 穴掘りだ。
レオンが、妙に真面目な顔で地面をいじっている。角スコップで土を切り、少し掘っては水を流し込み、滲み方を見て、また掘る。脇には猫車。書記のくせに、この手の作業だけは妙に板についているのが腹立たしい。
俺はしばらく黙って見ていた。土の色、水の引き方、わずかな傾き。適当にやってる手つきじゃねえ。分かっててやってる。
こいつはいつもそうだ。気づいたときには、もう半分終わってる。周りはあとから意味を理解するだけで、やるかどうかを決める暇もねえ。
それで回ればいい。回らなかったとき、尻拭いするのはまわりだ。
「おい」
声をかける。
「お前、トイレどうするつもりだ?」
ぴたりと手が止まる。振り向いた顔は、相変わらず抜けている。
「トイレと水はけ、両方で
考えないといけません」
来たな、という顔になる。こいつの中じゃ、もう一通り試したあとの話しぶりだ。
レオンは枝で地面に線を引きながら話し始めた。
穴を掘る。用を足す。水を流す。流れの先で沈める。灰で抑える。溜まったら出す。流れを分けて、飲み水とは交わらせない。
順に聞けば筋は通る。流れは見える。けれど、鼻に残るものがある。溜まる臭い、水が滞るときの重さ、あの嫌な湿り気だ。
俺は止めた。
「……水はどこから引く」
「上流です。ただし飲み水とは分けます」
「止まったら?」
「溜まりすぎる前に汲み出します」
「灰は?」
「各家で――」
「そこだ」
遮る。
「誰がやる。順番は。逃げたら誰が尻を叩く」
レオンが言葉を切る。
こいつは全部分かってる。「誰がやるか」が抜ける。
「……それ、回るのか?」
レオンは一拍置いてから頷いた。
「うまくやれば、匂いも減りますし、
病気も減ります」
俺は足元の土を踏んだ。乾いた感触が戻ってきている。ここ数日の掃除で、確かに変わった。踏み出したときの沈み込みが違う。靴底にまとわりつく重さも減っている。
変わり始めてるのは確かだ。
下手を打てば、全部ひっくり返る。
頭の奥に、あの船底が浮かぶ。湿った木と汗と排泄物の匂いが混じる空気。逃げ場のない臭気。慣れたと思った頃に、体が言うことを聞かなくなる。
こいつは、それを村で起こさせねえためにやろうとしてる。
筋は分かる。だが、それだけじゃ回らねえ。
2.
「問題はそこじゃねえ」
腕を組む。
「お前、それを誰にやらせる気だ?」
レオンが黙る。
「水を引くってことは、
村に水を入れるってことだ。
しくじればどうなる」
答えは分かってる。
「飲み水が腐る。床も柱もやられる。
湿気で家が死ぬ」
桶を覗いた女が顔をしかめる。子どもが腹を抱えて転がる。井戸の前で怒鳴り合いになる。誰のせいだと声が上がる。火事より早く広がるのは、こういう揉め事だ。
「意図はいい。やり方も筋は通ってる」
続ける。
「説明せずに『手伝え』だけ
言ったら、どうなる?」
少し間を置く。
「嫌われるぞ。あとで全部ひっくり返る」
こいつは正しいことを積み上げる。人間は正しい順番では動かねえ。
掃除のときがそうだった。最初は誰も動かねえ。動いたやつの前だけきれいになると、急に文句が出る。やったやつが損して、やらねえやつが口を出す。ああいう仕事ほど、先に筋を決めとかねえと揉める。
「あとだ」
指を立てる。
「失敗したとき、
誰が責任取るかも決めとけ。
水はそれで揉める」
レオンは息を吐いた。
「……寄り合いにかけます」
ようやくだ。
こいつは一人で完結させすぎる。正しいと信じたら、そのまま走る。止めるやつが横にいりゃ使える。
3.
夕方、村長の家は人で埋まった。
排水、井戸、トイレ。話は一気に広がる。
「上流を触るな!」
「畑の水が足りなくなる!」
「今でもぎりぎりだぞ!」
「誰が毎日そんな面倒を見るんだ!」
声が飛び、机が鳴る。顔が見える分だけ、話は鋭い。畑持ちは水を気にするし、女衆は井戸を気にする。年寄りは手間を嫌う。若い連中は露骨に顔をしかめる。
井戸が濁れば、真っ先に困るのは水を汲む女衆だ。畑の水が細れば、その晩の飯が減る。皆、自分の暮らしで物を言ってる。だからこそ簡単にはまとまらねえ。
レオンは逃げねえ。図を描き、水の流れを示し、汚れがどう動くか説明する。理屈は分かる。頭では理解できる。そこから先が動かねえ。
俺が割り込む。
「全部やる必要はねえ」
手を挙げる。
「家三つ分だけだ。そこで試す。
うまくいけば広げる。
ダメならやめる」
ざわめきが止まる。
逃げ道を残すと、人は前に出る。全部を賭けろと言われりゃ誰も動かねえが、転んでも村ごとは死なねえと分かれば手を出す。
「やるやつも決める。順番も決める。
勝手に広げねえ。文句はあとで
まとめて聞く」
誰かが小さく笑う。空気が緩む。肩に入っていた力が少し抜ける。
エレノアちゃんが静かに言った。
「腹を下す人が減るなら、価値はあります」
これが効く。理屈より先に、体が覚えてる。春先の腹下しで、誰がどんな顔になるか、ここにいる連中は皆知ってる。
村長が杖を鳴らした。
「……まずは、試すか」
決まった。
試験区。転んでも村全体は死なねえ。
ここまで来れば、あとは回し方だ。
「で、その溝、どう固める?」
土だけじゃ流れる。石だけじゃ崩れる。雨が来れば一晩で元に戻る。
「モルタルを使えれば――」
「そんなもん、どこにある」
遮る。
沈黙。
4.
「モルタル、いいっすけど……
そんなに取れないっすよ?」
ゴブリンの頭目が頭を掻く。
「代わりに……」
来た。
「うちの鉱山に、
大カラスが住み着いたっす」
噂は前からあった。上から石が落ちてくる。目をやられたやつがいる。飯を汚されたって話も聞いた。笑い話にしてるが、続けば死人が出る。
こういうのは、じわじわ効く。気を削り、注意を鈍らせ、最後に足を踏み外す。船底で気が死んでいった連中と、同じ顔になる。
「追い出してくれたら、モルタル回すっす」
鼻で笑う。
「無償、ねえ」
筋は通ってる。向こうも困ってる。
横を見ると、レオンはもう考えてやがる。巣の位置、餌場、逃げ道。地形まで頭に入れて組み立ててる顔だ。こいつは戦う前に勝ち筋を探す。
ため息が出る。
「おい」
「はい」
「今度はちゃんと、先に説明しろよ」
「……はい」
返事はいい。どうせまた抜ける。
それでも分かってる。
こいつはやる。紙も、道も、手洗いも。最初は文句だらけでも、気づけば当たり前になる。
俺は角スコップを肩に担いだ。
重さが、少しだけ懐かしい。船底の櫂と同じだ。あのときは逃げ場がなかった。今は違う。
自分で決めて、動く。
それだけで、同じ重さでもましに感じる。
それにだ。
今回は俺も横で見る。流れも、匂いも、人の顔も。誰が乗るか、誰が逃げるか、どこで詰まるか。嗅げりゃ十分だ。
「行くぞ、槍使い」
放っときゃ、またふんまみれだ。
だったら先に片づける。
その先にあるのが、ただの溝じゃなく、少しはましな暮らしだってんなら――なおさらだ。




