第七話 秘密基地のはじまり
旧校舎は新校舎、つまり現在の校舎が出来た時点で解体を予定していたものが新校舎に予算を食われた為に解体費用が捻出出来ず、代わりに会議やイベント、部室等に使用されることになった。
校舎自体は、戦前から存在した歴史あるものだが、途中、補強の為の改築もされており、見た目よりはシッカリした建物である。
海人は自分が部長になるのだから部屋の目安くらいは先につけておくべきだと思って、初めて旧校舎に足を踏み入れることにした。
渡り廊下を進むにつれ、空気が変わる。
新校舎の無機質なリノリウムから、旧校舎特有の——木と埃と、どこか懐かしい匂いへ。
西日が旧校舎の外壁に絡みつく蔦を照らしていた。
中に入ると、薄暗い。蛍光灯は何本か切れていて、残ったものも不規則に明滅を繰り返している。
床板が軋む。
ひたすら静かである。
人の気配はない——ように思えた。
一階の廊下を歩く。
普通の教室がいくつか続く。
机が片付けられると案外と広いこと、一階で物の出し入れが便利なことから既にほとんどの教室は体育系クラブに使用されていた。
窓際の教室は文化祭の展示物置き場になっていて、「みいさとの歴史」と書かれた模造紙が半分剥がれた状態でぶら下がっている。
その奥、突き当たりには——ドアに「物置」と雑に書かれた部屋があった。
ノブを回すと、鍵はかかっていない。
ここは鍵が不要なのか・・・開けてみると雑然と物が積まれており、メチャクチャ埃っぽい。
窓もない。この部屋はダメだ。
「もう少しまわってみるか。ああ、そうだ。屋上使用予定なんだから、二階の教室の方がいいな」
二階に移動すると、一階の体育系が使用していた感じとは、また別の感じがする。
どの教室も窓の面積が大きく明るい。
景観もいいので文科系倶楽部が使いそうなものだが、何故かどの教室も使われていない。
つまりどの教室でも選び放題だ。
一応、一通り見てから選ぼうと思い廊下の端まで行って見ることにする。
一番奥であろう教室を過ぎると給湯室があった。
この下は、たしか理科室のはずなので水道が引きやすかったのかもしれない。
だが、教室しかない二階に給湯室が何故に必要だったのだろうか。
給湯室の扉も鍵がかかっていなかった。
中を覗くと、古い流し台が二つと小さなガスコンロ、それに——
棚の上に、誰かが使っているのか湯呑みが何人分かきっちり並んでいた。
誰も使っていないはずの旧校舎二階の給湯室に、茶器が整然と揃っている。
不自然といえば不自然だが、それ以上に目を引くのは流し台の横に積まれた茶菓子の缶だった。
試しにひとつ開けてみると中身は——饅頭やら煎餅やら、補充されたばかりのように見える。
そして、奥の壁際に古びた石油ストーブが一台。
これも埃を被っていない。
まるで「ここを使え」と言わんばかりの状況だった。
あるいは——気の効いた先生の誰かが事前に用意したものなのか。
(ふうん?) 疑問に思いつつも給湯室を出ると、先ほどは給湯室が階の端だと思っていたが、何故か更にもう一つ教室っぽいのがあるのに気づく。
(あれ? こんなのあったっけ?)
ドアに手をかけて見ると鍵がかかっていない。
そのドアも小綺麗で古さは感じるものの手入れがされている。
そっと開けてみると、陽が入る室内は整えられており、いくつかの科学教材なども見える。
しかし、一番不可解なのは十メーター四方くらいの部屋の真ん中に、四畳だけ畳が敷かれており、そこだけ掘りごたつの様になっている。
誰か使用しているのかと思い、開けたドアをノックして、(おじゃまします)と入ってみた。
「すみません?」
返事はない。
部屋はしんと静まり返っている——ように思えた。
だが、いつの間にか畳の隅に小さな影があった。
おかっぱ頭の身長百二十センチくらい。
落ち着いた色調の柄の和服を着たかわいい女の子がこちらをじっと見上げている。
驚いた様子も、逃げる素振りもない。
海人は何となく、その子に頭を下げると、その子も小さく頭を下げた。
「ここにいて当然」という態度が妙に据わっている。
「あれ・・・やあ、こんにちは? どこから来たのかな?」
その女の子は海人の質問に答えず、ただ畳をぽんぽんと手で叩いた。
座れ、という意味だろうか。
それから部屋の隅にある小さな棚から急須と茶葉の袋を持ってきた。
慣れた手つきで——というか、あまりにも手際よくお茶を淹れ始める。
(迷子ってわけでもなさそうだな。なにか分からんが座ってみるか……)
畳に腰を下ろすと、コタツテーブルの上にはいつの間にか——さっきまで無かったはずの——小皿に羊羹が一切れ置かれていた。
女の子からお茶がふたつ差し出される。
実は海人は猫舌なので湯気のたつお茶に少々困っていた。
それを見ながら女の子はくすくす笑いしながら無言で飲めと手で薦めてくる。
よく見ると薦めるお茶の湯気はほとんど出ていない。
恐る恐る、ずず、と一口すすると自分でも飲める適温となっていた。
もう一口飲むと、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。
美味しいお茶だ。
落ち着いたついでに考える。
(うーむ……これは……もしや……あれか? いや、でも……おかしい。どう考えてもこれは怪異な部類のことなはずなのだが、別に寒気がするわけでもなし。むしろ落ち着く)
そこで思い切って質問してみる。
「あの、不躾な質問をしてよろしいですか? あなたは……人間ではないですよね?」
「……」
しばらく海人を見つめてから——こくん、とはっきりうなずいた
「あ――」
あ――、しか出なかった。
……座敷わらしである。
ここで悲鳴をあげて逃げ出すのがいつもの自分のはずなのだが、こうもあからさまに御もてなしされてしまうと、むしろ感心してしまっていた。
それに、いっそ部室の相談をしてみようと思いつく。
「あの、非常に図々しい話とは思うんですが、ご相談したいことがあります」
小首をかしげた。
聞くだけ聞いてやる、という姿勢らしい。
「僕は宇宙とか科学が好きなんです。どっちかというと科学万能主義的な人でして……」
(いや、そうじゃないだろ。明らかに科学とかけ離れた存在に、なに科学を説明しようとしているんだ俺は⁉)
「あ、今の話はどうでも良くて。要は、この部屋が落ち着いてとても良い場所なので、宇宙の話とかをする、いこいの場として少人数で使わせてもらえないでしょうか?」
「……」
羊羹を一切れつまんで海人の前に置いた。
「もう一切れ食え」ということか。
それから部屋をぐるりと見回して——小さな手のひらでコタツをとんとんと叩き、次に窓の方を指さした。
西日がちょうどいい角度で差している。
そこには木製のケースの上に科学教材のガラス瓶や三角プリズムが琥珀色の光を受けてきらきら光っていた。
「ははあ? ここは元々、科学教材の部屋だったんですか」
すると、ふるふると首を横に振った。
それから立ち上がると窓際の壁までとことこ歩いていき、壁に貼られた古い紙をぺりっと剥がして持ってきた。
「天文気象研究室」——色褪せた文字がかろうじて読み取れる。
「……」
つまり、もともとそういう部屋だったということらしい。
いつからか教材置き場にされて看板だけ書き換えられた、という経緯だろうか。
それも、恐らく遥かな昔の話なのだろう。
これに海人は感銘を受けた。
「こ、これは⁉ 是非! 是が非でも我が宇宙科学研究部の部室にさせて頂き、この部屋の元々の使い方を我々にさせてください‼」
ぱちぱち、と小さな拍手。
それからコタツに戻ってちょこんと座り直し、お茶をずずっとすすった。
まるで「いいよ」と言っているかのように。
その瞬間、部屋の空気がふわりと変化した。長年積もっていた埃っぽさがすうっと消え、窓ガラスが内側から曇りを失って澄み渡る。
教材の配置も——さっきより幾何か整然とした気がする。
「……」
にこりともしないが、拒絶の気配もない。
「これは……了承……ということでいいんですかね?」
こくこくと二回うなずいた。念押しするまでもない、ということらしい。
すると、もう一度立ち上がって棚の方に歩き、鍵をひとつ取り出して海人に差し出した。
真鍮製の古いもので、「天気」と刻印されている。
この天気とは空の状態の方ではなく、天文気象を約したものだろう。
「ここの鍵ですね? 有難うございます」
深く頭を下げた。
鍵を受け取ると、座敷童はまたコタツにもぐりこんだ。
用は済んだ、と言わんばかりだ。
だが海人が立ち上がると、ちらりとこちらを見上げた。
また来るのか、と問うような目だ。
「明日には、もう一名の部員と来ます。これから、よろしくお願いします。えーと……座敷わらしさん……でよろしいんですかね」
座敷わらしは、ふっと笑った。
肯定という意味だろう。
「それでは」
部屋を出て、一応、もらった鍵をかけてみる。
カッチャンという、かなり頑丈そうな音がした。
遅くなったと階段をおりると踊り場に二階の配置図があることに気が付いた。
自分がいた天文気象室のあった場所をみてみたが、そこだけ破られている。
遅くなったので新校舎の自分の席にいきカバンを持つと校舎を後にする。
校門を出ようとすると、そこには明日乃が立っていた。
あの放課後お誘い攻撃をどうやってか切り抜け、待っていてくれたらしい。
「待っていてくれたんだ⁉ 知っていたらもっと早く切り上げてくるんだったよ」
「そんなことよりさ。ね、どうだったの?」
「うん。家はどっち? 方向同じなら帰りながら話そうか」
街灯が点きだす時間だ。さすがに下校する生徒もいないので初めて一緒に歩ける。
いつもの帰り道とは少し違うが、そこは黙って彼女に合わせる方向で行くことにした。
「まずね、倶楽部はなんとか承認もらったよ。ついでに屋上の使用許可ももらってきた」
明日乃は満面の笑みで喜んだ。
「やったぁ! ある意味、秘密基地の始まりだねっ」
「うん。そうなんだけれどさ。実は部室も決めてきた」
「へぇ――。やること早いじゃん? 秘密基地の場所まで決めてきたとはね。感心感心」
ここからが難しい。人によっては、怪異そのものでしかない部室の件をどう伝えるべきか?
考えながら歩いているうちに道幅が狭くなってきていることに気づく。
車の音も遠くから響いている。
歩道もない道に住宅のコンクリート壁がたつ、割と危険な道。
こういう場合は女子を壁側にして自分は車道側を歩くのが礼儀というものだ。
明日乃に壁のある左側を歩かせ自分は右側を歩く。
たまに車が通るので注意しながら話を続ける。
「その秘密基地なんだけれど、本当に秘密が出来ちゃってさ。こう……何て言ったらいいかな。話すより明日、部室に一緒にいった方が話が早いんだけれどさ」
「なに、それ。なんか怖いんだけど」
怖いといいつつニヤニヤしている。
これは期待している顏だ。
「それがさぁ、科学的にもスピリチュアル的にもヤバい話でさあ」
話に夢中になっているうちに、背後から大型のトラックが迫っていることに全く気が付いていなかった。
大きな走行音がして海人が振り向いた時には、もうトラックの眩しいライトと共にフロントバンパーが接触寸前だった。
『あ、これは轢かれたな……』
その瞬間。
命の危機的状態に陥ると人間は、時間をスローに感じる――はず──。
だが、これは遅いのではない。
ただ、何かが起こっている。
何者かがトラック側から海人をコンクリート壁へと突き飛ばす。
そのまま壁に激突する前に、またもや何者かがキャッチして海人は怪我を免れた。
その眼前をトラックが勢いよく通り過ぎ去っていく。
冷や汗をかいて腰砕けになっている海人に上から声がした。
「星野、大丈夫?」
見るとコンクリート壁の上にしゃがんでいる明日乃がいた。
(危なかった‼ ん……までよ? 明日乃が壁の上にいる? じゃあ、僕を突き飛ばしたのは……あれ? でも、それじゃ突き飛ばしてくれた人が轢かれちゃうじゃないか。じゃあ、壁側でキャッチしてくれたのは仮に明日乃だとして……キャッチしてから二メートルの壁の上にジャンプ⁇ それは人間に可能なのか?)
「なあ、明日乃。僕をキャッチしてくれたのはキミなの?」
そういって壁の上にいる明日乃を見るとパンツ丸見えだ。
それにすぐさま気が付き、顏を真っ赤にして壁から飛び降りると、恥ずかしさを隠すように、イ――ッとしてから叫んだ。
「星野海人のドスケベ‼」




