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神アタリ先生の異世界調合  作者: 氏子かぞく


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第12話 納税品と配給金




集落での多くの人の生活は日の出の一つ鐘とともに起床し、四つ鐘で昼飯を取り、日の入りの七つ鐘を境に就寝の用意をする。一日の経過具合から鐘を鳴らすタイミングは2時間おきくらいだろうと感じた。




納税期限当日、二つ鐘が鳴ると、俺とセティアは納税場所だという弁務官事務所まで、高級包帯の入った木箱1つと一般包帯の入った木箱5つを持って向かった。



弁務官事務所は、村の中央に位置する大きな建物だった。



扉を開けて入ると、納税品を納める人たちと検品する検査官らしき人たちが、個々の机でそれぞれ納税品を囲んで打ち合わせをしていた。


市役所の相談窓口のような感じだ。



「納税品の検品をお願いします」


セティアが入口近くにある代表窓口の女性に話しかける。



「担当書司が来るまで、そこの机でしばらく待っていなさい」


窓口の女性は素っ気なく告げた。



どうやら納税者ごとに担当官が決まっているらしい。出版社の担当編集みたいなものだろうか。



検品にあたり、納税期限の管理や品質管理、納税品に対する配給金の判定などをするためだそうだ。


今はほかの仕事をしているので、それが済み次第こちらの対応をするということなのだろう。



だが、窓口の女性の態度は市役所の職員らしくない、いささか高圧的な態度に思えた。


ぜひ、市役所の窓口の職員さんたちの丁寧かつ親切な応対を見習ってほしいものだ。



そして担当書司がすぐにわかるように、待つ間は座ってではなく、立っておかなければならないらしい。


その理由はわかるが、納税品を持ってきたのに、この対応。


なんか釈然としない。



セティアが粛々と従っているところを見ても、これが当たり前のことなのだろう。


よく見るとほかにも机の前に立っている人がいる。


まあそういうものなんだなと、とりあえず納得する。



しばらくすると、「お待たせしました」と、一人の男性がやってくる。


セティアが微笑んで頭を下げる。



この人が担当編集…ではなく、セティアの納税品の担当書司らしい。



「ユンフラークさん、こちら私の世帯に新しく入ったアタリさんです。これから納税と配給を共有します。よろしくお願いします」



「アタリです。よろしくお願いします」



俺は必要最小限の挨拶をした。


もう二度と禁忌は犯せない。



セティアと数日過ごして、多少の知識と常識を得られたとしても、役所の担当官であれば違う視点で俺の正体を見抜く恐れがある。


ひと言ひと言に注意しなければならない。



「はじめまして、アタリさん。私は担当書司のユンフラークです。よろしくお願いします」


にこやかにユンフラークは言った。


悪い印象は受けなかった。



「それでは、セティアさん。納税品を見せてください」


ユンフラークに言われ、セティアは高級包帯と一般包帯の箱をそれぞれ一つずつ机の上に載せた。


木箱の蓋を開けるとユンフラークが少し驚いたような表情をした。



「ほう、今回は夫婦茣蓙めおとござではないのですね」


「はい、半分くらいまでは仕上がったのですが、病にかかってしまって納税期限までに間に合わなくなってしまって……」


「いや、正直、夫婦茣蓙は需要がそこまで多くない。品質が良くても需要がなければ、評定が高くならないので、配給金もあまり多くは支給されない。逆に、こういう消耗品の方が評定が良い場合もあるんです。ところで、これはどのような物ですか?」



セティアが俺の方を見た。


俺から詳しい用途を説明した方が良いのだろう。



俺はユンフラークに、包帯の用途と二種類の包帯の違いについて説明した。




「素晴らしい……」



俺の説明が終わり、しばらく包帯を手に取って感触を確かめていたユンフラークが呟いた。


どうやら医療用消耗品の需要が高く、セティアの作る包帯の価値は高いという俺の考えは、間違っていなかったようだ。



「軍需物資の確保は、現在のところ急務なのです。この消耗品は負傷時に特に役に立つと思われます。納税品としては夫婦茣蓙などよりはるかに需要が高いでしょう」



「軍需物資?」


俺とセティアは、顔を見合わせた。



一般的な医療用品として作った包帯だが、ユンフラークの目には軍需用の医療用品としての扱いとして評価されたらしい。


どこの世界でも軍需物資というのは需要が高いのか、こちらにとっては思わぬ方向での高評価となってしまった。



だが、「夫婦茣蓙などより」と言われたセティアの表情が少し沈んだ。



「あの…夫婦茣蓙は、そんなに評価されないものなのですか?」


俺はユンフラークに訊ねた。



「夫婦茣蓙は、夫婦が結婚する際に祝い用に用意される儀礼的な意味合いが強く、一般的な需要品ではありません。それに、セティアさんが作る茣蓙はむしろ品質が良すぎて、逆に需要が少ない」



夫婦茣蓙のなかでも、セティアが作るものは高級な工芸品のように位置づけられてしまうのだろう。


俺は作りかけの夫婦茣蓙の肌触りの良さを思い出した。


確かに品質が良くても需給関係が成立しなければ評価が下がってしまうのは仕方のないことだろう。


それでも自分が丁寧に作ってきた物の価値を否定されるのは辛いのか、セティアは少し悲しそうな表情をした。



「では、この包帯は納税品の新規案件として弁務官事務所の価格評定にかけます。結果は後日通達します。新規案件なので数日かかると思いますが、おそらく一般包帯で一つあたり50ルクスくらいの評定価格になると思います」



「―――50ルクス?!」


セティアが驚きの声を上げた。



俺は、今一つどの程度の価値かがわからなくて反応できずにいる。


50ルクスといえば、セティアの言っていたことによれば、銅貨50枚分ということだろう。



セティアの驚きが良いのかどうかすらわからないが、反応的には多分良い方だと思う。



「まだ確定だとは言えませんが、新しい画期的な軍需物資は最初から良い評定がされることが多いので、あくまで最低でも、という意味です。ちなみに高級包帯だと、一つあたり100ルクスはいくのではないかと」



「「100ルクスゥゥゥゥゥゥウウウウウ?!」」



セティアと俺は、驚きの声を上げた。



ちなみに、俺のは計算だ。



セティアが絶叫に近いくらいの驚きを示しているのに俺が無反応でいては、俺の正体を怪しまれるのではないかと思ってのことだ。



こういうときに声をシンクロさせるのはMOB(群衆)能力の十八番(オハコ)だ。



「ちなみに、夫婦茣蓙であれば現在はどれくらいの評定がされるんですか?」



俺は信じられないといった表情のセティアを横目に、ユンフラークに訊ねた。



「夫婦茣蓙であれば、そうですね……今であれば良くて3000ルクス、銀貨3枚というところでしょうか」



ユンフラークの表情にセティアを気遣う目線が見られた。



正式な評定ではもう少し下がりそうな気がした。



そう考えると、一般包帯が一つあたり50ルクスで評定された場合、1000個で50000ルクス。


高級包帯が一つあたり100ルクスで評定された場合、100個で10000ルクス。


合計すると、今回の納税品の包帯で評定される配給金は60000ルクスとなる。


3000ルクスで銀貨3枚なら、60000ルクスなら銀貨60枚相当ということだろう。



セティアの夫婦茣蓙が一点物の高級絨毯のような扱いで、セティアのこれまでの生活を支えてきた収入のすべてなら、今日納税した包帯は七日間で少なくともその20倍の収入を稼ぎ出したことになる。



俺は、これまでのセティアとの生活を思い返す。




――劣悪な住環境に加えて、満足とは程遠い食事や不衛生な生活環境。


状況としては、極貧といえるものだった。



だが、セティアは不満の声ひとつ上げなかった。



それどころか、あれだけ見事な夫婦茣蓙を1カ月間かけて作っているのだ。




夫婦茣蓙を一目見たとき、生活のためだけに作っているのではない、と感じた。



セティアは、誇りをもってこの工芸品を作っているのだ、と。




それを思うと、俺の気持ちは逆に晴れなくなってしまった。



これまで抱いてきた誇りまで否定された、とセティアが感じてしまわないかと心配したのだ。





弁務官事務所の帰り道、セティアは上機嫌だった。



「信じられますか? ひとつ100ルクスですよ? パンひとつ15ルクスですよ? これからは穀物に豆スープだけなんて極貧生活卒業ですよ? お祝いに肉でも買って帰りますか? あ、でもまだ正式な評定が出てないので配給金が貰えてないですね。まだ極貧脱出できていないですね、あはは!」



鼻歌交じりに軽やかに道を歩きながら俺に語りかける。



「ごめん、セティア…」



俺は歩みを止め、セティアに謝った。



「……なんでアタリさんが謝るんですか?」



明るい表情が消え、訝しむような表情になってセティアが訊ねた。



「俺は安易な提案をして、セティアの大事にしてきたものを踏みにじってしまった……」



「夫婦茣蓙のことを言ってるんですか?」



セティアの真剣な視線がまっすぐ俺の目を捉える。



だが、すぐに柔らかな、いつものセティアの表情になった。



「大丈夫ですよ、アタリさん。私は大丈夫です」



「セティア……」



「夫婦茣蓙ではあまり良い評定にならないのは残念だな、と思ったのはありますけど、包帯の方が需要が高いのはアタリさんから話を聞いたときに私も理解していたので、そんなに落ち込んではいないですよ」



「だが、君がこれまで丹精込めて作り上げてきた物が、あんな言い方をされたら、これから作るのに支障が出てくるんじゃないか?」



「ユンフラークさんは夫婦茣蓙のことを夫婦が結婚するときの儀礼的な祝いの品って言われていましたけど……アタリさん、夫婦茣蓙って、本当は日常で使うものなんですよ?」



穏やかな表情でセティアは俺に語りかける。



「夫婦茣蓙はもともと、戦災で家も財産も失くした夫婦が、せめて寄り添って快適に過ごせるようにという願いを込めて作られた物なんです。だから岩肌の上に敷いても柔らかな座り心地で居られるように、死が夫婦を分かつその時までずっと使えるように、丁寧に作るんです。財産をすべて失ったとしても豊かな心まで失わないようにと、丹精込めて模様を織り上げるんです。私は母からそのことを教わりましたし、私の子どもにもそれを伝えていきます。それが私たち一族の伝統であり、誇りなんです」



「そうか、ごめん。ならいいんだ」



「アタリさんも、包帯が軍需物資と言われて、本当は心外だったんじゃないですか?」



セティアに言われて、ハッとした。



「アタリさんは、純粋に医療用の目的で包帯が役に立つものだと言っていたのでしょう? ですが、ユンフラークさんは軍需物資として有用だと評価しました。患者を救う仕事をされていたアタリさんにとっては、包帯は戦いの道具ではない、と言われるのではないかと思ったのです」



セティアは、むしろ俺の心配をしてくれていた。



「うん、そうだね。ちょっと予想外だったけど、包帯が戦いで負傷した人の役に立つのはそのとおりだから、需要の高さとして考えるなら仕方のないことだと思うよ」



「なら、私もいいです」



俺たちは、お互いに同じような心配をしてた、と顔を見合わせて笑いあった。



「私はアタリさんに命を救われた上に、こうして生活の糧を得る道を教えてもらえました。それだけで十分満足しています。ですから、どうかお気になさらないでください」



「うん、わかった。ありがとう、セティア」



後日、正式な評定書が俺たちの家に届いた。



一般包帯は一つあたり75ルクス、高級包帯は一つあたり150ルクスの配給金となり、作った分だけ弁務官事務所にてその都度、全量納入してほしいとのことだった。



評定書とともに届いたのは、90000ルクス、銀貨90枚という、これまでセティアが見たこともないような大金の入った小袋だった。



小袋の中身を見たセティアは、血圧が上昇し、鼻血を吹き上げながら嬉しそうに卒倒した。



俺はその姿を、温かい眼差しで眺めていた。



最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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