表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

第3章:日常への侵食(ディナー&バスタイム)

 隣国の王子様に拉致――もとい、保護されて数時間。  私は早くも、この「溺愛」という名の異常事態に頭を抱えていた。


「エリーゼ、口を開けて」


「……自分で食べられます」


「だめだ。君は放っておくと、研究に夢中でパンをかじるだけで済ませるだろう? それでは栄養バランスが崩れる」


 夕食のテーブルで、アルフレッド様が優雅にナイフとフォークを操り、一口サイズに切ったステーキを私の口元へ運んでくる。  周囲に控える侍女たちが、生温かい目で見守っているのが居た堪れない。


「時間の無駄です。私は早く地下の研究室に行って、新しい機材のチェックを……」


「んー」


「……」


 彼が引く気配がない。

 しかも、その金色の瞳が「食べてくれないと泣いちゃう」と言わんばかりに潤んでいる。  ……卑怯だ。10年前のあの時と同じ、捨てられた子犬のような目をするなんて。


「……今回だけですからね」


 私は負けを認め、ぱくりと肉を口に含んだ。

 悔しいけれど、最高級の肉は頬が落ちるほど美味しかった。


「美味しいかい? 良かった。……ふふ、君に食事をさせるのがこんなに幸せだなんて知らなかったな」


 彼がとろけるような笑顔を見せるので、私は咀嚼するふりをして顔を伏せた。

 調子が狂う。私のペースが、ことごとく彼に崩されていく。


 だが、真の試練は夕食後だった。

 最高級の香油が使われたお風呂を堪能し、バスローブを羽織って部屋に戻った時のことだ。


「さあ、おいで。髪を乾かそう」


「……なぜあなたがここにいるのですか」


 当然のように私の寝室のソファに座り、タオルを構えている王子様。  私は濡れた銀髪を手で絞りながら抗議した。


「髪くらい、風魔法で一瞬で乾かせます。乾燥の術式なら0.2秒で……」

「だめだよ。君の髪は絹のように繊細なんだ。魔法で乱暴に扱ったら傷んでしまう」


 彼は有無を言わさず私をソファに座らせると、背後から優しくタオルを被せた。


 大きな手が、私の頭を包み込む。

 その手つきは驚くほど丁寧で、魔法を使わず、指先で髪を梳きながら水分を拭い取っていく。


「……手間でしょうに。侍女に任せればいいのでは?」


「僕が触れたいんだ。……それに」


 彼の手が、不意に私の首筋――呪いの痕が残るあたりで止まった。


「この美しい髪をかき分けた先にある、君の『証』を見ることができるのは、僕だけの特権でありたいからね」


 背後からの囁きに、背筋がぞくりと震えた。

 彼の指先が、呪いの茨模様をなぞるように優しく触れる。

 忌まわしい傷跡として、誰もが目を背けた場所。私自身も隠し続けてきた場所。  それを、彼はまるで宝石でも扱うように愛でている。


「……物好きですね、あなたは」


「一途と言ってほしいな」


 鏡越しに目が合うと、彼は愛しげに目を細めた。

 濡れた髪を乾かすその時間は、私が提案した「0.2秒の術式」よりも遥かに長く、非効率で――けれど、不思議と悪い気分ではなかった。


(……温かい)


 彼の体温と、優しい指の感触。  それに絆されそうになる自分を、私は必死に理性で叱咤する。


(騙されてはだめよ、エリーゼ。これは高度な懐柔策だわ。快適な生活に依存させて、思考力を奪う作戦に違いない……!)


 私は赤くなりそうな頬を両手で挟み、鏡の中の自分を睨みつけた。  だが、鏡に映るアルフレッド様の幸せそうな顔を見ると、どうしても邪険に払いのけることができないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ