第16話 遊び人、取引で稼ぐ形を初めて覚える
1.
俺の名前はディオン。冒険者をやってる。職業は遊び人だ。
真夜中をだいぶ過ぎてから、俺はリラと一緒に家へ戻った。戸を開けた途端、俺は顔をしかめた。……またか。
隣の部屋から、藁袋の擦れる音。押し殺した吐息。スンスンと鼻を鳴らす気配。それに、匂いがどうだの、レオンの間抜けた声。
昼間は真面目くさった顔で村の衛生がどうの、紙がどうのと語ってるくせに、夜になると途端に生き生きしやがる。お前の活力、少しは昼に回せ。
リラは俺の横で、肩をすくめて笑った。
「仲が良いのは、結構じゃない」
結構なもんか。俺は毛布を頭からかぶって寝た。聞こえるもんは仕方ねえ。付き合いきれるか。
翌朝、飯のあとに外へ出ると、家の前でレオンが一人、じっと道を見ていた。雪解けでぬかるんだ轍、家畜のふん、乾きかけた泥。そういうものを順に眺めて、何か考え込んでいる顔だった。
脇には丸めた羊皮紙。ここのところ、あいつは何か思いつくたび、ああして書き物を抱えて出ていく。
エレノアちゃんが戸口まで見送りに出てきた。
「行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
揃って、いかにも何事もなかったような顔をしている。朝っぱらからよくやる。
レオンが出ていったあと、俺はエレノアちゃんに聞いた。
「あいつ、どこへ行くんだい?」
エレノアちゃんは、妙に意味ありげに笑っただけで、何も答えねえ。
おかしな夫婦だ。ほんとに。
2.
昼過ぎ、レオンは何事もなかったように戻ってきた。そして間を置かず、俺を道具屋へ誘いやがった。
買ったのは、麻布の端切れと革のなべつかみ。しかも麻布は、抱えきれねえほどの量だ。
値段交渉は、当然みてえに俺の役目にされた。
レオンはそのあいだ、棚を勝手に見て回り、木箱だの金具だのを手に取っては戻している。こっちは店主と腹の探り合いをしてんだぞ。少しは付き合え。
どうにか値を削って店を出ると、あいつはにこにこしながら言った。
「さすが、餅は餅屋ですね」
「……もち?」
「専門の人に任せるのが一番、
という意味です」
また分からねえことを言う。
家へ戻ると、例のあて布を見せられた。麻布を二つ折りにして、間へ細かな端切れを詰め、四隅に紐を結わえた代物だ。
「同じものを、五百枚。
五日間で作りたいんです。
お手伝いをお願いします」
「五百、だとぉ?」
俺は布袋を見た。数だけなら確かに作れる。だが、何で俺がそんな内職みてえな真似を。
「俺は娘衆じゃねえぞ」
「いま、工賃を払えないので、
他人は雇えません」
「おい、タダ働きさせる気か?」
レオンは、ほんの少し言い淀んだ。それから珍しく、まっすぐ俺を見た。
「うまく行けば、ちゃんと返せます。
ディオンさんの取り分も作れます」
……ほう。
最初からそう言え。ただの慈善仕事じゃねえと分かれば、話は別だ。
俺たちは作業を始めた。布を折る。詰める。紐を結ぶ。ひたすらその繰り返しだ。途中でリラが顔を出したが、
「……お忙しいみたいね。
邪魔しちゃ悪いわ」
と、さっさと引っ込んだ。おい待て、手を貸せ。
結局、五日後には五百どころか五百七十できた。やってみりゃ案外どうにかなるもんだ。
レオンの国じゃ、これを「マスク」と呼ぶらしい。道化の仮面のことかと思ったが、顔半分を覆うんだから、間違っちゃいねえか。
3.
五月六日、久々に四人で出かけた。マスクを四百枚抱えて、森の泉へ向かう。
「マスク、どうするの?」
リラが聞くと、レオンは当然みてえに答えた。
「ゴブリンたちと物々交換をするんです」
「何と交換すんだ?」
「角スコップと猫車、八セットですよ」
訳が分からねえ。
それよりも、俺には別の疑問があった。何でゴブリンどもが、そんなにマスクを欲しがるのか。
聞くと、レオンは歩きながら言った。
「彼ら、鉱山で銅や鉄を掘って精製します。
チリや煤に囲まれる仕事です。
咳き込む者も多いし、
若いのに胸を悪くする者も
いるそうです」
一拍置いて、布袋を軽く叩く。
「彼らにとってこれは、
必要な道具なんですよ」
なるほど。筋は通る。
泉に着くと、ゴブリンの頭目が現れた。子分に妙な鉄箱を運ばせる。車輪が一つついた箱。もう一方は平たい鉄板のついた棒。見た目は妙だが、作りはしっかりしている。
エレノアちゃんは、さっそく女や子どもを診て回っていた。あの娘は、ここじゃ半分聖人だ。
レオンが言った。
「詳しくはこちらのディオンさんと、
条件を詰めましょう」
「おいっ!」
だが、もう遅い。向こうから、やけに口の回る子分が出てきた。道具の利点を、やたら理路整然と並べてくる。
……妙だな。
ゴブリンにしちゃ、話が出来すぎている。まるで、最初から売るために用意された口ぶりだ。
そう思った瞬間、レオンが耳打ちしてきた。
(あれ、僕が作らせたんです。
形や寸法も指定して)
(そういうことは、先に言えっ!)
腹は立つが、これで筋は見えた。
交渉は単純だ。どちらが有用か。差額を上乗せさせる。負けてられるか。
4.
昼前には、俺もゴブリンの子分も、喉が枯れていた。向こうは道具の利便を誇り、こっちはマスクの価値を押し立てる。
押し切れねえ。だが向こうも、マスクなしじゃ困る。なら、どこで首輪を掛けるかだ。
途中、「道具は他所にも売れる」と揺さぶられたときは、危うく押されかけた。
俺はエレノアちゃんの方を見た。ゴブリンどもが、列を作って頭を下げている。
腹が決まった。
「いいか。エレノアちゃんが来るたび、
薬も回る、診てもらえる。
それも込みの付き合いだ」
さらに押す。
「角スコップも猫車も、
お前さんらの知恵じゃねえ。
内輪で使うぶんには好きにしろ。
他所に売るのは、レオン担当だ」
相手が言葉に詰まる。
「マスクは、お前さんらの仲間が
長持ちする道具だぞ?」
しばらく唸った末、頭目が言った。
「……それで行くっす」
決着だった。
頭目が、魔石を二つ渡してきた。
「実に良い取引ができたっす」
「……差額が、五千スクルトだとぉ?!」
思わず声が出た。とんでもねえ額だ。俺は石を握ったまま、しばらく動けなかった。
帰り道、エレノアちゃんもリラも、猫車を押している。確かに便利そうだ。
レオンが笑う。
「ディオンさんは営業向きですね」
「えいぎょう?」
「売ったり、話をまとめたりするのが上手い人です」
悪い気はしねえ。魔石一つは俺のもんだ、と言いかけたところで、レオンはそれをエレノアちゃんとリラに渡した。
「家計は女性に任せた方が、
うまく行きます」
「うるせぇっ!」
だが、エレノアちゃんなら納得できる。あの娘は塩も薬草も見て使う。無駄はしねえ。
問題はリラだ。財布を持たせりゃ、明日には妙な髪飾りか甘い酒に化けてても驚かねえ。
リラがちらりと俺を見る。
「……何よ、その顔」
「別に」
別に、じゃねえが、ここで言うのも野暮だ。
剣でも槍でもなく、口と手間で金に換える。こういう稼ぎ方もあるらしい。
……悪くねえ。少なくとも、魔石の重みは本物だった。




