幕間:アストリード伯爵夫妻の損益分岐点
――時は少し遡り、カイル王太子が撃退された直後のこと。
隣国レオフルート王国の応接室に、二人の男女が招かれていた。
エリーゼの両親、アストリード伯爵夫妻である。
彼らは突然の呼び出しにも動じることなく、優雅に紅茶を嗜んでいた。
「……して、アルフレッド殿下。我が娘は役に立っておりますかな?」
伯爵が単刀直入に切り出すと、対面に座るアルフレッドは深く頷いた。
「ええ。彼女は私の人生における最大の光です。必ず幸せにします」
「ほう。それは重畳」
伯爵は満足げに頷き、夫人は扇で口元を隠してクスクスと笑った。
「あの娘、昔から可愛げのない計算ばかりする子でしたでしょう? 『お父様、カイル殿下との婚約は将来的なリスクが高すぎます。損切りすべきでは?』なんて、10歳の頃から言っていましたもの」
「ええ。ですが、王命による婚約はそう簡単に破棄できませんからな。我々も頭を悩ませていたのですよ」
伯爵は、懐から一枚の書類を取り出した。
それは、エリーゼが密かに準備していた『資産移管証明書』だった。
「実は、娘が裏で資産を動かしているのは知っておりましてな。私もそれに乗じて、泥船(カイル殿下)から逃げ出す準備を整えておいたのですよ」
「……さすが、エリーゼのお父上だ」
アルフレッドは苦笑した。
この両親にして、この娘あり。エリーゼのあのちゃっかりした性格は、間違いなく遺伝だったのだ。
「我が国はもう長くありません。カイル殿下の失脚で経済は混乱するでしょう。……そこで殿下、ご相談が」
「なんでしょう?」
「我々夫婦も、こちらの国へ亡命させていただきたい。もちろん、手土産として我が家が持つ『魔導特許』と『商権』は全て貴国へ譲渡いたします」
伯爵はニヤリと笑った。
それは、娘が時折見せる「悪役令嬢」の笑みとそっくりだった。
「娘を幸せにしてくれる『優良物件』に、全力で投資させていただきたいのです」
アルフレッドは吹き出し、そして力強く握手を求めた。
「歓迎します、お義父様。……エリーゼも喜びますよ」
こうして、エリーゼが心配していた両親は、娘よりも遥かに逞しく、沈みゆく船から脱出を成功させていたのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
明日でエリーゼとアルフレッドの恋物語も結末を迎えます。
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