手紙〜遠い約束
「陛下、フェルディーナ様からお手紙がとどいております」
侍従から渡された手紙を開いたシエルディーンは、その内容に目を走らせる。
夫であるオルナド・バーリク侯爵とチルダ=セルマンド大陸に共に渡った妹は定期的に兄へと手紙を送って来る。
その内容は、まるで日記のようだった。
バルス=セルマンドで国王に謁見したり、彼の国の視察を行ったりした旨が書いてある。
その時に思った事や感じた事をフェルディーナらしい素直な文章で書き綴るのだ。
ところが、今日の手紙はいつもと少し違った。
普段は使わない妙に抽象的な言葉を多く使っている。『彼の方』、『あの方』、『ようやく念願が叶って』などなど。
暗号めいたその内容だが、シエルディーンはやがて気が付いた。
兄妹でこっそり何度も話していた夢が現実になったのだ、と。
『兄さまは行けないでしょうから、フェルが行ってお会いしてきます!』
絶対です! と宣言していた妹の満面の笑みは今でも目に焼きついている。
そして、「よくぞここまで」と唸りたくなる量の便箋を捲り終わった時、ひらりと一枚の紙が落ちた。
少し褪せた色をしたその紙には、茶褐色の絵が描かれているようだ。
紙を拾い上げて、シエルディーンは目を見開いた。
それはただの絵では無く、先頃開発されたという写真というものだった。
実際に目の前にある風景や人物を紙に焼きつけるという、何とも不思議な技術の絵だ。
彼の手の中にある写真には、幾人かの人が映っている。
背景は小さな広場だろうか?
横に長いブランコに、フェルディーナと小柄な女性が腰掛けて、その周囲に十人程の人が立っていた。
顔ははっきりとしないが、小柄な女性の隣に立つのが父親であるノールディンだということは体つきや雰囲気から察せられた。
では、この女性は……。
シエルディーンは思わず写真に目を近づける。
やはり顔の判別は難しい。だからこそフェルディーナもこれを送って来たのだろうが。
けれど、その微笑みには見覚えがある気がした。
柔らかく、そして優しいその笑顔。
幼い時に想った、あの美しい人。
その小さな手は自身の肩に置かれている。
不鮮明な絵の中で、彼女の手は無骨な大きな手と繋がれているのだと確信して、シエルディーンはそっと微笑んだ。
シエルディーン……フォール大陸最大の国、帝国の皇帝として、国の安定と発展に貢献。皇妃との間に二男一女をもうけ、忙しくも穏やかな日々を送る。
フェルディーナ……一目惚れの相手であるオルナド・バーリク侯爵(先代であるラズリード・オルナド・バーリクの功績により、侯爵へ昇格)に嫁ぎ、一時は夫ともに世界中の港を渡り歩く。二男三女に恵まれ、賑やかな家庭を築く。