↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Devil of the sound  作者: 日向 翠
本文
PR
26/27

第25章 二つの目覚め

 冷たい床の上にディアナベスがあおむけに横たわっている。おなかの上に両手を組み、足は素足のままだ。ディアナベスの口は、金属のさるぐつわで塞がれている。彼女は目を閉じている。彼女の周囲を取り囲むように、黒い土が円を描いて盛り土されている。


 白く流れるようなドレスを着た四人の女性たちがディアナベスの様子を見守っている。彼女たちは土の円の中には入らない。

 円の中には首の曲がった男、オミノスの姿がある。彼は、しわだらけの手を震わせながら、ディアナベスの髪の毛に大事そうに触れている。オミノスの細長い顔には嬉しそうな笑みがある。


 ここは、チェルニア城の湖に面した〈水の間〉と呼ばれる美しい部屋だ。窓からは、澄んだ湖が見渡せる。白鳥が優雅に水面をゆっくり移動し、水面にはさざ波がたっている。ほかの水鳥たちも水面すれすれのところを飛び渡っている。


 マールセン国王が、開け放された扉からゆっくりと部屋に足を踏み入れた。靴の音を聞いた白衣の女性たちが、静かに場所を開けた。マールセン国王はディアナベスにの方に近づき、土を盛った円の外で立ち止まった。

 そして、そこから彼女の様子を見つめた。


「そろそろ目覚めの時間だ」

マールセン国王はそう言うと、白衣の女性たちを見回した。

「王女を目覚めさせる準備をしろ」

女性たちはうなずき、その場を立ち上がり、壁の方に置いてある様々な薬瓶の棚から、いくつかの薬を選びだし、調合を始めた。


 マールセン国王は、ディアナベスの髪を触り続けるオミノスに声をかけた。

「オミノス、あまり王女に触れるな。お前ごときが王族の人間にやすやすと触れるものではない」

「わたしがいなければ、王女に眠りの薬を飲ませ続けることはできなかった。円の中に入れるのはわたしだけ」

オミノスが薄笑いを浮かべてマールセン国王を見た。マールセン国王は苦笑いを浮かべた。

「お前の〈我が主〉は何といっている?」とマールセン国王は尋ねた。

「〈我が主〉はとても静かだ。ディアナベス王女を温めている。ディアナベス王女が〈良き音の力〉を使う限り、〈我が主〉は怒らない」

「〈良き音の力〉とは何のことだ?」マールセンが尋ねた。

「わたしにはわからない。〈我が主〉の言葉を国王様にお伝えするだけ」オミノスが答えた。


 しばらくすると、白衣の四人の女性は、調合した薬とロートを持って、ディアナベスの近くに戻ってきた。オミノスが円の外に手を出して、女性から薬瓶とロートを受けとった。それを床に置き、ディアナベスの口を塞いでいる、さるぐつわをカチリと音を立てて外した。そしてロートをディアナベスの口元につけ、ロートの器の部分に、薬を注ぎ込んだ。ロートに濃い緑色の液体が流れ、ディアナベスの口の中に入っていく。唇から少量の薬がこぼれた。


 突然、ディアナベスが目を開いた。ごほっごほっと、薬にむせながら身体を起こし、苦しそうに息をした。ディアナベスは混乱した様子で辺りを見回した。


 マールセン国王と四人の女性、それにオミノスが、彼女をじっと見守っている。

「……ここは……?」ディアナベスの口から心細い声が出た。

「気がついたかね? ディアナベス王女」マールセンが言った。ディアナベスはその声を聞き、ぎょっとしたように驚き、顔を上げた。マールセン国王と目が合った瞬間、大声を上げそうになった。オミノスは無慈悲にも再びディアナベス王女の口に、さるぐつわをかませた。ディアナベスは唸り声を上げ、目から涙をこぼした。


「ここはチェルニア城だ。知っていると思うが、私は国王マールセン。そろそろシェーンベルガー国から軍がやってくる。永遠に、眠りについていたかったかもしれないが、そうはいかないのだ。そなたには、これから私のために、歌を歌ってもらいたい。そのかわり、私がそなたを守ろう。もちろんそなたが上手に歌えたらの話だが」マールセンは優しい口調で言った。


 ディアナベスは、泣きながら後ろに下がろうとしてオミノスにぶつかった。オミノスの奇怪な姿を見て、彼女はまた小さな悲鳴をさるぐつわの中で上げた。


「〈我が主〉には、元の場所に戻って頂きますよ」オミノスはそう言うと、懐の中から銀の瓶を取り出した。そしてその瓶の口を、床に描かれている土の円に近づけた。

「〈我が主〉よ。元の棲み家にお戻りください」

 オミノスが言った。すると盛り土はあっという間に、銀の瓶の中に吸い込まれていった。オミノスは瓶のふたをして、大事そうにまた懐(ふところ)へしまった。ディアナベスはそれを恐ろし気に見つめていた。


「つくづく気味の悪い男だ。今のはお前の〈魔の力〉か?」マールセン国王がオミノスに言った。

「わたしは力を持ってはいない。すべて〈我が主〉の力だ。わたしは〈我が主〉の僕(しもべ)でしかない」そう言うと何が可笑しいのかオミノスがくすくすと笑い出した。


 マールセン国王はディアナベスの腕をつかんで立ち上がらせた。ディアナベスは逃げ出そうとしたが、マールセン国王の手から逃れることはできなかった。マールセン国王は鉄の鎖をディアナベスの目の前につきつけた。

「これを使いたくはないのだ。静かに私に付いてきなさい」

マールセン国王はディアナベスの手を引き、オミノスを従えて〈水の間〉から出て行った。



 ベッドの上でトレイシアは目を覚ました。周りに人気配がする。身体が重い。トレイシアはゆっくり首を動かした。

「トレイシア様!」

レディスの声がすると同時に、視界にレディスの顔が飛び込んできた。レディスは後ろを振り返り、大きな声を出した。

「トレイシア様が目を開けたわ!」

トレイシアは目を動かし、辺りを見回した。セルスとノートンの顔が見えた。

「トレイシア様」心配そうなセルスの声が言った。ノートンは黙ってトレイシアを見守っている。彼女はふっと息を吐き、身体を起こそうとした。レディスが背中と腕を支えている。トレイシアは頭に手をやった。セルスが水を持って、トレイシアの前にコップを差し出した。彼女はそのコップを受け取り、水を飲んだ。

「……私は……一体……?」

「城の中で倒れられて、意識を失っていらしたのです。」セルスが言った。

「城の中? 」


 突然、最後見た光景が、記憶に戻ってきた。

 真っ黒になった〈謁見の間〉。


 彼女は震え出し、コップを落とした。ガシャンと金属のコップが床に落ちる音がして、水がこぼれた。再び暗闇が彼女を襲ってきた。意識を失いそうだ。

トレイシアの耳元にディアナベスの声がよみがえった。

 〈助けて〉。


「トレイシア様」レディスの心配そうな声がした。

「……私は、どのくらい気を失っていたの? ここはどこ?」

「城に近い民家です。ここに運び込まれて三日になります」セルスが言った。

「三日ですって?」

トレイシアは驚いた。彼女はレディスの腕を支えに起き上がろうとした。ぐらりとめまいがして、レディスとセルスがトレイシアを支えた。

「行かなきゃ……ベスを助けに……」

その言葉にレディスとセルスが目を合わせた。

「トレイシア様……ディアナベス王女は城内においででした。安否はわかりませんが……おそらく……」セルスが苦しそうな声で言った。

「ベスはチェルニア国にいるわ。連れ去られたのよ」

トレイシアは、再び立ち上がった。身体がふらりとしたがレディスの手を払いのけた。

「馬の準備をして」

「トレイシア様、まだ起き上がるのは無理です」レディスが言った。

「これは私の命令よ。レディス、身支度を手伝って」

トレイシアは三人を見回した。

「早くしなさい」

三人は戸惑ったが、腰を上げた。セルスとノートンが部屋を出て行った。

トレイシアは騎士の衣装を身につけ、剣を腰に差した。レディスが部屋の扉を開けると、部屋の外にセルスとノートンが待っていた。


 ノートンが布を差し出した。

「トレイシア様が倒れていらした場所にありました」

 布の上には王家の指輪があった。薄紫の宝石を囲む金縁が光っている。トレイシアはそれをじっと見つめ、右手でその指輪を手に取った。そして指にはめた。三人はその様子をじっと見守っていた。


 ふと顔を上げると、この家の住民だろうか、五人の家族がトレイシアに向かって腰を下げ、頭をたれた。父親らしい男が顔を上げ、涙声で言った。

「トレイシア様、よくご無事で戻って下さいました……」

「部屋を貸してくれてありがとう。感謝します」

トレイシアはしっかりした口調で言った。

 彼女は民家から外へ出た。遠方に恐ろし気な城の焼け跡がやけに大きく見える。トレイシアは再びめまいを感じた。


 ふと気がつくと、トレイシアの周りから、歌声が聞こえる。

 昔から伝わるブルクミラン国の王家を称える美しい歌だ。いつの間にか外に大勢の民衆が集まっている。皆、頭を下げたり、帽子を胸に当てたりして、トレイシアを見守っている。民衆たちが歌っているのだ。


 〈 天より訪れた我が国王 

   聖なる力でブルクミランの民を導きたもう。

   大地の恵みを民に与えたもう

   闇の中にある時も

   王家の光でブルクミランを照らしたもう

   大海より深い慈愛のお心をわかちたもう

   われらの王よ。

   ブルクミランの民は忠誠を誓う。

   偉大なる王家よ永遠なれ 〉

   

 それは大合唱になり、大気を振るわせた。トレイシアは心の奥から力がみなぎるのを感じた。彼らの声に込められた心を感じとっていた。

 彼らはトレイシアの悲しみに寄り添おうとしている。彼らはブルクミラン国の受けた悲劇に傷ついている。彼らは喪失から立ち直ろうとしている。彼らは目の前の光景に向き合おうとしている。そして、導き手を求めている。

 ブルクミランの人々は歌い続けた。トレイシアは〈音〉のなかにある民衆のさまざまな感情を受けとった。

 ノートンが馬を引いてトレイシアのもとに来た。トレイシアは馬にまたがった。民衆はじっとトレイシアを見つめている。


トレイシアは深く息を吸い込んだ。

「誇り高いブルクミランの民よ!」

その声に歌声がやんだ。トレイシアは大勢の民衆を見渡した。

トレイシアは良く通る声で言った。


「私は、チェルニア国にさらわれたディアナベス王女を救いに行きます。必ず貴方たちのもとに、この国に戻ってきます。この国を、ブルクミラン国を再建するために。私の心はいつも貴方たちと共にあります。どうか私に、王女トレイシアに力を!」

 

 トレイシアは馬上から胸に手を当て、目を閉じた。民衆からトレイシアの名を呼ぶ声が沸き上がった。トレイシアは目を開き、片手を高く上げた。民衆の歓声はさらに高まった。彼女は馬の手綱を操り、鐙(あぶみ)を蹴った。集まった人々の大歓声に見送られながら、トレイシアはレディス、セルス、ノートンを従えて、丘を降りていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。