第六十二話 反抗作戦のはじまり
「その、あなたは何者ですか」
燕ノ宮首相は、単純ではあるが相手がどう答えるかで基本的な判断が出来ると考えた。
こんな政府機関の心臓部までのセキュリティをやすやすと突破し、自由に発言するだけの技術力を持った相手である。
こちらが多弁に質問することで逆に何も知らないことを露呈するようなことは避けなくてはならない。
その上で、この質問にどう答えるのか。
また、どう捉えるのかで、どの様な知性なのかの断片だけでも見えるかもしれない。
この質問を名前と捉えるのか、どこかの所属と捉えるのか、目的と捉えるのか。
極低音の声の主が答える。
『お前達が何を話していたのかは理解している』
会議室は静まり返っている。
相手は質問には答えず、その先の意図すら見破っていたとすら思える返しだ。
だが、ここは首相として毅然とした態度で臨むしかない。
「話し合いが出来ると言われましたが、それは交渉が出来ると理解してよろしいですか」
『それはない。これよりお前たちが知りたかったことをお前達の言語を使い、伝える』
かなり高圧的に感じる。
しかも、一方的である。
「話し合いが出来るのでは?」
『これより宣言を行う。宣言への回答だけが話し合いに許される余地である』
「宣言? ですか?」
これは、半ば相手にされていない。
ただ全員があっけにとられて何も発することが出来ない。
燕ノ宮首相は、咄嗟にペンを取り、メモ書きに何事かを次々と書き、補佐官に渡すと同時にメモを渡す大臣を指で示す。
声は出さない。
一枚は内閣危機管理監から赤嶺国土交通大臣に回された。
そこには【大至急、該当地区住民を十五キロ圏内より避難。避難場所は問わず。海保は至急退避】と記されていた。
赤嶺は、通信が使えない状況での避難となるので広報車などの人海戦術しか方法が見いだせない。さらには、物体に接近している海保にどうやって撤退指示を伝える? といったことが一瞬で頭を巡った。
久瀬防衛大臣には【一切の交戦を認めず。観測記録に努めよ】だけであった。
海自の護衛艦にはジャミングの範囲外で待機させる。
空自のF-2は百里に帰投。
陸自は一部部隊を除き住民避難の助力をさせる。
観測は衛星と陸自の観測班に頼ることになりそうだ。
神谷外務大臣には「米国に全ての情報を開示」と書いてあった。
これは、米国の行動は米国自身の判断に任せるという意味に近い。
極低音の声の主は、更に一方的に話を進めた。
『宣言は電磁波を使用する全ての機器を介して行われる』
「それは待っていただきたい。何を話されるのかも分からない状態で一般の民間人にまで公開されては」
『そちらの都合を考慮する必要がない』
補佐官達が首相に近寄りメモを見せる。
【地上波、衛星、ラジオが電波ジャックされている模様】
大洗サンビーチ海水浴場の海岸線の空中にローターもなく突起物もない逆涙滴型の黄金色に淡く光る全長八メートルのドローンが浮いていた。
それは宇宙科学研究倶楽部要撃ドローン二百機であり、海岸線に沿って真横一直線に並んでいる。
そのやや後方に不可視のロボット二体も空中で待機していた。
明日乃は海水浴場の海の家の前で浴衣のまま腕に標識おじさん銃を持って巨大銅鐸要塞の動向を見据えている。
完全に海の家を守る気満々だ。
そして、気が付いたら三人共に浴衣のままだった。
『理久神より全員へ伝達。要塞は電波ジャックを実行。何らかの宣言を行うようです』
この段階での宣言というのは、一方的な主張によるものだ。
内容によっては宣戦布告ととれるものかもしれない。
一斉放送のようなものをやろうとしているということは、混乱を招くことで更なる対応の鈍化までを視野に入れている戦略的な行為だ。
「理久神、相手の電波ジャックしたものを上書きして一般への配信をキャンセルすることは可能かい?」
『了解。十秒下さい。……可能です。実行しますか?』
「それは、あの要塞に察知されないでやれるなら、即実行して欲しいかな」
『実行しました。どのような宣言をするのかを音声ライブしますか?』
「是非。盗人猛々しい宣言とやらを聞いてみようじゃないか」
すぐさまライブ音声が流れてきた。
太く低い男の声に聴こえる。
『これより、タンデオ星間国家連合所属の自動制圧要塞十三号機が、現地語にて地球人類に対し宣言を行う。
本機の目的は教育である。
地球時間二千三百年前のリモートセンシングと現在の地球を比較した結果、状況が急速に変わりつつあることを感知した。
地球には現状、この惑星を支配していると見られる人類が、いまだ知り得ていない潜在的な危険性がいくつかある。
それらが地球人類と接触をしている兆候を確認した。
そこで今回、改めて地球の現状について詳細なリモートセンシングを行った。
判明した事実として、
ひとつ、兵器の発展が著しい。
ふたつ、いまだ原始的とはいえ軌道運輸能力の大幅な向上を目論んでいる。
みっつ、自制能力が低い地域にも核分裂兵器を拡散させつつある。
よっつ、母星である地球環境破壊を進展させつつ、他惑星進出を目論んでいる。
いつつ、星間国家連合的に中立思想ではない、地球人類中心主義的人工知能による地球全域の掌握と管理を目論んでいる。
これらを把握した。
よって、現段階ならば自動制圧要塞の派遣による管理での星間国家連合的文明修正が可能であると判断し、本機自動要塞十三号による地域生物の修正教育を目的とした強制指導を開始することとする。
これより、地球時間で二時間以内に再教育への従属の意思を表明した地域のみ、武力制圧は回避される。
回答は再教育への従属意思表明のみ受け入れる。
地球人類の正しい判断を回答せよ』
海岸に立っている明日乃が呆れた声で言った。
『言った通りでしょ? 他人の文明を批判して自分達が面倒をみますという体で侵略するのよ。何が教育やら強制指導よ。それにね、潜在的な危険性とか言ってるけれど、あれ。わたし達のことだから! 失礼しちゃうわよね!』
たしかに明日乃の言う通りだ。
これはダメな連中決定だ。
『お兄、あれバカだよ。自分で自動制圧要塞とかって言っちゃってるんだもん。ただの侵略兵器じゃん』
「さて、じゃあ僕らはどうしようか。自分で言っている潜在的脅威が目の前にいるのに、あんな宣言しちゃう奴だからなあ。理久神、あの要塞に話し合いの出来る奴は乗っているのかな」
『自動兵器なので生物はいません』
つまり、あれ全部が巨大自走ドローンというわけだ。
「じゃあ、話し合いも何もないね。地球側の通信をこっそり回復させてくれないか。話し合いを言葉にしていたのに日本を孤立させるとかフェアじゃないよ」
それと少々気になる点が。
「あいつは何故、あれだけ巨大なんだ? なにか理由があるのかな?」
『長時間の観測から幾つかの理由が見つかりました。大別すると二つの理由になります。侵略時の兵器に関することと、侵略後、制圧状態維持の為の設備です』
「具体的には、何を指すのかな」
『兵器については生産システムがあります。制圧状態維持については、複数の拠点設営設備と自爆に関する装備です』
「生産⁉ 動力じゃなくて兵器の生産なのか⁉ じゃあ、ドローンやミサイルってことか。
あれ? 恒星間航行をする要塞がミサイルみたいな前時代的なものを作るわけないか」
『そうとも言い切れません。準光速でのミサイルは制御可能な質量兵器として優秀なのです。地球上で使われているミサイルの意味とは若干違うのです』
「なるほど。で、自爆ってのは穏やかじゃないな」
『星間航行用エネルギー源とは別なエネルギーの集中を確認しました。規模から重力圧縮を利用した大規模な核融合を一瞬だけ起こすものだと推定します』
「攻略方法は?」
『停止自体は簡単です。作動前に破壊するだけです。ただし場所は、あの巨大な本体の中心部です』
国家安全保障会議室の全員は沈黙したままであった。
完全に事実上の宣戦布告であった。
宣戦布告という段取り自体は古風な方法であるが、これがリアルタイムで一般市民にも、そのまま向けられたとなると意味が全く異なる。
今まで災害時にも比較的秩序が保たれてきた日本ではあるが、流石に今回だけは状況が違う。
だが、燕ノ宮総理には釈然としないことがあった。
これだけの自信がある敵性物体が何故、東京を選ばなかったのか。
やはり、宇宙艦となんらかの関係があるのか。
そして、何故、大洗なのか。大洗に出現した謎のドローンの目的は何か。
思い悩む総理に外務大臣からのメモが届く。
そこには、これも理解が難しいことが書いてあった。
【米国より周辺基地から空海における部隊が待機中。米国以外の他国からの反応は、ほぼ無し】
これはどういう事だろうか。
今、日本で宇宙から飛来した物体からの宣戦布告に対して各国は反応のしようがないということなのか。
更に国土交通大臣と防衛大臣からもメモが届いた。
【一般国民への放送が回復。物体からの音声は宣戦布告を含め流れていません】
【各自衛隊間の通信が回復しつつあり】
これも、どう解釈すればよいのだろうか。
我々は確かに通信手段の全てを喪失した。
相手もそのつもりでの話の内容だったはずだ。
ところが通信が回復しているだけでなく、相手の手中に落ちていたはずの通信まで奪還しているとなると、末端での技術者の頑張りという解釈はしにくい。
そうなると……
燕ノ宮総理はハッと思いついた。
低い声の主に話しかけてみる。
「あなたのことをなんと呼べばよいのか?」
しばらく待ったが回答がない。
総理は、熟考してからひとつの賭けに出た。
「我々は態度を決定しました。返事をしてください」
それを聴いて会議のメンバー達は、驚いた。
「総理、勝手に何を⁉」と言いかけた人達を燕ノ宮総理は手で制した。
「回答をすると言っています。返事をしてください」
問いかけるもスピーカーから声が返ることは無かった。
「外部からのアクセスは?」
「……ありません!」
それを聞いて「皆さん、理由は一先ず置いて、今は相手がこの会議を聴いているということはなさそうですね。では、防衛大臣。現場の状況は入ってきていますか」
総理からの質問に久瀬防衛大臣は、現状を耳打ちされると報告した事務官の顔を二度見した。
小声で「間違いないのか⁉」と問いただすも「間違いありません」と再度報告を受ける。
「総理。現在の大洗ですが……我々ではない勢力が現在、この敵とおぼしき物体と交戦中との報告がありました」
会議場が、それまでの沈黙を破って一気にどよめいた。
「い、いったい誰が! あんなものと戦うのは」
「戦いになるもんなのか⁉ 余計なことをして我々がただ危機に陥るだけだろう!」
「どこの軍だ? どうやって領海内に侵入したんだ? 自衛隊でも分からなかったのか?」
「映像とか、もっとこう……何かないのか、わかりやすいものが‼」
「ご静粛に‼ ご静粛にお願い致します‼」
「外務大臣! 攻撃を行っているのは米軍ですか?」
「いえ‼ 米国からも何者かがEAA-8号と交戦状態にあることを確認したようです」
総理は軽い目眩がして椅子に深く腰を掛けた。
「いったい、何が起こってるの……か……」




