表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アカネガルドの槍使い ~市職員の辺境開拓年代記  作者: 早瀬 構
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/80

第16話 遊び人、取引で稼ぐ形を初めて覚える

1.


 俺の名前はディオン。冒険者をやってる。職業は遊び人だ。


 真夜中をだいぶ過ぎてから、俺はリラと一緒に家へ戻った。戸を開けた途端、俺は顔をしかめた。……またか。


 隣の部屋から、藁袋の擦れる音。押し殺した吐息。スンスンと鼻を鳴らす気配。それに、匂いがどうだの、レオンの間抜けた声。


 昼間は真面目くさった顔で村の衛生がどうの、紙がどうのと語ってるくせに、夜になると途端に生き生きしやがる。お前の活力、少しは昼に回せ。


 リラは俺の横で、肩をすくめて笑った。


「仲が良いのは、結構じゃない」


 結構なもんか。俺は毛布を頭からかぶって寝た。聞こえるもんは仕方ねえ。付き合いきれるか。


 翌朝、飯のあとに外へ出ると、家の前でレオンが一人、じっと道を見ていた。雪解けでぬかるんだ轍、家畜のふん、乾きかけた泥。そういうものを順に眺めて、何か考え込んでいる顔だった。


 脇には丸めた羊皮紙。ここのところ、あいつは何か思いつくたび、ああして書き物を抱えて出ていく。


 エレノアちゃんが戸口まで見送りに出てきた。


「行ってらっしゃい」


「はい。行ってきます」


 揃って、いかにも何事もなかったような顔をしている。朝っぱらからよくやる。


 レオンが出ていったあと、俺はエレノアちゃんに聞いた。


「あいつ、どこへ行くんだい?」


 エレノアちゃんは、妙に意味ありげに笑っただけで、何も答えねえ。


 おかしな夫婦だ。ほんとに。


2.


 昼過ぎ、レオンは何事もなかったように戻ってきた。そして間を置かず、俺を道具屋へ誘いやがった。


 買ったのは、麻布の端切れと革のなべつかみ。しかも麻布は、抱えきれねえほどの量だ。


 値段交渉は、当然みてえに俺の役目にされた。


 レオンはそのあいだ、棚を勝手に見て回り、木箱だの金具だのを手に取っては戻している。こっちは店主と腹の探り合いをしてんだぞ。少しは付き合え。


 どうにか値を削って店を出ると、あいつはにこにこしながら言った。


「さすが、餅は餅屋ですね」


「……もち?」


「専門の人に任せるのが一番、

  という意味です」


 また分からねえことを言う。


 家へ戻ると、例のあて布を見せられた。麻布を二つ折りにして、間へ細かな端切れを詰め、四隅に紐を結わえた代物だ。


「同じものを、五百枚。

  五日間で作りたいんです。

  お手伝いをお願いします」


「五百、だとぉ?」


 俺は布袋を見た。数だけなら確かに作れる。だが、何で俺がそんな内職みてえな真似を。


「俺は娘衆じゃねえぞ」


「いま、工賃を払えないので、

  他人は雇えません」


「おい、タダ働きさせる気か?」


 レオンは、ほんの少し言い淀んだ。それから珍しく、まっすぐ俺を見た。


「うまく行けば、ちゃんと返せます。

  ディオンさんの取り分も作れます」


 ……ほう。


 最初からそう言え。ただの慈善仕事じゃねえと分かれば、話は別だ。


 俺たちは作業を始めた。布を折る。詰める。紐を結ぶ。ひたすらその繰り返しだ。途中でリラが顔を出したが、


「……お忙しいみたいね。

  邪魔しちゃ悪いわ」


 と、さっさと引っ込んだ。おい待て、手を貸せ。


 結局、五日後には五百どころか五百七十できた。やってみりゃ案外どうにかなるもんだ。


 レオンの国じゃ、これを「マスク」と呼ぶらしい。道化の仮面のことかと思ったが、顔半分を覆うんだから、間違っちゃいねえか。


3.


 五月六日、久々に四人で出かけた。マスクを四百枚抱えて、森の泉へ向かう。


「マスク、どうするの?」


 リラが聞くと、レオンは当然みてえに答えた。


「ゴブリンたちと物々交換をするんです」


「何と交換すんだ?」


「角スコップと猫車、八セットですよ」


 訳が分からねえ。


 それよりも、俺には別の疑問があった。何でゴブリンどもが、そんなにマスクを欲しがるのか。


 聞くと、レオンは歩きながら言った。


「彼ら、鉱山で銅や鉄を掘って精製します。


  チリや煤に囲まれる仕事です。

  咳き込む者も多いし、

  若いのに胸を悪くする者も

  いるそうです」


 一拍置いて、布袋を軽く叩く。


「彼らにとってこれは、

  必要な道具なんですよ」


 なるほど。筋は通る。


 泉に着くと、ゴブリンの頭目が現れた。子分に妙な鉄箱を運ばせる。車輪が一つついた箱。もう一方は平たい鉄板のついた棒。見た目は妙だが、作りはしっかりしている。


 エレノアちゃんは、さっそく女や子どもを診て回っていた。あの娘は、ここじゃ半分聖人だ。


 レオンが言った。


「詳しくはこちらのディオンさんと、

  条件を詰めましょう」


「おいっ!」


 だが、もう遅い。向こうから、やけに口の回る子分が出てきた。道具の利点を、やたら理路整然と並べてくる。


 ……妙だな。


 ゴブリンにしちゃ、話が出来すぎている。まるで、最初から売るために用意された口ぶりだ。


 そう思った瞬間、レオンが耳打ちしてきた。


(あれ、僕が作らせたんです。

  形や寸法も指定して)


(そういうことは、先に言えっ!)


 腹は立つが、これで筋は見えた。


 交渉は単純だ。どちらが有用か。差額を上乗せさせる。負けてられるか。


4.


 昼前には、俺もゴブリンの子分も、喉が枯れていた。向こうは道具の利便を誇り、こっちはマスクの価値を押し立てる。


 押し切れねえ。だが向こうも、マスクなしじゃ困る。なら、どこで首輪を掛けるかだ。


 途中、「道具は他所にも売れる」と揺さぶられたときは、危うく押されかけた。


 俺はエレノアちゃんの方を見た。ゴブリンどもが、列を作って頭を下げている。


 腹が決まった。


「いいか。エレノアちゃんが来るたび、

  薬も回る、診てもらえる。

  それも込みの付き合いだ」


 さらに押す。


「角スコップも猫車も、

  お前さんらの知恵じゃねえ。

  内輪で使うぶんには好きにしろ。

  他所に売るのは、レオン担当だ」


 相手が言葉に詰まる。


「マスクは、お前さんらの仲間が

  長持ちする道具だぞ?」


 しばらく唸った末、頭目が言った。


「……それで行くっす」


 決着だった。


 頭目が、魔石を二つ渡してきた。


「実に良い取引ができたっす」


「……差額が、五千スクルトだとぉ?!」


 思わず声が出た。とんでもねえ額だ。俺は石を握ったまま、しばらく動けなかった。


 帰り道、エレノアちゃんもリラも、猫車を押している。確かに便利そうだ。


 レオンが笑う。


「ディオンさんは営業向きですね」


「えいぎょう?」


「売ったり、話をまとめたりするのが上手い人です」


 悪い気はしねえ。魔石一つは俺のもんだ、と言いかけたところで、レオンはそれをエレノアちゃんとリラに渡した。


「家計は女性に任せた方が、

  うまく行きます」


「うるせぇっ!」


 だが、エレノアちゃんなら納得できる。あの娘は塩も薬草も見て使う。無駄はしねえ。


 問題はリラだ。財布を持たせりゃ、明日には妙な髪飾りか甘い酒に化けてても驚かねえ。


 リラがちらりと俺を見る。


「……何よ、その顔」


「別に」


 別に、じゃねえが、ここで言うのも野暮だ。


 剣でも槍でもなく、口と手間で金に換える。こういう稼ぎ方もあるらしい。


 ……悪くねえ。少なくとも、魔石の重みは本物だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ