第三十七話 無ければ作れば良いのよ! 部活よ! 部活!
梅雨も明けて、既に夏本番の太陽がギラギラと容赦なく照りつけていた昼休み時間。
私とくらちゃんは、今日も私の席で、お弁当を食べ始めた。
「そう言えば、朝、なまこさんが、中庭にあるテラスで一緒にお昼を食べようって、言ってましたけど?」
うちの学校は、休憩時間中には、別のクラスの教室に入ることは、原則、禁止されていた。
E組のなまこがC組の教室に、話をしに入って来るくらいであれば問題は無いだろうけど、さすがに校則を無視して、座り込んで、お弁当を一緒に食べることまではできなかったみたいだ。
「却下よ! 却下! 何が天然日焼けサロンだ! 命懸けでお昼御飯を食べるのは嫌だよ」
「でも、なまこさんも寂しいみたいですよ」
「そりゃあ、そうだろうね。なまこも、E組ではまだ浮いた存在みたいだからね」
もちろん、私とくらちゃんも、C組の女子の中では浮いた存在で、他の女子とは、あまり話をしなかった。
たぶん、私が小学生の頃よりは、オタクも認知されてきて、オタクに対する拒否反応は、あまり出なくなっているとは思うけど、爽やかスポーツ系とか、きらきら芸術系の趣味を持っている人からすれば、残念系とか呼ばれて、まだまだ、底辺を這いずりまくっている感じではあるのだろう。
最初は、クラスの女の子の注目の的だった琥太郎も、誰に隠し立てをすることなく、私なんかとアニメの話なんかを堂々としているから、アニメオタクということがもうバレバレになってしまって、最近は、女の子が積極的に言い寄って来ることはなくなっていた。
もっとも、私が言うのも何だけど、イケメンだし、頭も運動神経も良いし、誰にでも優しいから、女子から嫌われることもないという、彼女となった私にとっては、自慢ができ、しかも、浮気の心配もしなくてもいい彼氏であった。
「まあ、なまこも早くE組で友達を作れってことだよ」
「でも、私達二人だけでお弁当を食べるのを、ちょっと、申し訳なく思っているんです」
「くらちゃんは優しいね」
「そんなことないですよぉ。でも、自分達専用の部屋とかあったら、解決なんですけどね」
「そんな夢みたいな」
「でも、北校舎には空き部屋もあるみたいですよ」
我が私立海老原高校は、北と南の二棟の校舎があって、南校舎に各学年の教室が集まっており、北校舎には、音楽室や調理室、化学実験室といった特別教室や文化系クラブの部室が集まっていた。
「消滅したクラブの部屋だったんだろうね。…………クラブ!」
「えっ?」
「くらちゃん! グッジョブだよ!」
「何ですか?」
「部活よ! 部活!」
「クラブ?」
昼食が終わり、いつもどおり、D組前の廊下で会ったなまこが訊いてきた。
「そうよ。私達、みんな部活してないでしょ。だから私達でクラブを作るのよ!」
「何で?」
「私達専用の部室がもらえるじゃない! なまこだって、一緒にそこでお昼を食べることができるよ」
「おお! なるほど! って、昼飯を一緒に食べるためだけにクラブを作るのか?」
「うん」
「相変わらず馬鹿だな」
「何だよ! なまこのためにと思いついたのに」
「うん、まあ、嬉しいけどさ。でも、クラブって、そんなに簡単にできるのか?」
「さあ?」
「調べずに騒いでるのか? 本当に馬鹿だな」
「う、うるさい!」
「学校の承認をもらわないといけないんじゃないか?」
「そうなのかな?」
「それに昼飯を一緒に食うだけのクラブなんて許してくれねえだろ?」
「たぶん、そうですよね。でも、何か別の目的を作れば良いんじゃないですか?」
「別の目的?」
「例えば、アニメの話をするとか」
「くらちゃん、今日、冴えてる! アニメ同好会って、どうよ?」
「おお、確かに、部活っぽいな!」
「あっ、でも、もし活動をするとなったら、放課後、私は参加できません」
「お昼休み限定で活動する部活だって良いじゃん」
「良くねえだろ! でも、まあ、届け出たとおりに、活動する必要は無いんじゃね?」
「とりあえず、クラブ創設のやり方を調べてみようか」
午後の時限が終わり、休憩時間になると、私は後ろを向き、琥太郎に問い掛けた。
「ねえ、琥太郎」
「うん?」
「琥太郎は、クラブの作り方って、知ってる?」
「クラブ?」
「うん。私とくらちゃんとなまことで、アニメ同好会を立ち上げようかと思って」
「アニメ同好会! 良いね! 僕も参加させてもらいたいな」
「うん! もちろん良いよ」
「やった! え~とね、ちょっと待ってよ。確か、生徒手帳に書いていたような気がする」
琥太郎が胸ポケットから生徒手帳を取り出した。
「生徒手帳を読んでるの?」
「えっ、新しい学校生活を送るためには必要でしょ? て言うか、香澄は読んでないの?」
「……パラパラとはめくったけど」
「香澄は、本当に、猛ダッシュで走りながら考える人なんだね?」
琥太郎は、生徒手帳をめくりながら言った。
「考えずに走ってるかもしれない」
「あれっ、自虐ネタ?」
「うるさいなあ」
「ははははは、……あっ、あったよ」
琥太郎が差し出した生徒手帳を見てみると、クラブの設立には、部員が最低でも五名必要で、設立目的や活動内容を記したクラブ設立申請書なるものを生徒会に提出して承認を得る必要があった。
「琥太郎が入ってくれるとしても四人。あと一人足りないね」
「谷でも入れようか」
「谷君を? でも、バスケット部に入ってるでしょ?」
「どうやら、二つまでなら掛け持ちしても良いらしいよ」
「そうなの? でも、声を掛けづらい」
谷君は、私の彼氏に立候補した翌日に、私と琥太郎がつきあい始めたと聞いて、三十秒間、幽体離脱をしていた悲劇の人物だ。
その後、谷君は、何となく、私と目を合わさないようにしていたし、私も、やっぱり、どこか後ろめたい気分を拭い去ることができなくて、声を掛けづらかった。
そんな谷君に、人数合わせのためだけで良いから、私達のクラブに入ってくれだなんて言える訳がない。
「香澄の絵を一つプレゼントするって言ったら、二つ返事で承諾してくれるはずだよ」
「えっ?」
「実は、谷に『タコ太郎』のことを話して、谷のハンドルも訊いたんだ」
「タニシ?」
「あれっ、知ってたの?」
「まあ、分からない方がおかしい」
「そうなんだ。それで、香澄には申し訳なかったけど、香澄が、いかすみさんだってことも話したら、びっくりしてたよ」
そっちは、まだ、気づいてなかったんかい!
「谷はね、自分の絵をいかすみさんに描いてほしいみたいなんだよ。でも、ツイッターで変に絡んだことがあるから、頼みづらいって言ってるんだ」
「ああ、私は、全然、気にしてないのに」
――って、言うか、タニシさんとの絡みを詳しく憶えていない。
「最近、谷が香澄の近くに来なかったのは、そんなツイッターの絡みのことが恥ずかしくて、近寄りがたかったからみたいだよ」
「じゃあ、谷君は、私と琥太郎のことで怒っているんじゃないの?」
「うん。香澄が、僕とつき合っているんじゃないかとは思っていたけど、香澄から、つき合っていないと言われて、ダメ元で告白したらしいよ」
谷君なりの照れ隠しかもしれないけど、そこは追及すべきことじゃない。
私立海老原高校アニメ同好会は創設を許可された。
部長には、部員全員の推薦を受けて、琥太郎がなった。
副部長は私。部員は、くらちゃんとなまこ、そして谷君の総勢五名。
部室には、昔、文芸部だった部屋の割り当てを受けた。
しばらく空き部屋だったので、夜には幽霊が出るという噂が立っていたけど、主な活動内容である「お昼に女子部員が一緒にお弁当を食べること」を着実に実行している間は、うるさくて、幽霊だって逃げ出すことだろう。
そして、みんなが一緒にいることができる土曜日の放課後が、クラブ名に沿った活動をする唯一の時間帯だった。
みんなの好きなアニメのDVDを見た後、ガチで感想を述べ合った。
くらちゃんも、なまこも、最近はアニメにも詳しくなっていたし、私のように腐ってない、フレッシュな意見を聴くこともできた。
それが終わると、下校時間まで、各自が好きなことをする時間帯だ。
私と琥太郎は、先日、完結した「フェアリー・ブレード」の後継作品の打ち合わせを始めた。
「新作もファンタジーなんだけど、和風のエッセンスを取り入れたものにしたいんだ」
「へえ~。じゃあ、登場人物は着物を着てる感じ?」
「そうそう。主人公には、巫女の格好をさせたいんだよ」
「巫女かあ。ネットとかイラストでは見たことあるけど、実際に、じっくりと見たことはないなあ」
「じゃあさ、今度の日曜日、一緒に見に行かない?」
「えっ、どこに?」
「巫女さんがいる所?」
「巫女さんって、どこにいるの?」
「大きな神社にはいるんじゃないかな。それと、アキバには絶対いるよ」
「それ、巫女じゃないから」
「コスプレでも参考にはなるでしょ?」
「まあ、そうだね」
「できれば、香澄にも巫女コスしてもらうと嬉しいな」
「呪いの巫女舞を舞ってやろうか?」
つきあい始めても、相変わらずの二人だった。
琥太郎とつき合うことで、絵を描かなくなるなんて、いらぬ心配だった。
むしろ、今みたいに、顔を合わせての共同作業を通じて、刺激し合い、触発し合えている気がする。
言いたいことが言える琥太郎と私の関係は、創作を続ける上でも、プラスの二乗効果が顕著に現れていた。
先日には、里香さんのお見舞いに、琥太郎と一緒に行ってきた。
私が一緒に行くことが、里香さんにとって良いことなのかどうか分からなかったけど、私だって、もう無関係では無くなったのだから、ちゃんと会って話をしたかった。
でも、里香さんは笑顔で私達を祝福してくれた。
琥太郎が自分をまだ好きでいてくれているという妄想をきちんと断ち切らせたことが良かったみたいだと、里香さんのお兄さんから聞いて、私もちょっと気が楽になった。
雷撃大賞の二次選考では、二人とも落ちたけど、カップルになると、幸せは二倍、不幸せは半分って言うのは本当みたいで、二人ともすぐに立ち直った。
むしろ、リベンジに燃えて、創作のモチベーションが上がりまくっていた。
モチベーションが上がると言えば、最近、ごとうのいず先生から来たリプもそうだ。
『いかすみちゃんの最近のイラスト、前よりもキャラの表情が優しくなっている気がするよ。優しい気持ちにさせてくれる人が近くにいるようになったのかな? その調子でこれからも頑張ってね!』
今、目の前にいる琥太郎を見つめる。
私の視線に気がついた琥太郎と目が合った。
「どうしたの?」
「……何でもない」
打ち合わせが終わると、琥太郎は、執筆を始め、私は、とりあえず、ネット上にあった写真を見ながら、紙に巫女服の下書きを描いた。
ふと目を上げてみる。
くらちゃんは、部屋の隅っこで、まだ端役だけど、出演することが決まったテレビドラマの台本を確認しながら、演技の練習をしていた。
なまこは、一心不乱に勉強をしていた。テスト結果も、入学以来、連続一位をキープしている。やっぱり、勉強している時のなまこの集中力はすごい。
そして、そんな四人を、バスケ部の練習に参加していて、この部室には姿を見せない谷君の写真が、遺影のように見守ってくれていた。
誰も口を開かなかったけど、みんなが好きなことを好きなようにして過ごしているけど、何かに打ち込んでいることに違いはなく、それができるのは、仲間と一緒にいるという安心感に包まれているからこそだと思う。
私は、この時間が大好きになっていた。
この風景を切り取って、フォトフレームに入れたいくらいだ!
そして、断言できる!
みんなと一緒に過ごしているこの時間は、周りの風景がセピア色に変わってしまったとしても、けっして色褪せることはないって!
(完)