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Devil of the sound  作者: 日向 翠
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第23章 挙兵

ジークレッドが城に戻ったのは、嵐の中、ブルクミラン国の伝令がシェーンベルガー国到着して、二日後の夕暮れだった。


 伝令の知らせで、わかっていることは、ブルクミラン城の火災が、城の形をとどめないほどの被害であったこと、城下の民衆には犠牲者がいないこと、ブルクミラン国王と王妃、ディアナベス王女の安否は不明であること、敵がいるとしても軍の姿は見当たらないことだった。


 ハワード卿は、イリスに見張りをつけて解放していた。

その見張りの者が半刻前に戻ってきたが、イリスは、まっすぐチェルニア国へ馬を飛ばし、そのまま、チェルニア城に入ったのを見届けたとのことだった。


イリスの話は嘘ではないだろう。ブルクミラン国の火災はチェルニア国が何らかの関与をしているとみて間違いない。


 ジークレッドは〈円卓の間〉に全員を集めた。大きな机の上には西方諸国の地図、それもチェルニア国と、その周辺の地形を拡大した地図が広げられ、軍隊を表す駒が置かれていた。


 地図を囲む顔ぶれは、トレイシアがシェーンベルガー国へ始めてきたときに集まった者たちだった。宰相ベルンヘルト、ドミニク軍務大臣、カスパール将軍、レンナート外務大臣、騎士隊長のダグラス、ハワード卿。


「シェーンベルガー軍はチェルニア国へ攻め入る。」

ジークレッドが確固とした口調で皆を見回しながら言った。


「八千の兵が直ちに出陣できます」軍務大臣が言った。


「兵を三つに分けてチェルニア国を包囲しようと思う。他に策はあるか?」ジークレッドが、駒棒で地図の三方向を示しながら、言った。


「私は八千のうち三千の兵を率いて〈マンスフェルトの森〉の際(きわ)を通り、東側から攻めよう」ハワードが言った。


「ではカスパール将軍、二千の兵を与える。南西から攻撃しろ」ジークレッドが言った。

「御意」将軍が答えた。


「私は三千の兵で正面からゆく。ダグラス、私と一緒に来い」

ジークレッドが地図の上の駒を駒棒で押し、チェルニア城の上に動かした。

「かしこまりました」ダグラスがジークレッドに答えた。ジークレッドはその言葉にうなずいた。


「直ちに出陣する。」ジークレッドが立ち上がった。




 チェルニア国の書斎に、マールセン国王とヨハンセル将軍、それに首の奇妙に曲がったオミノスの姿があった。大きな書斎机の上には地図が置かれている。


ヨハンセル将軍は青ざめた表情で地図を睨むように見つめている。


「問題は、どうやってディアナベス王女に〈音の力〉を使わせるかだ」

マールセン国王がオミノスに目を向けた。

「〈印〉があり、〈音の力〉を持っていることは確かだ。しかし、どのようにしてそれを引き出せばよい? 」


「問題はそこではありません、陛下」ヨハンセル将軍が深刻な口調で言った。

ヨハンセル将軍は不吉な目で、マールセン国王に顔を向けた。


「なぜ、ブルクミラン国王を殺害したのですか? ディアナベス王女を連れ去るだけで充分でした。その上、城を焼き払うとは!」


マールセン国王は目を細めてヨハンセル将軍を見た。

「怖気づいたのか、ヨハンセル将軍」


「ジークレッド王は、シェーンベルガー国の全軍を率いて攻めてくるでしょう。陛下は、その正当な根拠を敵に与えてしまったのです。その上……あの密偵、イリスといいましたか……その情報によれば、ハワード卿がジークレッド王の下に付いたと」


「ハワード卿など怖れるに足らぬ。今更なにをいう? 」

マールセン国王が言った。


「ハワード卿を侮ってはなりません。たとえ〈音の力〉が有効であったとしてもです」

ヨハンセル将軍が言い返した。


「もう最後の一手というところまで来ているのだ。何をそれほど怖れている? 〈音の力〉が使えないかもしれないと憂いているのか? 」

マールセンが問い正した。


「私はこの戦に勝ちたいだけです。陛下を勝利に導くのが私の務めであり、喜びでもあります。ハワード卿の存在は、計算外でした」

ヨハンセル将軍が言った。

「まるでハワード卿の方が、ディアナベス王女の〈音の力〉に勝るかのような言い様だな」

「それほど予測のつかぬ者です。あの男は」

ヨハンセル将軍は苦々し気に言うと、再び、地図に目を落とした。


「では、わが軍七千のうち、五千を貴殿、ヨハンセル将軍に預ける。それでハワード卿の軍とせめぎ合うが良い」

マールセンが言った。


「それでは陛下はたった二千でシェーンベルガー軍を迎え撃つというのですか? 」

ヨハンセル将軍が驚いて、マールセン国王を見た。


「私には〈音の力〉がある。軍など無用だ」

マールセンはそう言いきった。ヨハンセル将軍はじっとマールセン国王を見つめた。


マールセンはオミノスに目をやった。

「そろそろ答えを出せ、オミノス。お前の〈我が主(あるじ)〉ならば、ディアナベス王女のことがわかるだろう」


オミノスは、にやにやと笑いながら、懐から銀の瓶を取り出した。そして、大事そうに、その瓶をさすりながら、気味の悪い声を出した。

「〈我が主〉よ。故郷のマンスフェルトの森よ。奇跡の娘が〈魔の力〉を見せるにはどうしたらよいか、お示し下さい」

オミノスは右手で瓶をさすり、左手で瓶のふたを開けた。

「〈我が主〉よ。あなたの僕(しもべ)を導き給え」

オミノスはそう言うと、銀の瓶を振り上げ、中に入っている黒い土を、地図の上にぶちまけた。


土が宙を舞い、地図の上に音を立てて落ちた。


三人は目を見張った。


地図の上には、ばらまいた土によって、絵が、描かれていた。


髪の長い、ドレスを着た少女の腕に、矢で撃たれている。少女の口が大きく開かれている。


ヨハンセル将軍は信じられないように、土で描かれた絵図を見つめた。マールセン国王は、興奮したように指を差した。


「なんと、オミノス、お前の主は素晴らしい。そうか!ディアナベス王女を矢で射よというのか!」

マールセンは狂喜のあまりにその場をくるりと回った。

「ディアナベス王女は恐怖と激痛のなかで、叫びを上げる。それが〈音の力〉となるのだ!」

マールセンはオミノスの肩を抱いた。

「恐怖が〈魔の力〉となるのだ!そうか!ははははっ!」

マールセンはギラギラした目をしながら、笑い出した。オミノスも首を不安定に揺らしながら笑った。

ヨハンセル将軍は、ごくりと唾を飲みこんだ。描かれた土の絵から目を離すことができなかった。




 ジークレッドは、一糸乱れず整列した、三千の兵士らの前に姿を現した。


彼の黄金の金髪が光輝いている。端正な美しい顔立ちは、城内にいる時とはまったく違う、果敢で、剛勇な表情を見せた。


 「勇敢な我がシェーンベルガー国の兵士たちよ。ついに剣を振るう時がきた。チェルニア国は、軍を持たぬブルクミラン国を落城させ、ブルクミラン国第二王女ディアナベスを連れ去った。西方諸国の平和はチェルニア国によって奪われた。賢王カールの同盟が危機に瀕(ひん)している。

シェーンベルガー国はこれより、世界の均衡と同盟を取り戻すべく、チェルニア国に攻め入り、ディアナベス王女を救い出す。それが軍事力に秀でた我が国の使命だ。

 シェーンベルガー国の剣を持ち、敵を討つことに誇りをもて。敵の王、マールセンを倒すまで、ディアナベス王女を救い出すまで、一歩も引くな。

 私は必ずわが軍に勝利をもたらす。私につづけ。」


ジークレッドはすらりと剣を抜いた。彼は剣を掲げ、馬の手綱を巧みに操りながら、兵士のらを、鮮やかな笑みを浮かべ、金髪をたなびかせながら雄々しく走り抜けた。


堂々たる軍神のようなジークレッドの姿に彼らは一丸となり歓声を挙げた。それは大きな轟(とどろき)となり大気を震わせた。


シェーンベルガー軍の初陣である。兵士らの士気が高揚した。


「出陣!」

ダグラスが大声で命じた。ラッパの音が三千の兵の上を響き渡った。


 長年の平和が幕を閉じた、今、西方諸国にとって初めての戦が始まろうとしていた。


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