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雲世界の子どもたち  作者: 葵月詞菜
第4章 修行と記念祭準備

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第3話 経過報告

【登場人物】

・紀伊 露草(きい つゆくさ)…学校帰りに桜にナンパされて「雲世界」に飛ばされた少年。剣道をしていた。

・矩(かね)…「雲世界」で出会った男勝りの少女。魔力を持つが過去のトラウマから使えない。

・夕凪(ゆうなぎ)…矩と一緒に暮らしている青年。露草の師となる。

・樹氷(じゅひょう)…矩の兄。露草に身体の元を貸出中のため実体がない状態。


・刃璃(はり)…「雲世界」の現統治者。露草と矩と同じ年頃の少女。

・朝凪(あさなぎ)…夕凪の双子の兄。

・凩(こがらし)…樹氷の旧友で楽天的な性格。これでも統治者の右腕とよばれる一族の一人。矩の師となる。

 修行が始まって二週間が過ぎた頃、刃璃(はり)から招集がかかった。

 午前は普通に修行があったので、矩(かね)と凩(こがらし)とは城の入り口前で落ち合った。


「よお、露草(つゆくさ)。お疲れさん」

「凩と……矩もお疲れ」


 にっかり笑ってこちらに手を振る凩の脇で、げっそりした矩が壁に凭れ掛かっていた。


「大丈夫ですか、矩」


 夕凪(ゆうなぎ)が手を伸ばすのを「大丈夫」と制して、矩は凩を睨み上げた。


「とんでも師匠の鬼ごっこに付き合わされてここまで来たんだ」

「え、楽しかっただろ? たまには遊びも必要かなって」


 恨みがましい弟子の視線に、凩が心外だと言わんばかりの顔をする。全く悪びれた様子はない。

(こいつらの修行は独特だなあ)

 露草は自分の師が夕凪であることに少しほっとした。


「お揃いですね」


 扉から静かに姿を現した朝凪(あさなぎ)が、いつもの無表情で一同を見渡した。


「今日は一体何なんだよ」


 矩が面倒くさそうに聞くが、「それは刃璃様に聞いてください」と一蹴される。矩の眉間に思い切り皺が寄った。

 凩が「はいはい、矩ちゃん落ち着いてー」と間に入ると、朝凪は何事もなかったように一行を扉の中へと誘った。


「ではご案内します。どうぞ」


 久しぶりに訪れた城内は相変わらず迷路のようで、朝凪の案内がなかったら刃璃のいる部屋まで辿り着かないだろう。

 少しでも道順を覚えられないかときょろきょろしながら歩いていた露草だったが、困ったように眉を下げてこちらを見る夕凪に気付いて首を傾げた。


「夕凪?」

「多分覚えるのは無理だと思うから、しっかり前を見て歩いてほしいなあと」


 師匠に無理だと宣言されてしまった。


「……ちなみに夕凪は?」

「私も迷いますよ」


 夕凪は少し楽しそうに微笑んだ。彼も迷うくらいなら、まだ城に数回しか来ていない露草に道順を覚えるなど無理な話だ。


「露草。心配しなくても、そうそう刃璃の部屋に行く機会なんてないし、行かなくていい」


 露草たちの会話を聞いていた矩が渋い顔で口を挟む。


「じゃあオレの部屋を教えよっかー?」


 さらに軽い口調で割って入ってきたのは凩だ。そういえば彼は本来城に部屋を持っていると言っていたか。


「お前こそほとんど城にいないだろ」


 矩が呆れたように言ってため息を吐いた。


「露草が来るならちゃんと帰って待ってるよ」


 ウインクする凩に、矩が「胡散臭い」と言わんばかりの顔をして、露草も若干頬が引き攣るのを感じた。それはご遠慮したい。


「凩、馬鹿な話はその辺にしてください。――着きましたよ」


 重厚な扉が音を立てて開いた。

 以前来た時と同様に、絨毯が敷き詰められた広い部屋の中央に大きなテーブルがあり、皮張りの椅子の一つに青い着物を着た少女が座っていた。この世界の現統治者だ。

 刃璃は露草たちに椅子に座るよう勧めた。朝凪がどこから用意したのか、手際よく茶を出してくれる。――本当に朝凪の仕事は幅広い。


「さて、まずはそれぞれの修行の経過を聞きたい」


 一息ついたところで、刃璃が口を開いた。そして夕凪の方を見る。


「夕凪。露草はどうだ?」

「順調ですよ。露草は飲み込みが早いので、教える立場としては楽です」


 さらりと答える夕凪に、刃璃が一つ頷いた。


「結構。次、凩。――矩は大変だろう?」


 一転して眉を潜めながら訊いた刃璃に、凩は苦笑した。彼の隣に座る矩は仏頂面だ。


「まあ色々あるけど、楽しくやってるよ」

「具合の方は?」


 あまり期待はしていないが、と言いたげな表情の刃璃に、


「うーん、基礎中間点……くらいかなー?」

「……分かった」


 凩の回答に彼女はため息を吐いた。


「どーせあたしは優秀じゃないよーだ。刃璃様みたく有能でもないんで」


 矩がふんとそっぽを向く。それを見た刃璃が腕を組んで再度ため息を吐く。


「それはそれは、よく分かっているじゃないか。一応正しい認識ができているようで我は安心した」

「何だと?」

「何だ?」

「まあまあ、その辺で一旦ストップね。刃璃、矩も頑張ってるんだから、煽らないで」


 放っておくと間違いなくエスカレートするだろう応酬を凩が止めた。露草は心なしほっとした。


「刃璃様。次の話に入っては」


 朝凪の言葉に、刃璃がコホンと咳払いをして仕切り直した。


「雲世界の『記念祭』が三週後に迫っているのは知っているな?」


 露草含め、各々が頷いた。

(朝凪が準備に忙しいって、夕凪から聞いたっけ)


「朝凪にはすでに色々と動いてもらっているのだが、夕凪、露草、お前たちにも少し手伝いを頼みたい」

「私は構いませんよ。露草へは修行に差し障りがない程度でしたら」


 夕凪がしれっと露草への配慮を含ませる。さすが師匠だ。


「それはもちろんだ」


 刃璃が頷き返したところで、


「刃璃様! あたしは!?」


 さっきの仏頂面もどこへやら、期待を込めた眼差しで矩が訊ねた。

(矩、祭好きそうだもんなあ)

 はりきって手伝いでも何でもしそうな勢いである。

 対して、刃璃の返答は素っ気なかった。


「お前は自分のやるべきことをしろ」


 つまり、魔力を使えるようになる修行に専念しろということだ。矩の表情が固まって、がくりと肩を落とした。言い返さないところを見ると、刃璃の言うことが正論だと分かっているのだろう。

(なんかかわいそうだけど……)


「凩も悪いが、矩の修行に注力してくれ。お前だって祭の準備で盛り上がりたいだろうが」


 確かに凩もイベント事が好きそうなイメージだ。


「いやあ、別に? 矩の面倒見るのも結構面白いから良いけど」


 凩が頭の後ろで手を組みながら軽く言ってのける。


「面白いってどういう意味だよ?」


 矩のツッコミにあははと笑う凩。

 ふいに、刃璃がすっと目を細めて、矩をじっと見つめているのに露草は気付いた。彼女の唇がぎゅっと引き結ばれる。

(刃璃……?)


「――凩」


 静かに、凛とした声が響く。空気がピリリと緊張する。

 矩とじゃれ合っていた凩が刃璃を見た。


「無理を承知で言う。一刻も早く最低限のことは叩き込んでおいてくれ」


 凩は今まで顔に浮かべていた笑みの類の一切を消し、真面目な顔で統治者を見つめ返した。


「――承知した」


 矩が不可解そうな顔で二人を見比べている。

 露草もそのやり取りを不思議な気持ちで眺めながら、心のどこかがざわざわとするのを感じていた。

(何というか……)

 刃璃がふうと小さく息を吐いて、手をパンと叩いた。


「それでは明日から夕凪と露草には城下町での準備を手伝ってもらう。朝凪の指示に従ってくれ」

「はい、分かりました」

「ああ、分かった」


 夕凪と露草は了解の旨を伝える。朝凪を見ると、こちらに向かって「よろしくお願いします」とばかり頭を下げた。いや、お願いするのはこちらの方である。

(少しでも朝凪の負担が減るようにオレも頑張ろう)

 大したことはできないだろうと思いながら、そっと決心する。


「話は以上だ。解散」


 刃璃の終了宣言と共に矩が立ち上がり、一刻も早くこの部屋を立ち去ろうと露草の腕を引っ張った。


「帰るぞ、露草」

「え、ちょ、ちょっと早っ」


 露草は引っ張られるがままに立ち上がったが、夕凪は椅子から動く気配がない。


「露草。私は少し刃璃様たちと話があるから、先に矩と行ってくれますか」

「え、うん。あ、町で買い物とかあるなら寄るけど」

「では今晩のデザートになるようなものを何か選んで買っておいてくれますか?」

「夕凪、それは何でも良いのか!?」


 デザートと聞いた矩が食い気味に訊ねる。


「ええ、構いませんよ。久しぶりに好きなのを選んでください」

「やった! 行くぞ、露草!」

「ちょっと待って、矩!」


 矩はすでに扉に手を掛けていた。露草は夕凪から財布を預かると急いで彼女の元に向かいかけ、ふと振り返った。


「凩も残るのか?」


 いつもなら矩に負けず劣らず退散するのが早い彼が、まだ椅子に落ち着いている。


「まあ、オレもちょっと確認したいことがあるからね。お先にどーぞ」


 凩は何でもないように言って、手をひらひらと振る。

 露草は何となく違和感を感じつつも、結局矩の後を追って部屋を出た。


「遅いぞ、露草」

「夕凪から財布預かってたんだよ」


 言いながら、通路を歩き始めた矩の横に並ぶ。――そういえば。


「なあ、来る時は迷路みたいで、朝凪がいないとあの部屋に辿り着けないよな? 帰る時は大丈夫なのか?」


 よく考えてみると、前にも夕凪を置いて先に矩と出た時、何事もなく普通に城から出ることができた。


「ああ、帰りは特に問題ない。どういうわけか、どこをどう歩いても出入り口に辿り着くようになってる」


 とんでもないことを、矩は面白くなさそうに言った。


「まあ、用が済んだらとっとと帰れ、ってやつだな」

「はあ、なるほど」


 きっと露草が考えたところで分からない仕組みなのだろうと思い、そういうことで納得しておくことにした。



ここまで読んで下さってありがとうございます。矩ちゃんは何をデザートに選ぶのでしょうね。

(2026.10.19)

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