第五十九話 接客の相談のはじまり
海岸付近にいた人々は皆、その巨大な銅鐸のような物体を見て叫ぶでもなく、うわごとのように話している。
「なんだ⁉ なんだ、あれ⁉」
「え……え……」
「なに、あれ……」
「あ~、いや? ああ⁉」
海の家で、片付けや翌日の準備をしている人達やこれから帰るのであろう人達全員が固唾をのんで銅鐸を見ている。
海人は、事前にEDOからの情報が入って来なかったのを疑問に思った。
「明日乃。EDOからの警報や情報が無かったが、どうしたんだ?」
それには幾分、バツが悪そうにぼそぼそと答えた。
「いずれ分かることだから黙っていたんだけれど、あれがEDOの探知範囲に入る前に破壊されちゃった。静止衛星軌道上だったから狙いやすかったのもあるとは思うけれど。あんな大きさでも宇宙空間では移動速度が速くて、壊されたと思ったら東京上空まで来ちゃってたの」
どうやら、砂の城を作って遊んでいた時にはEDOが破壊されていたらしい。
「じゃあ、あれの素性やら大きさやらは一切不明なのか」
「ううん。エスプレンダーからの報告で、ある程度は分かってるよ。無駄に正義感が強いホワイトな星間国家が送り込んできた自動要塞みたいなやつ。全高500メートル、幅は一番広い裾部分で直径200メートルくらいかしら」
つまり東京ドームの直径でスカイツリーより少し低い銅鐸というわけだ。やたらとデカいと感じるわけである。
「でも、そんな奴が何しに地球に来たんだ? そもそも地球人類は自分の星の周りをウロチョロしているだけで近所づきあいそのものがないから迷惑のかけようもないと思うんだが」
「それなんだけれど、わたしも一人で生活していた時に、別に迷惑とかかけていないのに嫌な意味で気にかけてくる人とかいるの。公園の椅子に座っていても同じところに何時間もいるのは気持ち悪いから何処かへ行ってくれとか、ただ目障りだとか、不審者じゃないのかとか。主観が正義って人いるでしょ?」
明日乃が一人で暮らしていた時に、どんな姿でどんな行動をしていたのかは、よく分からないが、言わんとしていることは、なんとなく理解出来る。
近所のゴミステーションの清掃当番の時に、海人が慣れずに三十分くらいかけて綺麗に掃除している様を向かいの小窓からじーっと見ている人がいて、暇なのかなあ、なんか嫌だなあと思った経験がある。
「そういう文化を持った星間国家っていうのがあるのよ、面倒くさいことに。だから、地球の何にいちゃもんをつけにきたのかは聞いてみないと分からないのだけれど、こいつらは自分達自らは出向かない。全自動のロボットみたいなものを使って文句を言いに来る卑怯者だし最初から武装をしたものを送り込んでくる失礼な奴らなのよ」
「ん? それじゃあエスプレンダーは何をしに行ったんだ?」
「地球が弱っちいと分かって、彼らが言うところの再教育をする自動機を送り込んできたから片っ端からぶち壊しに行ったの」
ようやく話が見えてきた。
「つまり気が合う独裁国家同士がつるんで宇宙の発展途上の星に教育という名の植民地支配をしに来たってことであっているかい?」
「簡単に言うと、その通りね」
話をしている最中に巨大銅鐸が海面に近づくにつれ銅鐸の下の海水がゆっくりと盛り上がり、その分、潮が引いていく。
明らかに部分的に重力を操作して浮かぶ仕組みだ。
コイツはかなり面倒くさい。
二人の立つ場所に姫子と田浦もやってきた。
「あれ、何なんだ?」
「あれが何なのかは、分からないが僕らは一旦、旅館に戻ろう。置いてあるものもあるし」
「おい、それって避難が必要って意味か?」
「そういうのも含めて、ニュースを見たりして判断する為に戻ろうよ」
明日乃に言われ、海の家を去る前に挨拶だけしていくことにする。
「お世話になりました。お二人は、どうされるのですか?」
すると、オッサンはかなり焦った感じで
「あんたらも早く逃げた方がいい。潮が引いた。理由はともかく津波の前触れだ。ここにいたら命があぶねぇ。こっちこそ世話んなった。生きてりゃ、また会える時もあらぁさ。じゃあな! ひまり、早く車に乗れっ‼」
ひまりは頭をチョコンと下げると、裏に引っ込んだ。
すぐさま軽自動車特有のエンジン音がして、その走り去る音が小さくなっていった。
「おい、津波だってよ! やべぇよ! 俺達も早く逃げようぜ!」
「焦るな田浦。旅館は、海の近くではあるけれど漁港よりも何十メートルかは高い場所だ。急いで戻ろう」
そのままロッカーに全員集まったところで「やっべ‼ ビーサンじゃ走るのキツイわ! 靴だけ履いて行こうぜ」と言われて気がついた。
慌てて履き替えるが、裸足に砂が付いたまま履いたので中で擦れてやたらと痛い。
だが、そんなこと構っていられない。
そして旅館に向かって走り出すのだが、二百メートルも走ると海人と田浦は走るペースがガタ落ちしだした。
歩いている時は多少の坂だという認識はあったが、走っての上り坂は緩い勾配でもかなりキツイ。
森の小道に入った頃には二人ともバテてしまっていた。
「このままじゃ遅くなる。誰も見ていないから、わたし達が手伝うねっ」と姫子は田浦に重力軽減をかけた。
途端に「あ、なんだ⁉ 体が軽いぞ? これなら普通に、まだ走れる」と言いながら走って行った。
明日乃は海人の後ろに回ると「はい、腰に手をやりエッヘンってして」
何をいってるんだか訳が分からないが「こうか?」と腰に手をやり背筋を伸ばして胸を張った。
すると脇の下から手を回して海人を持ち上げると「目、つぶって。飛ぶから」と一言いった途端に足から接地感がなくなった。
亀町の怪獣捜査に行った時の身が縮む跳躍の経験が思い出されて、海人は目をしっかりとつぶった。
下の方から「あーっ、きったねぇ!」という田浦の声が聴こえてくる。
別に競争している訳じゃなくて田浦の避難と状況によっては迎撃準備の為に戻っているのだが、そんなことは田浦が知る由もなかった。
一足先に[つきわたり庵]へ戻ると、玄関口で女将と座敷ちゃんが心配してくれていたのか待っていた。
「まあまあ、お疲れさまでした。また大変なものが来てしまいましたね。ですが、ここは大丈夫とは思いますよ」と女将が言うと座敷ちゃんもこくこくと頷いている。
そこに全員分の手提げバッグを持ってきた姫子と田浦が駆け込んできた。
「さすがにそっちが速かったか。まあ、いいや。それで、これからどうするんだ?」
さて、どうするか。と、いうより相手がどう出るのか。
[つきわたり庵]の玄関からでも、銅鐸は巨大な物体なので普通に見えている。
動きもなければ光もしない。
今のところ、特別なことはなさそうだ。
「いや、待てよ? 普通に見えているということは……あれは、光学ステルスや認識阻害がかかっていないのか?」
「かかっていないよ。だから、周り全部の人達が見ているわ」
これを堂々としていると言っていいのか、なめていると言ったらいいのか。
「となるとだな……すみません、テレビとかありますか?」
「この廊下の一番奥の方に御座います宴会場に設置してあります」
「ちょっと拝見させて頂いてもよろしいですか?」
「ええ、勿論構いませんが……あの、ついでといってはなんですが、夕食をご用意いたしましょうか?」
本当は落ち着いて味わいたいのだが、これで落ち着くという方がどうかしている。
相手が五百メートルの巨体を晒しているのだから報道もされるだろう。
日本政府がどう動くのかも見ておく必要がある。
もう、焦っていても仕方がないのだ。
「そうですね。夕食を頂きながらニュースを観ようかな」
「承知いたしました。それでは宴会場でお好きな席に座りお待ちください。すぐにご用意いたします」と女将は軽く礼をしてから宴会場の方へと去って行った。
とはいえ……
「ねえ、お兄。さすがに全員で水着で夕食はダメじゃない?」
たしかに全然ダメだ。
「すみませーん」と声をかけると仲居が、すぐにやってきた。
「はい、どうされましたか」
「あの、これから夕食なんですが足とか砂だらけだし着替えもしたいので、どうしましょうか」
「では、玄関口の外に温水も出る足洗い場が左手に御座いますので、そちらを利用されてからお上がり下さい。お風呂は宴会場の向かい側の通路の先に御座いますので」
入る時に濡れ縁と足湯があるなぁとは思っていたが、どうやらあれは足湯ではなくて足洗い場だったらしい。
早速、足を洗いにそのまま行く。
実際に使ってみると「やっぱ足湯だよな、これは」というくらいには快適である。
靴も砂だらけになっているので、そのまま履いたら元の木阿弥だ。
先ほどの仲居が、つっかけと館内履きのスリッパを用意してくれていた。
とてもありがたいし嬉しいサービスではあるが、海人の頭の中ではサービスの度に財布からチャリンと賽銭箱にお金が飛ぶ音がする気がした。
足を洗って館内に入ると明かりが行灯、つまり油の火であることに気がつく。
明かりが行灯というかなり古風なのにも関わらずテレビがあったりWi-Fiが使えたりするのは、なんだか変な感じだ。
なのにGPSは使えない。
「明日乃。あの銅鐸みたいなの、この十分くらいの間に何か動きはあったか?」
「ちょっと待ってね。えっと、理久神くん。こっちに現れた兵器らしきものって、そっちでは捉えてる? 海人にも聴こえるように回答して」
初めて聞いた、誰か知らない人の名前だ。
『はい。レーダーでは捉えていませんが、そちらに向かわせたドローンからの映像とネットの映像情報から、かなり正確に捉えています』
聞き慣れない第三者の声に海人は尋ねてみた。
「えっと。あなたは、どちら様かな?」
中性的な声の主は流暢な話し方で自己紹介を始めた。
『私は理久神といいます。
この地下基地を統合管理する防衛AIです。
私を生み出したのは明日乃未来。
基地の維持機能、探知網、防衛機構は、すべて私の管理下にあります。
私はあなたの判断を支え、この星の明日を守ります。なにか指示等はありますか』
「どお? いいでしょ~。わたし達が全てを管理していたら大変だから、代わりに管理してもらうことにしたの」
いったい、いつの間に。
だが、基本的な知識や思考構造はどこからどうしたんだろうか。
「じゃあ、これからはサポートをしてくれるわけなんだな?」
『その通りです。ご指示ください』
「そうね。星野、何かアイツのことで気になることや気がついたことがあれば言ってみて」
「なんだ? 誰かと話してんのか?」田浦が聴いていた。
最近、田浦は自分が知らない話を海人と明日乃が話しているような気がしているのだろう。
仲間外れにされていないかを確かめたいのかもしれない。
「やっぱり気になるか? 安心しろ。見えないくらい小さなイヤホンマイクでAIと音声チャットしているだけだよ」
「ええっ! あんなのがいる時にチャット⁉ そんでもって、また明日乃さんに見えない小道具作ってもらってたのか。お前、余裕だなあ⁉」
いや、余裕なわけがない。
どう説明したものか、暫し悩む。
「うーん、そうじゃなくてだな。余裕がないからAIに聞いてるんじゃないか」
そういやそうかと軽く何度も頷きながら田浦の関心は既に風呂とメシに移っていた。
海人からすると田浦の方が、よほど余裕がありそうに感じる。
改めて巨大銅鐸を眺めてみる。
じっと見ているうちに、見えているとは何かを考えてみた。
(電磁波か……そうだ、これなら調べる価値がありそうだ)
「では早速だが理久神。目で見えるがレーダーには映らないということは特定の周波数帯域だけを遮蔽している可能性がある。ドローンを使ってエックス線から超長波までのどの周波数帯域が遮蔽されているのかを調べてくれ」
『貴方は星野海人ですね? 指示を了解しました。時間を下さい。分かり次第、報告します』
姫子は黙ってやり取りを聴いていたが自分も話したくなったのか、やっと質問を考えたらしい。
「理久神くん。今、テレビのニュースで、このことをやっている局は幾つあるの?」
『調べてみましたが、地上波で放送している局はまだありません。どの局もテロップのみ流れているのを確認しました。ネット番組では幾つかライブ中継されています。』
しばらく考えてから姫子は
「シャワーだけでも浴びて着替えてから晩御飯食べながらニュース観ない? 何かするにしても、それからでいいと思うのぉ」
「ま、そうだな。ご飯を食べる頃にはニュースも始まっているだろう。じゃあ、まだゆっくりは出来ないから軽くシャワー程度で館内着にでも着替えてご飯にしようか」
その頃、政府内ではマスコミに知られぬように関係省庁への緊急招集が始まり、対応の検討に入っていた。




