第六十一話 蹂躙のはじまり
「こちら鳴瀬の吸い物で、はまぐりの静汁で御座います。お造りは、海の静けさ三種盛りで左から平目の薄造り、鰆の炙り、烏賊の白雪造りとなります」
仲居の説明と目の前に並ぶ料理とを比べてみては、座敷ちゃん以外の全員がため息と「食べるの勿体ない」と言いながら食べてしまうというのを繰り返している。
「これさ、俺ら未成年だからダメだけれど、いい歳こいたら酒やめられなくなる肴だよな」
と言うのを聴いて、コイツは絶対に酒飲みになる奴だと田浦以外の全員が思った。
映されているテレビのニュースは、暗いのと立ち入り制限区域の外からの望遠映像のため、非常に粗いが月灯りで辛うじて銅鐸のような形状であることがシルエットで確認できる。
ただ、何も変化がないため見ていても仕方がない。
お陰で宇宙科学研究倶楽部の面々は料理を堪能できているわけだ。
焼き物、揚げ物を頂き、次はご飯ものというところで、海人は明日乃に小声で
「理久神くんとか、何か言ってきてないのかな?」と囁くと「可視光線以外の電磁波については、そこそこ強力な偏向シールドが施されているって。見た目は全然だけれど、わりと臨戦態勢のままでこちらを観察しているってところね」と言ってきた。
つまり相手は既にやる気満々らしいんだが、何でそんなにいきり立っているのか。
そして、その割には変に慎重なのもどういう訳だろうか。
そんなことを画面を観ながら思っていたが次の料理が出てきたところで、もう料理が美味しいから何かあってから考えようと切り替えた。
「月渡しの締めで御座います。潮の香りの土鍋ご飯と浅利の味噌汁、香の物は海霧大根と松葉胡瓜をご用意させて頂きました。御代わりも御座いますのでご遠慮なく申し付け下さい」
との説明に沸き立つ奴らが三人ほどいた。
「なんかよぅ、お上品に食ってたら逆に腹減っちまって」
「あたしもぉ!」
「な、頼むから食べ放題と同じペースだけはやめてくれ。な?」
けん制してはみたものの、瞬く間に御櫃を三回おかわりしてしまった。
「ああ、もう。こいつら、やっちまった……」と言いながらテレビを観ると、映像の粗さではない何かキラキラと光っているものが見えているような気がした。
そこに『理久神より一斉連絡。大洗の物体より多数のドローン放出を確認。現在千五百機。なおも増加中。なおドローンより核融合由来の高エネルギーを検出。攻撃型のドローンと推定』
明日乃と姫子に目配せをすると、彼女らも頷いた。
こちらも臨戦態勢に移った方が良さそうなのだが、田浦はいまだ食う気満々で「やっべ‼ やめらんねぇ!」と言いながら箸を止める気配がない。
さて、どうしたものかと相談をしようとして海人が立ち上がろうとした時、
「あれ……食いすぎたかな……急に眠気が…………」と言いながら、田浦の身体が座敷ちゃんの方へと傾いていき、座敷ちゃんの膝枕でいきなり寝てしまった。
座敷ちゃんは海人や明日乃、姫子の方を見てこくこくと頷いている。
どうやら事態を察して寝かしつけてくれたというわけだ。
「座敷ちゃん、有難うございます。助かります」と頭を下げると、さっさと行けと手を振った。
三人は立ち上がって、各々の部屋のバッグの中に入れてあったキューブラスター、標識おじさんガン、ハンマリングミウスを持つと玄関に集まった。
それから外に出て目視で巨大な銅鐸の方を見てみると光点は銅鐸の周囲に規則正しく並んでいるように見えた。
「お姉、これ、けっこうヤバいんじゃない?」
「そうね……理久神くん、ドローンと銅鐸型要塞の現在の状態を再報告して」
『ドローンの放出は止まりました。現在、総数三千機が要塞本体を球状に囲むよう展開しています。一機は約五メートルの直方体形状。重力制御と複合推進にて飛行しています。今、要塞本体から人類側へのハッキング行動を確認。電波による通信系が乗っ取られています』
報告内容は自衛隊に致命的なハンディになるものだった。
このままでは勝負の土俵にすら上がれない。
「わかった。じゃあ、地下基地に控えている要撃用ドローンを全機、大洗にまわして。ただし、攻撃はわたし達が発砲してからね。数では向こうが上だから、砲撃だけじゃなくて前面にプラズマシールドを展開して体当たりでの粉砕も併用するつもりで配置すること」
「そんなものが用意してあったのか」という問いに「ほら、理久神くんが出来たから工場で作っておいてもらったのよ。要撃用は、まだ確か二百機くらいしかないけれど」
いったい何のために用意していたのかと一瞬考えたが、エスプレンダーが要撃しに行ったことを考えると、そういう相手が来た時の防衛装備だったのだろう。
それは結果として正解だったわけだが、それでも戦力差は一対十以上ある。
普通に考えると勝ち目が無いように思える。
「ここだと、あの要塞の全容が見えないな。場所を移動するべきか?」
「そうね。どっちにしろ、ここからじゃ攻撃を受けない代わりに、こっちからも攻撃が出来ないから認識阻害から出ないとダメね。二人ともロボットで、一旦、さっきの海の家の前まで移動して。わたしも行くから」
「了解だ。アルファ、ベータ。田浦は寝ているから光学迷彩を解除してほしい」
『こちらベータです。状況を分析……確認しました。光学迷彩のみ解除します』
『こちらアルファです。昴姫子は視覚隠ぺい解除指示に同意しますか』
「同意するする。アルファ、早く解除して」
『了解しました。光学迷彩を解除します』
つきわたり庵前の広場の端に二台のロボットが降着状態でゆっくりと視覚の中で結像していく。
やっと強制ムーンウォークみたいな搭乗のしかたを止められる。
「これで普通に搭乗出来るな」と言うと「あれ、なんかカッコ悪くて、自分でもやっていて恥ずかしかったよぅ」と姫子が笑いながら本音をはいた。
早速、展開された座席に着座すると「マスタースイッチ・オン」の声に反応しベータウォーが通常状態に姿勢を戻す。
「オールスイッチ・オン。ベータ、明日乃の待機位置まで光学迷彩を起動してから移動だ。ベータサリー、ゴー!」
海人なりに、なんとなくかっこよく発進したつもりだったが数秒で到着してしまった。
まあ、直線距離で五百メートル程度だから、そりゃそうなのである。
『お兄、遅いよ』
挙句、こんな近距離ですら姫子に負けていた。
『星野、とりあえず着地して。こっちの要撃ドローンも到着するから、様子みようよ』
「僕とかロボットから降りた方がいいかな?」
「んー。二人のロボットには飛び道具が二種類ずつ装備されているから、そのままでもいいんじゃない?」
それはいい。
理解できる。
だが、仮にドローンを全部破壊できたとして、本体である銅鐸要塞はどうすればいいのか。
恒星間航行を楽々してきたということは、亜光速の微粒子や石ころ、強烈な放射線に対しての十分な対抗手段があるということになる。
はたしてガンマキャリーを呼んでも超質量バレットで効果があるかは疑問でしかない。おまけにサイズ違いも甚だしい。
鳩に豆鉄砲どころか熊に胡麻鉄砲くらい違う。
ということは、ケリをつけるには危険だが明日乃の能力という切り札を最悪、地上で使うことになるかもしれない。
恐ろしいことになるのは覚悟しなければならないが、あの銅鐸要塞が本当に人類に対して敵対行為を始めるならば人類単独では対抗出来そうにない。
いくら明日乃の能力でも付近を犠牲にするつもりじゃないと恐らく破壊は無理だろう。
だが、周囲を犠牲にする決断を明日乃に頼む程、自分が無情にもなれないことは海人自身も知っている。
明日乃という強力なカードはあるが使えない。
抑止力として機能させるには相手が明日乃の存在を認識していなくてはならない。
だが、その保証もない。
「これは、最初に思っていたより絶体絶命案件かもしれないな」そんな言葉が海人の口から出てしまった。
「絶体絶命? 星野、違うわよ、それ。わたしが一緒にいるんだから絶対なんて単語は金輪際忘れていいよ」
「いや、でも」と言いかける言葉を遮って
「不安なんでしょ? 打つ手が見えないから。大丈夫。もっと自信を持って」と明日乃は優しく語った。
『理久神より報告します。物体を中心とした半径二十キロの範囲で地球側の電波による通信、有線、光通信を含む一切のデータ転送が不能になりました』
これで自衛隊だけではなく大洗で何が起きているのかをリアルタイムで状況が分かる人が、現場にいる者以外いなくなってしまった。
同時に地球側が何か動きをとろうにも下手に動けなくなった。
「これは……攻撃手段がほぼ無くなったわけか」
「わたし達以外はね」
国家安全保障会議室のモニターがダウンした。
「どうした? 何かあったのか?」
局長の杉浦が補佐官に指示を出すが回復しない。
何やら会議室の補佐官達や事務方がせわしなく動き出して、会議室はしばらく混沌としていたが防衛大臣の久瀬が挙手をした。
「久瀬防衛大臣」
「えー、只今、自衛隊各方面よりの情報を合わせて確認している最中ではありますが、どうやら何者かからの強力な電波妨害あるいはハッキングがされているようで、現場との直接の通信及びレーダーを含むデータが得られなくなりました。回復には努めておりますが、状況としては目処が立っておりません。現状と致しましては現場との通信回復がなされるまでは観測を継続するという決まりがありますので、詳細が分かり次第、ご報告いたします」
報告をした久瀬も初めての状況であり、内心は焦っているのだろうが出来るだけ表に出さないように努めているのは明らかだった。
一人が疑問を投げる。
「それは、あの物体から妨害行為と考えるべきなのかね?」
「ほぼ、間違いなくそのようです」と答える以外ない。
「つまり、あれには知的な何かが乗っているということかね?」
流石に久瀬も答えが見いだせない。
「可能性としては、有り得る、とまでしか申し上げられません」
防衛大臣の回答を聞いて会議室が一瞬静まる。
山中官房長官が口を開いた。
「固定回線はどうだ? 光回線は?」
「交換設備やネットワーク機器にも侵入を受けているようです。固定・光回線、どちらも不通です」
「衛星回線は?」
そこに久瀬が新たな報告をする。
「状態が判明しました。現在、百里など周辺とは通信がとれています。どうやら対象の物体を中心にして二十キロ圏内が一切の通信途絶状態となっているようです」
外務大臣の神谷は急ぎ状況を米国に伝えるよう補佐官に伝える。
日本側が情報共有を絶ったと誤解されるのは非常に不味い。
それに米軍が大洗周辺まで偵察を出した場合、電子戦範囲に入った途端に通信だけでなくレーダーからも消失してしまうことで撃墜されたと誤認される可能性も出てしまう。
そんな中、防衛大臣に、またもや新たなメモが渡された。
それを読んだ久瀬防衛大臣の顔が非常に険しくなった。
挙手し、立ち上がった内容を聞いて会議室は再び大混乱となった。
「百里に帰投したF-2からの映像と報告がありました。現在、物体の周囲に多数のドローンの一種と見られる物体を確認。それとは別に少数ではありますが、別なドローンと思われる小物体群を確認したとのことです。今……録画映像が……出せる? 出せるの? ……失礼しました。F-2からの赤外線映像が出せる模様です……」
メインモニターに白黒ではあるが比較的クリアな映像が映し出される。
巨大な銅鐸の周囲を囲むように無数のドローンが配置されているところへ、陸側の方から別なドローンが複数機、移動速度が分からないくらい瞬時に横一直線に並んだのを見て、全員から「おおお……」「あれは……自衛隊のドローンなのか?」等の声が上がる。
それを受けて久瀬防衛大臣が放った言葉が衝撃を与える。
「あとから来たドローンとおぼしき物体は、われわれ自衛隊のものではありません。何故なら現在、大洗は一切の電波が使えません。つまり、あのドローンらしきものは正体不明です。
物体に関連する増援かもしれませんし、あるいは……あるいは全くの第三者の可能性もありえます」
「いったい、何のために……」
「電波じゃなくて、何で動かしていると言うんだ?」
ざわつく会議室で燕ノ宮総理が防衛大臣に意見を求める。
「久瀬さん、これ。先ほど貴方は、知的生命体を否定しないという旨の発言をされましたよね。あのですね……彼らと会話をすることは可能ですか?」
「……」
これには全員が黙ってしまった。
『可能である』
重低音の声が響いた。
「今のは?」
補佐官が慌てて声を出した。
「ス、スピーカーからです‼」
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