第10章:計算外のプロポーズと、奇跡の解呪
アルフレッド様は私の前に立つと、先ほどの冷徹な表情を完全に消し去り、心配そうに眉を下げた。
「怖がらせてごめんね。君の耳にあんな汚い言葉を聞かせたくなかったんだけど」
「……いいえ。スッキリしましたわ」
私が正直に答えると、彼は目を丸くし、それから嬉しそうに破顔した。
「そう言ってもらえると助かるよ。……それで、エリーゼ」
彼は一歩近づき、私の手を取った。
その手は温かく、少しだけ震えているようにも見えた。
「邪魔が入ってしまったけれど……さっきの続きを、聞かせてもらってもいいかな?」
さっきの続き。
ベッドルームで、私が言いかけた言葉。
思い出すだけで顔から火が出そうだけれど、もう逃げるつもりはなかった。私は深呼吸をして、彼の金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「……計算してみたんです」
「え?」
「この国での優雅な生活、研究環境、あなたの社会的地位……それら全てのメリットを差し引いても、私にとって『あなた』という存在が与える影響力が大きすぎるんです」
私は胸に手を当てた。そこにある心臓は、相変わらず非効率なほど速く鼓動している。
「あなたと一緒にいると、私の思考回路はエラーばかり起こします。調子が狂うし、ドキドキして眠れないし、合理的判断ができなくなる。……研究者としては致命的です」
「……うん」
「でも……不思議と、そのエラーが心地いいんです」
私は彼の手を強く握り返した。
「私の人生設計には、こんな展開は1ミリもありませんでした。でも、今の私は……元の完璧な計画よりも、あなたという『計算外』と共に歩む未来を選びたいと思ってしまっている」
喉が熱い。涙が滲んで視界が歪む。
けれど、私は一番伝えたかった言葉を紡いだ。
「アルフレッド様。……私も、あなたをお慕いしております。私のこれからの人生、あなたに投資させていただいてもよろしいでしょうか?」
私の精一杯の「合理的告白」を聞いた瞬間。
アルフレッド様の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……っ、もちろんだ!」
彼は私を強く抱きしめ、子供のように声を震わせた。
「投資なんてレベルじゃない。僕の全てを君に捧げるよ! ……ああ、夢みたいだ。10年待って、やっと……やっと君に届いた……!」
彼の腕の中で、私は安堵のため息をついた。
重い。苦しい。でも、温かい。
これが、私が選んだ幸せの重みなのだ。
「エリーゼ。……僕と結婚してください。一生、君を愛し、守り抜くと誓う」
「……はい。謹んでお受けいたします」
彼が私の顔を覗き込み、ゆっくりと顔を近づけてくる。
今度は邪魔者はいない。
私たちの唇が触れ合った、その瞬間だった。
カッッ!!
二人の体が、眩い光に包まれた。
「……!?」
驚いて体を離そうとするが、魔力が磁石のように吸い付き、離れない。
私の体内で眠っていた『中和剤』の成分と、彼の体から流れ込んでくる膨大な魔力が混ざり合い、血管を駆け巡る。
熱い。けれど、苦しくない。
まるで体中の澱が洗い流されていくような、清涼な感覚。
光が収まった時。
私の左腕にあった、あの醜い茨のような呪いの痕が――跡形もなく消え去っていた。
「……呪いが、消えた?」
私が呆然と呟くと、アルフレッド様も自分の胸元を確認し、驚愕の表情を浮かべた。
「僕の方もだ……。気配が完全に消滅している」
「まさか……私が研究していた中和剤に足りなかった触媒は、お互いの『魔力の同調(共鳴)』だったというのですか?」
「ふふ、どうやら君の研究は、最後に『愛』という不確定要素を組み込んで完成したようだね」
彼は私の綺麗になった左腕を取り、そこに改めて口付けを落とした。
「……ありがとう、エリーゼ。君は二度も、僕を救ってくれた」
「……計算外の結果ですけれど。まあ、悪くありませんわね」
私たちは顔を見合わせ、今度こそ心の底から笑い合った。
呪いも、障害も、もう何もない。
ここにあるのは、ただ真っ直ぐな愛だけだった。




