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Devil of the sound  作者: 日向 翠
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第15章 南の棟

 トレイシアがシェーンベルガー国に来た翌日、彼女はディアナベスからの手紙を受け取った。


 彼女たちの、やり取りする手紙の中身は、暗号文で書かれていた。幼い頃から二人の間で使っていたアルファベットのマトリックスを徐々に改良し、今では、かなり複雑な内容までも暗号で記されている。


 手紙には、不穏なブルクミラン国の様子が書かれていた。


 「チェルニア国の密偵が、城内で、五人も見つかったが、三人は逃亡し、二人は牢屋に監禁されている。父王がチェルニア国に書簡を出したが、返事はいまのところ無い。母上がトレイシアの不在を悲しんでいる。公爵夫人や、その他の貴族の夫人たちが、母上を心配して、城を訪問しているが、母上は彼女たちに会おうとしない。このままでは母上が病気になってしまうのではないかと思う。どうしたらいいだろう? 早くトレイシアに会いたい。あなたの妹、ベスより。」


 手紙を閉じたトレイシアは、ひとり、自分の部屋から出て、城の中をぼんやりと、歩き始めた。


 通りすぎる部屋で、騎士や従者たちが、カードやチェスを楽しんでいるのが見えた。彼女は従者以外に会うことなく歩き続けた。なんと広い城だろう。


 気がつくと、かれこれ、歩き始めて一時間以上経っているが、まだ踏み行ったことのない回廊が次々と出てきた。


 途中、外務大臣のレンナートに出会った。彼は、東の客間で大臣たちがチェスを楽しんでいるので、トレイシアもどうか、と誘った。彼女は客間の場所をきき、後で寄るかもしれない、といい、その場は断った。そして歩き続けた。


(シェーンベルガー国にいる私は安全だが、ディアナベスや両親は、それにブルクミランの国民は、不穏な状況におかれている。ジークレッド様が、私に望んでいる用件を伺って、それを成し遂げたら、できるだけ早く、ブルクミラン国へ戻った方が良いのだろうか。私が悩んでいる事をジークレッド様に打ち明けてみよう。何でも言ってくれとおしゃっていたし……)



 やがて彼女は自分が同じような回廊を歩いているのに気が付いた。


 シェーンベルガー城は左右対称の巨大な建物だ。自分は北の棟にいると思い込んでいたがどうやら違うようだ。


 ある回廊を曲がるとまた、同じ廊下が続いていた。

 さっき見た絵画が、壁にかかっている。仕方なく階段を下り、一階に降りた。窓際の廊下に沿って歩けば東の棟に着くだろう。


 次に出てきた広い階段を彼女は上がって行った。人気がまるでない。また間違えたようだ。一応自分は客人の身だ、あまり一人でうろうろと動き回るのは、はしたないかもしれない。早く戻らなくては。


 この棟は上がったことが無かった場所だ。という事は南の棟か? 薄暗く、人気が全くない。何かおかしな場所へ入ってしまったようだ。他の棟の様子と全く異なっていた。しばらく使われていない建物のようだ。


 ある廊下に出た。窓に面した壁に大きなタペストリーがかかっている。廊下には豪華な造りの扉が並んでいて、誰もいない雰囲気が、少し薄気味悪く感じた。


 その時、廊下のある扉から大柄な体が出てきた。ダグラスだ。


 トレイシアはほっとして近づこうとし、思わず足を止めた。


 ダグラスは見たこともないような暗い険しい顔をしていた。


 彼はトレイシアに気づいていないようだ。

トレイシアは、声をかけた方がいいものかどうか、迷った。どちらにしろ、彼は自分の方へ向かって歩いてきた。


 ふいにぎくりとした様子で顔を上げたダグラスが足を止めた。まるで幽霊でも見るようにトレイシアを凝視した。

「ダグラス?」

 本当にいつものダグラスだろうか。


 トレイシアは思わず後ずさりしそうになった。彼はずいっと彼女の前へ出た。


「なぜこんなところにいるのです?」彼は鋭く問い詰めるかのような低い口調で言った。


「迷ってしまったんです」


 彼は見られてはいけないものを、彼女に見られたかのように詰め寄った。


 「ここには来てはなりません」厳しい口調で言うと、いきなり彼女の腕をつかみ、階段を降りて行った。トレイシアは驚き、連れられるがままにダグラスに従った。ダグラスはトレイシアの腕をつかんだまま、西の棟へ着くまで一言も発しなかった。


 ようやく見慣れた風景が出てきた。彼女はほっとする反面、彼の剣幕に戸惑っていた。

「もうここからはわかります。手を離して下さい」

トレイシアは訴えるように言った。


 ダグラスは、はっとしたように手を離した。捕まれた腕が少し痛んだ。


 彼女は問うような眼でダグラスを見つめた。ダグラスは暗い眼をしたまま、彼女の腕を見た。

「申し訳ありません」

 彼自身も動揺しているようだった。


「あそこにはもう行かないで下さい。お願いします」

 彼は初めて、すまなさそうな顔をした。

「なぜですか?」

 トレイシアは静かな声で尋ねた。ダグラスは、沈んだ表情で視線を下に落とし、立ち止まった。


 言葉を探しているような様子だ。やがて彼女の方を振り向いた。

「ジークレッド様が悲しまれると思います」

 どういう意味だろう。


 彼女を残してダグラスは足早に立ち去って行った。トレイシアは彼のいつもとは違う後ろ姿を見送った。



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