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第7章:特効薬の副作用は『羞恥心』でした

 翌朝。

 私は再び、小鳥のさえずりで目を覚ました。

 体のだるさはない。頭もすっきりしている。研究室での爆発事故の影響は、完全に消えているようだ。


「……システムチェック、異常なし。記憶領域、検索開始」


 私はベッドの上で上半身を起こし、冷静に昨日の出来事を振り返った。


 呪いの抽出実験。

 熱暴走によるピンク色の煙。

 駆けつけたアルフレッド様。

 そして――。


『今の私には、あなたの体温の摂取が必要不可欠なんです』

『10年待つって言ったくせに、意地悪』

『欲しいって言ったら、くれるんでしょう?』


「……………………」


 私は無言で膝を抱え、その顔を枕に押し付けた。

 そして、枕越しにくぐもった悲鳴を上げた。


「んんんんんんーーーーっ!!!」


 覚えている。全部、鮮明に覚えている。

 あの時の高揚感も、彼に触れた時の安堵感も、彼を求めた自分の浅ましい声も。


 最悪だ。

 あれは『魅了』の作用だった。けれど、私は研究者として知っている。

 あの手の薬は、ゼロから感情を生み出すものではない。

 心の奥底に封印していた「願望」や「本音」を、理性の蓋を吹き飛ばして増幅させるだけのものだ。


 つまり、あれは全部、私の本心だったということになる。

 合理的思考の裏で、私はあんなにも、彼に甘えたがっていたというのか。


「……死にたい。いや、記憶を消去して亡命したい……」


 私が羞恥心で発熱し、ベッドの上で芋虫のように転がっていた時だった。


 コンコン。


「エリーゼ? 起きてるかい?」


 最愛の処刑人(アルフレッド様)の声がした。

 私はビクッと体を震わせ、反射的に布団を頭からかぶった。


「……入るよ」


 扉が開き、足音が近づいてくる。

 私は布団の中で息を潜めた。無理だ。今の彼の顔を見るなんて、どんな拷問よりも恐ろしい。


「具合はどうだい? 昨日は大変だったね。薬の影響はもう抜けたかな」


 ベッドサイドに気配を感じる。

 私は震える声で、布団の中から答えた。


「……ぬ、抜けました。オールグリーンです」

「そうか、良かった。……顔を見せてくれないのかい?」

「無理です! 半径5メートル以内に近づかないでください!」

「え?」


 彼が困惑しているのがわかる。

 私は必死に、論理的な(つもりの)言い訳を叫んだ。


「今の私は、制御システムが不安定なんです! またいつバグが発生して、あなたに……その、破廉恥な行為を働くかわかりませんから!」

「……バグ?」

「そうです! だから私を見ないで! 昨日のことは忘れてください! あれはエラーです! 私の本意ではありません!」


 必死の否定。

 けれど、布団をぎゅっと握りしめる私の手は、昨日の彼の体温を思い出して熱くなっていた。


 しばらくの沈黙の後。

 ふわり、と布団が剥がされた。


「ひゃっ!?」


 眩しい光と共に、アルフレッド様の顔が目の前に現れる。

 私は両手で顔を覆い、指の隙間から彼を見た。


「……アル、様……」

「昨日のことは忘れないよ。絶対に」


 彼は真剣な顔でそう言った。

 けれど、その瞳は怒っているわけでも、呆れているわけでもなかった。


「昨日の君は、とても情熱的で……正直、理性が飛びそうだった」

「ううぅ……」

「でもね、エリーゼ」


 彼の手が、顔を覆う私の手首を優しく掴み、そっと外した。

 私の真っ赤な顔が、彼の前に晒される。

 涙目で、恥ずかしくて、彼を直視できずに視線を彷徨わせる私。


 そんな私を見て、アルフレッド様は――とろけるような、甘く危険な笑みを浮かべた。


「僕は、薬で強引に迫ってくる君よりも……こうして素面シラフで、僕を意識して真っ赤になっている君の方が、ずっと興奮するよ」


「……は?」


 思考が停止した。

 彼の手が私の頬を撫で、親指が唇をなぞる。


「昨日のあれが、君の本音の一部だって……自惚れてもいいのかな?」

「そ、それは……確率論的観点から言えば、可能性はゼロでは……」

「ふふ、まだ理屈を言うんだね」


 ちゅ、と。

 彼が私の額にキスをした。


「……ああ、だめだ。昨日は我慢できたけど、今の君には我慢できそうにない」


 彼の金色の瞳が、ゆらりと揺らめく。

 そこにあったのは、子犬のような純粋な好意ではない。

 一人の男としての、隠しきれない独占欲と、欲望の色だった。


「覚悟して、エリーゼ。……今度は僕が、君の理性を溶かしてあげる」


 逃げ場のないベッドの上。

 真っ赤になった私は、もはや反論する計算式を何一つ組み立てることができなかった。

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