匂いが強くて頭が痛くなる。
それから私たちはただ黙って隣同士に座り続けていた。
どれくらいの間そうしていたのかわからない。ただ、日がだんだん落ちてきて魅音が「暗くなってきたね。」と心地いい沈黙を破った。
「もう帰る。」私はそういったのに足を動かさなかった。いや、動かせなかった。
また、あの父がいる家に戻るのが嫌だった。母に心配そうな目をして「どこへ行っていたの?」と問われるのが嫌だった。家へ帰り、夕食を食べ、眠りにつき、朝になるとまた私なんて存在しないかのように扱われる学校へ行くのが嫌だった。その繰り返しに、本当に嫌気がさしていた。
「帰んなくてもいんじゃね?」すると、隣の男はぼそっと言った。
「え?」
「暗くなったから帰るとか、門限があるから帰るとか、そういうの窮屈じゃね?」
「じゃあ、あなたはいつ帰るの?」
「帰りたいとき。」
「私に帰りたいときなんてない。」
「んじゃ、ずっと帰らなくていいよ。」
「は?じゃあ、私どこにいればいいのよ。」
「それを見つけるんだよ。」
男はそういってふーっと息を吐いた。そして、当たり前のように言う。
「別に誰かに決められたところにいる必要ないから。お前がお前のいたい場所見つけてそこに行けばいい。それだけだよ。」
「そんないたい場所なんて…。」
「今、お前何でここにいる?」
「え?」
「ここ。しばらくここにいただろ?」
「それは…。なんとなく、いてもいいかなと思ったから。」
「じゃあ、ここが今のお前のいるべき場所なんだよ。」
彼の言葉に混乱した私は少し黙り込んでから立ち上がった。なんだか、このままここにいると
この男にどこかに連れ去られそうで、誘拐なんてことになるかもしれないと思ったから。
「俺、みね。」彼は突然名乗った。「ちょくちょくここにいるからまた来いよ。」
「知らない人に名前、教えちゃダメって言われてる。」
私の返事にミネは笑った。
「じゃあいいよ。俺がここでの呼び名決めるから。んー、そーだな…。」
ジーっとミネは黒豆みたいにつやつやとした目で私を見つめた。ほんとにジーっと。それが恥ずかしくて、けれど目を逸らしたら負けな気がしたから私は精一杯睨み返した。
「リリー。」
「え?」
「リリー。うん。そんな感じだ。」
白くて気位が高そうで凛としてて。ミネはそう続ける。
「あ、リリーって意味わかる?花の…。」
「ユリでしょ?知ってる。それぐらい。」
「そっか。」
「私嫌いなの。ユリ。匂いが強くて、頭が痛くなるから。」
「そうだな。」するとミネはにやっと笑い左手を伸ばした。とっさにかがんでその手をよけると、
彼は手を引っ込めまた笑う。
「いいじゃん。匂いが強くて頭が痛くなる。そういう強烈なとこも、ぴったりだよ。」
またな、リリー。みねはそういった。
私は不満を隠せなず、けれどもう反論する気も起きず黙ってその場を後にした。
また来よう、なんて思わなかったけれど、不思議と
今生きている世界のどこよりも、
息がしやすかったと
帰り道に思ったのだけれど。




