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第八話 混沌のはじまり

翌朝、教室に入ると明日乃が先に来ていた。

海人は、おはようとだけいって自分の席につく。

昨日は、座敷わらしの件、明日乃の謎の件、あとパンツがチラついてあまり寝れていない。

まだ、かなり早いのであまり生徒がきていないためか、明日乃が海人の席にまでやってきた。


「おはよ。――で? 部室に何か問題があるんだっけ?」


間髪入れず昨日の続きだった。カバンを机から降ろす暇すら与えない。


「気になりすぎて、わたし、昨日、あまり寝てないんですけれど? ねぇ、そこどうなの?」


寝れていないのはお互い様だ。しかし今、問題はそこじゃない。

小声で手早く伝える。


「ちょっと明日乃、まずいよ! 昼休みに部室に案内するから、それまで我慢してよ!」

「はぁ──?」


そんなやり取りをしている間に田浦が登校してきた。教室に入るなり早速、こっちに走り込んでくる。


「お! なんなんだ、お前らは朝から。珍しい組み合わせだな? 俺にも話聴かせろよ」


「なんでもねぇよ。ちょっと僕が数学で分かんないとこあったから聞いただけだよ」


「えーっ、明日乃さん、それ本当?」


彼女は、それには答えず不満そうに口を尖らせたが、「昼休み」という具体的な時間指定に一応の納得はしたらしい。

ふん、と鼻を鳴らして席に戻って行った——が、チラチラとこちらに視線をよこすのは止まらなかった。


その一連を見ていた田浦が自分の席にも行かず、海人にこそこそ話で絡み始める。


「おい、こら、海人。お前、冷てえじゃねぇか。俺がお前の大好きな宇宙なんちゃら倶楽部に入ってやってもいいとまで言っている友達をだぞ? お前、そういうことならそういうことで俺を誤魔化すっちゅうことはどういうこった?」


(もう、朝からどいつもコイツも面倒くさいなあ。寝不足の海馬には情報過多なんだよ)


その後もホームルームが始まるギリギリまで田浦は絡み続け、明日乃はトイレに三回いくフリをして海人の席の横をうろうろしていた。どう見ても“部室の様子が気になって仕方ない”のが丸わかりだ。


そこは海人も気になっていて、授業どころか隠し読んでいる専門書ですら内容が全く頭に入ってこない。



昼休みのチャイムが鳴った一瞬、明日乃がこっちをチラ見したのを視認して人差し指で真上を指した。そこから、ほぼ全力ダッシユで屋上に着くと、やはり明日乃がフェンスに持たれかけて待っていた。


「そこまで全力で走ってこなくても、わたし、別に急いで知りたいわけじゃないから」


「いや、ちょっと……待て⁉ 同じ教室……にいて、同じスタート……なのになんで……毎回、キミの……ほうが……先に……ゼイゼイ……」


「さあ、何ででしょう?」

涼しい顔で答えてはいるが、それ以上理由を話す気はないらしい。海人が息を整え落ち着くのを待っている。


「はあはあ……部室の件は見せた方が早い。明日乃、まだ走れるかい?」

そういう海人の方が明らかにバテている。


「走る? 別にいいけれど?」

怪訝な顔を装いつつも、待ってました! の楽しみで口角がヒクヒクとニコついている。


「じゃあ、たぶんなんだけれど、僕がいないと入れない部屋だと思うからついてきて‼」


「鍵がかかっている問題じゃなくて?」


「いや、鍵の問題っていうか、それも込みで‼」


「へぇ。面白くなってるってわけね。じゃあ、ほら、早く走って!」


何か勘でも働いたのか、これが彼女にとっての面白いことなのかもしれないと走りながら考えた。

「廊下は走るな」の校則を完全に無視して二人で駆け抜ける。


廊下を馴染のない男子の後に明日乃が追走するという異様な組み合わせに、各学年の視線が突き刺さった。


渡り廊下で旧校舎まで走ると、二階に昇る途中で、昨日渡された天気と書かれた鍵をポケットの中で握りしめる。その瞬間、明日乃が声をかけてきた。


「なるほどね! 星野、グッジョブ!」


丁度、二階の廊下にきたので走るのをやめて歩き出す。


「明日乃、さっきの。僕が何かしたとか、なんか分かったの?」


「あ──、ん──。わたし、霊感強いのかな~? なんちゃってぇ──」

いつも通り、彼女の誤魔化し方は雑だった。



二階の廊下は、直線一本なので真昼だとドンツキまでよく見える。今、見えている限りでは教室が並んでいるだけで、廊下の一番奥は壁で行き止まりだ。


「よく見ていて。じゃあ、行こうか」


ゆっくり廊下を進むにつれて一番奥の教室の向こうは壁しかなかったはずなのに、いつの間にか給湯室の札が張り出しているのが見えてくる。


「わあ! これは! そそる展開だね‼」


「明日乃。女子なんだから、ここは普通は怖がるところだろ」


目をキラキラさせながら反論してきた。

「じゃあ、星野は昨日の夕方に、ここに一人で来たクセに怖がってたの?」


「う……」


「もうさ、そういうのどうでもいいから早く案内しなさいよ」


「なんだよ、別にわたし急いでないんじゃなかったのかよ?」


そんな言い合いをしているうちに、ドンツキ壁のはずだったところにドアが現れていた。


海人は天気と彫り込んである真鍮製の鍵をだした。

明るいところで改めてよく観察すると、鍵の状態からしても鍵自体の古さからもヘタをすると五十年以上前の可能性がある錠前らしいことが見てとれる。

鍵を入れて、ゆっくりと回すとガッコンという重たい音と共に開錠された。


もっとも、心配している問題は、むしろここからだ。

自分から見ても正体不明な明日乃を座敷わらしがどうみるのか? 

受け入れてくれるのか、それとも何かが起こるのか?


「ねえ、早く入らせてよ。開いたんでしょ?」


「う、うん。そうだね……えーい! ままよ‼」


思い切ってドアを開ける。

そこには、部屋の真ん中の畳に設けられた掘りごたつテーブルに座る女の子がいる。

こっちにこいと手招きしてから畳をぽんぽんと叩いて、ここに座れとやっている。


「まずは座ろうよ。とりあえずさ」


コタツテーブルに、明日乃は座敷わらしの対面に座った。

海人の右に明日乃、左に座敷わらしがいる。

女子に挟まれた恰好の海人は目線だけで左右を見る。

明日乃の蒼い瞳が海人に事情説明を求めている。

座敷わらしの黒い瞳も状況説明と紹介を求めている。


「え―と……ここが僕達、宇宙科学研究部の、今日から部室になります……って、そういうことじゃないよね? ははは……」


明日乃と座敷わらしが無言で頷く。


針の(むしろ)だ。

これ、円満にいくのだろうかという疑念しか湧いてこない。

そもそも明日乃がどういう人なのかを紹介するのは難しい。

話せば話すほど、両方からの不信をかいそうな説明しか出来そうにない。


「昼休みはそんなに長くないんだから、わたしから自己紹介するね」


そんなにコミュニケーション能力が高くない海人は正直、助かったと思った。


明日乃が座り直して姿勢を整える。

「わたしは明日乃未来といいます。ここにいる星野とは同級生で友達です。

それと……わたしは──あなたなら分かるかしら? 宇宙、お好きですか?」


そう言うと、しばらくお互いに全く目線を外さないで見つめ合っていたが座敷わらしが突然、クチを開けてびっくりした顏をしだした。

それが落ち着いたかと思ったらにこやかになり、次に海人の髪を引っ張った。


「いってててててててて‼ なに⁉ なにがどうした⁉」


痛さで海人が座敷わらしの方に頭を傾けると、今度は海人の頭を撫で始めた。

それから頭頂部をぽんぽんと軽く叩くと、座敷わらしは明日乃に頭を軽く下げた。

海人は、訳が分からずポカンとするしかなかった。


「えっ? なに? 全然意味、分かんないんだけれど?」


明日乃は明日乃で嬉しそうだ。

この二人にどういう意思の疎通があったのか想像すらつかないが、何かウマが合ったらしいことだけは雰囲気で分かった。


というのも、急に二人ともリラックスムードになり、明日乃はキョロキョロと部屋を観察し始めているし、座敷わらしは立ち上がって、どうやらお茶を換えるらしい。

挙句にお昼食べてないから、なんかあるなら欲しいとか言い出した。


座敷わらしは、しばらく考えていたが、なにか思いついたのか用意しだした。


「お、おい明日乃。初見の……いわゆる妖怪さん? に対して失礼とかじゃ……」


「なぁに言ってんのよ。あの子だって、宇宙好きなんだから立派な宇宙科学研究部員でしょ」


(ん? 宇宙が好きな妖怪? 部員ってことになるのか? 本当にそれでいいのか?)


唸っているうちに座敷わらしは換えのお茶と大福もち、柏餅、それとミカンを持ってきた。

どうも和菓子の範疇しか品ぞろえがない中で一生懸命捻りだして用意してくれたらしい。


そうとう気を使ってくれたのか大福もちは塩大福であった。しかも、かなり美味い。柏餅も味噌柏であった。

さすがに明日乃も、わがまま言ってごめんねぇとか言い出した。


「でもさ、僕は万が一、座敷わらしさんに明日乃が拒絶されたらどうしようかとヒヤヒヤしていたんだよ。そんなことにならなくて本当に良かった」


そんな海人の言葉を聴いたふたりは、くすくすと笑いだした。


「そんなことなるわけないじゃない。だって……ん──同好の士? だから!」


(そんなわけあるか。相変わらず誤魔化し方が雑だ。だが、今はそれで良いのかもしれない)



ここにきて海人の中では明日乃の正体についての材料が整い始めてきた。

本当は、そこはあまり考えたくないのだが、性分で勝手に思考が進んでしまう。


(明日乃未来は、たぶん人間じゃないだろうな。だが宇宙人だアンドロイドだなんて単純なことでもなさそうだ。結局、今のところは分かんないんだけど……だけど、例えそうだとしても僕はやっぱり彼女が……)



「あ──、星野! チャイム鳴ってる! 戻らないと」


「え、あ、ほんとだ。あの! また、放課後きます! 御馳走様でした!」


急いで部室を後にするが、海人は、なんだか晴れやかな気持ちになっていた。

そして、世界が少しだけ優しくなったように感じた。


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