第24章 叫び
ブルクミラン城の〈謁見の間〉から燃え広がった炎は、二日にわたって城内を焼き尽くし、燃え続けた。幸いにも城下に広がることはなかった。
ブルクミランの騎士やシェーンベルガー国から来た騎士や兵士らが、民衆を避難させ、火が城下まで広がるのを消し止めたのだ。
焼け焦げた城からいたるところに煙がくすぶっている。兵士や城の近くに家のある城下の男たちが城に入って、黒焦げになった木材や元の形をとどめないものを片付けていた。その男たちの中には、トレイシアがトスカーラ国に拉致されたときに同行していた騎士、セルスとノートンの姿もあった。
二人はシャツを腕まくりして、黒く変色した床に落ちているものを手袋で拾い上げては、城の外に運び出していた。
もうすぐ日が暮れる。暗闇の中で作業はできない。たいまつを使っても良いが、もう炎を見るのはたくさんだ。
セルスは額からにじみ出る汗を腕でぬぐった。彼の視界に影が差した。夕日に照らされた長い影だ。セルスは、後ろを振り向いた。
そこには呆然と立ち尽くしているトレイシア王女の姿があった。セルスは目を疑った。沈みゆく太陽の光を浴びて、トレイシアの姿は黄金に光って見えた。
「トレイシア様……」
彼女の目はうつろで亡霊でも見ているかのようだ。セルスは彼女の方へ近づき、頭を下げた。
「今、お戻りになったのですね」
彼女の後方に、馬の姿が見えた。セルスは目を伏せたまま言った。
「……国王と……王妃様をお守りすることができず、言葉がありません」
彼の目に熱いものがあふれてきた。
「城にいた者はほとんど焼死したと思われます。〈謁見の間〉から火が出たようです。おそらく、国王と王妃はそこにいらしたと……」
爆発のような炎に包まれた〈謁見の間〉から何かを探し出すのは難しかった。何もかも区別がつかないほど燃え尽されていた。
「トレイシア王女」
横から声をかける者がいた。ノートンだ。彼は小さな木箱を持っていた。二人の様子を見ていたのだろう。ノートンは、トレイシアの前に箱を差し出した。彼女はゆっくりと箱に目をやった。
「お戻りになり、安心いたしました」
周りで作業をしていた者たちはいつのまにか全員、トレイシアの姿に頭をたれていた。
「〈謁見の間〉にあったものです。お受け取り下さい」
彼女はノートンの顔を見た。ノートンがうなずいた。
彼女は再び箱に目をやり、手を出してそれを受け取った。皆が見守るなか、彼女は箱のふたを開けた。
中には黒く焦げ付いた金属の輪のようなものが二つと、父王がいつも指にはめていた王家の指輪があった。金属の輪が王冠と王妃の冠だと気づくのに時間はかからなかった。彼女は二つの冠に触れた。手が震え出した。次に指輪を手に取った。薄紫の宝石の奥にブルクミラン国の紋章が見える。彼女はそれをじっと見つめた。
人々の間から涙声が聞こえてきた。皆、ブルクミラン国王の死を悼み、残された王女の心の痛みを悲しんでいるのだ。
彼女は指輪を握ると、焼け落ちた城の方を見上げた。そして城の残骸へと歩きだした。
彼女は階段を上がり、〈謁見の間〉を探した。
いくつかの廊下を抜け、ある部屋に出た。おそらくここが〈謁見の間〉だったところだ。そこは真っ黒な壁に覆われた空間だった。まだ細い煙があちこちに立ち上っている。彼女は部屋に足を踏み入れた。
彼女の耳に、ディアナベスの歌が聞こえてきた。
すると目の前の光景が変わった。
部屋の中央に父と母が倒れている。二人は手をつないでいる。周りに数人の男の死体が横たわっている。女の死体もみえる。床は真っ赤な鮮血がたまっている。
〈謁見の間〉に立っている誰かがこちらを振り向いた。知らない男だ。でも幼い頃に会ったことがあるような気がする。
歌が続いている。そうだ、ベスの言う通り、男はチェルニア国の王だ。
突然、部屋は炎に包まれ、視界は狂気に満ちた火の揺らめきでいっぱいになった。ディアナベスの歌が消えた。
彼女は元の焼け焦げた部屋に戻っていた。彼女は、真っ黒な床に膝をついて、そこに積もった灰を手ですくった。
遠くで誰かの叫び声が聞こえる。大きな、恐ろしい悲鳴だ。まるで世界に嘆きと悲しみを投げつけたような音。その音はいつまでも続く。彼女は恐ろしさに耳を塞ぎたくなった。しかしそれはできない。彼女は両手で指輪を握りしめている。両手はがくがくと震えている。恐ろしい声はすぐ近くで聞こえる。もう耐えられない。そこから逃れることはできない。
トレイシアは気がついた。大声で叫んでいるのは自分だ。
彼女は口を大きく開けて悲鳴を上げている。全身が震えている。トレイシアは恐ろしい音のなかにいる。自分でもそれを止めることができない。目の前の光景を信じることができない。トレイシアは叫び続けた。全身で叫び続けた。




