第18章 ハワード卿の告白
〈マンスフェルトの森〉を抜けたハワード卿は、ゆっくりと荒涼とした大地に歩を進めた。
どこまでも広がる大地には、木も草もなかった。地平線が見える。歩くしかない。
もう食糧も水もない。ここはどこなのか。自分はここで果てるのか。
石ころが転がっているだけだ。
水を探さなければ。
男はひたすら歩き続けた。
太陽が昇っては、落ち、そうやって三日が経った。
男は剣を杖にして、それにしがみつくように一歩一歩前に進んだ。
一匹のやせた狼が男に近づいてきた。獲物をみつけたと思っているのだろう。狼は唸り声を出しながら、男の前に立ちふさがった。狼もしばらく何も口にしていないようだ。足元がふらついている。
狼が飛びかかってきた。
男は一瞬で剣を抜き、狼の喉元を斬った。それはどさりと男の横に倒れた。
横たわった狼を見下ろし、男はとどめを差した。それの皮を剥ぎ、
それの肉を食い、血を吸い、骨をしゃぶった。
男はそうして、死から逃れた。
男はまた歩き続けた。
やがて、不思議な光景に出会った。光が集まって照らされている場所が見えた。男はそこへ歩いて行った。大地からわずかに水が噴き出している。男は急いで水を両手ですくい、ごくごくと飲んだ。自分の身体に力が染み渡るのを感じた。その水が消えてしまうのではないかと思うほど、男は水を飲み続けた。水は止まらずに湧き続けている。
男は水を大きな皮袋と小さな金属の瓶に入れ、立ち上がった。
周りには何もない。ぐるりと辺りを見渡し、再び歩き始めた。
朝日が差し、日が天に昇り、また夕暮れがきた。
男は大地に横たわって睡眠をとっていたが、その水を飲んでからは、眠りを感じなくなった。空腹も感じない。常に力がみなぎっていた。
男は夜も歩き続けた。もう杖は要らなかった。いくら歩いても疲れを感じないのだ。
歩きだして十日後、男は荒野に建物の壁を見つけた。近づいてみるとその壁はレンガを積み上げてできており、上は半分以上欠けていた。
これは人がいた証だ。
壁に触れ、何度も観察した。ここには人が住んでいたのだ。男は壁を後に、前へ進んだ。
壁を去ってからさらに十日後、男の前方に、今度は城の跡のような建物を見つけた。走ってその前に来た。
城の残骸に違いない。天井は無く、崩れかかっている。内側の壁の脇に、何かの塊がある。それは人の形をしていた。男か女かはわからない。恐ろしいものを見たように目を大きく見張り、歪んだ口を広げ、耳を両手でふさいでいる。着ているものは、すでに風化している。男はその死体のそばに腰を下ろし、手で死体の肩に触れた。その途端、死体はあっという間に砂になり、大地に崩れ落ちた。死体があったところに砂の山ができた。男はその砂を手のひらに置いた。手のひらを傾けると、さらさらと地面に落ちていった。城に残されていたのはそれだけだった。
城の跡の周りには、城下とみられる、焼け落ちた民家の建物の跡が残っていた。長い年月をかけて放置されている様子だ。人影はない。動物の気配もない。人が住んでいた形跡は、飲み物を入れるのに使っただろうと思われる器が、地面に転がっていることだけだった。
男はまた歩き続けた。地平線の向うに青黒いものが一面に広がっているのが見えた。
海だ。
ついに大海に辿り着いた。
青黒い海がはっきりと大きくなっていく。
〈マンスフェルトの森〉を抜けて歩きだしてからひと月が経っていた。
男は自分が人の暮らしていた国を歩いてきたことを確信した。今まで歩いてきた道にはごく普通の生命に溢れた景色があったはずだった。
ここはランゴバルト国に違いなかった。
それはあとかたもなく消滅してしまったのだ。
人々はどこへ行ったのだろう。植物は、動物は。
不死の王、ラルス・ジーモンは。
世界の半分は、文字通り、消えてしまった。男は海を前にした。海水に足をひたした。静かに波が引いては満ちていた。
男の髭が濡れている。それを手でぬぐった。
彼は自分が涙を流しているのを知った。




