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第1章:完璧な国外逃亡計画(のハズだった)

「エリーゼ・フォン・アストリード! 貴様との婚約を破棄し、この国からの追放を命じる!」


 王宮の大広間に、王太子カイルの声が響き渡った。

 周囲の貴族たちがざわめき、蔑みの視線を私に向ける。

 その中心で、私は扇で口元を隠し、冷めた目で時計を確認していた。


(……予定より3分早い。カイル殿下にしては上出来ね)


 私の腕には、あの日以来、消えることのない醜い呪いの痕がある。

 それを隠すために常に長袖を着て、社交を避けて研究に没頭していた私は、いつしか「陰気な悪女」「魔女」と呼ばれるようになっていた。

 だが、それでいい。


 私は扇の裏に隠した『国外逃亡マニュアル』の最終チェックを行う。


 1. 王太子からの公式な追放宣言(言質確保:完了)

 2. 慰謝料代わりの身分放棄と自由渡航権の署名(書類準備:完了)

 3. 裏口に待機させた高速魔導馬車で国境へ(手配:完了)

 4. 隣国で、隠し資産を使って優雅な隠居研究ライフ(未来予想図:完璧)


 カイル殿下が、隣に侍らせた男爵令嬢の肩を抱き寄せながら叫ぶ。


「この愛らしいミナをいじめた罪、万死に値する! 衛兵、この女を捕らえよ!」


(はい、そこ。私がミナ嬢をいじめた証拠はゼロですけれど、反論すると長引くから甘んじて受け入れますわ。さあ、私を国外へ追い出しなさい!)


 私は心の中でガッツポーズをした。

 衛兵が近づいてくる。私は殊勝なフリをして両手を差し出し――。


 ドォォォォォンッ!!


 その時、広間の天井が爆音と共に吹き飛んだ。

 シャンデリアが落下し、悲鳴が上がる。

 土煙の中から現れたのは、床に刻まれた巨大な転移魔法陣と――漆黒のローブを纏った、長身の男だった。


「……は?」


 私の計算外の事態に、思考がフリーズする。

 男は銀色の仮面をつけていたが、その立ち姿、そして何より、私の腕の呪いが共鳴して熱くなるこの感覚。


(……隣国の、アルフレッド殿下?)


 男は騎士たちを魔力の波動だけで吹き飛ばすと、一直線に私のもとへ歩み寄ってきた。

 そして、芝居がかった動作で私の手を取り、跪く。


「待たせたね、我が愛しきエリーゼ。君を断罪する愚か者たちに、鉄槌を下しに来た」


 会場中が「誰だあの魔法使いは!?」と騒然とする中、私は引きつった笑顔で彼に囁いた。


「……アルフレッド様。何ごっこですの?」


 私の冷たい問いかけに、仮面の奥の瞳がぱちくりと瞬く。


「えっ? いや、これ『危機一髪でヒロインを救う謎の強キャラ』の演出なんだけど……。バレてる?」


「魔力波長がダダ漏れですわ。それに、その大規模な転移魔法……無許可での領空侵犯になりますよ。国際問題にするおつもりですか?」


 私が小声で詰め寄ると、アルフレッド様は「うっ」と言葉を詰まらせた。


「だ、だって……君が泣いていると思って……! 居ても立ってもいられなくて、会議をぶっちぎって来ちゃったんだよ!」


「泣いてません。むしろ計画通りに追放されるところでしたのに」


「追放!? そんな酷いこと、僕がさせない!」


「させてくださいよ! 慰謝料もらってリタイアする予定だったんですから!」


 私たちのコソコソ話など聞こえていない王太子カイルが、震える声で叫んだ。


「き、貴様は何者だ! その女は国を害する悪女だぞ!」


 その瞬間。

 アルフレッド様の空気が一変した。

 さっきまでの情けない声色が消え、周囲の空気が凍りつくほどの殺気が広間を支配する。


「……悪女、か」


 彼は私を背に庇い、王太子を睥睨した。


「彼女がその身に刻んでいる『痕』が何なのかも知らず、よくもまあ、そこまで愚かなことが言えるものだ」


「ひっ……!」


「この国は終わりだ。私の大事な人を傷つけた罪、国一つで償えると思うなよ」


 その背中は、震えるほどに恐ろしく、そして――悔しいけれど、頼もしかった。


(……計算が狂ったわ)


 私は溜息をつき、彼が差し出した手を握り返した。

 私の静かな隠居計画は、どうやらこの「重すぎる初恋」によって、波乱万丈なものに書き換えられてしまったようだ。

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