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第五十八話 迷惑な来訪のはじまり


「お姉ちゃん、ありがとー。バイバーイ!」


 最後まで明日乃と遊んでいた子供が帰っていく。

 明日乃も笑顔で手を振って見送った。

 それから海人の傍にやってくると晴れ渡った空の天頂に近い一点を指さす。


「ほら。あれ、見える? 黒い点みたいなもの」


 海人は、視力1.0なので目が悪いという程ではないのだが、夕暮れが近くなり青味が薄くなりかけた空をいくら見ても何も見えない。


「僕には何も見えないけれど……」


「見えるまでもう少しかかるかもね。姫子、海から上がりなさい。様子をみましょう」


 田浦と海から上がってきた姫子も見上げて「シャワーいってくる。あれ、すっごいゆっくり降りてきているね。まだ一時間くらいかかるんじゃない?」と言いながら慌てもせずに海の家に入っていった。


「俺もシャワーいって洗ってくるかな。なんか、あったのか?」


 田浦が心配して聞いてきたが海人もよく分かっていないので

「いや、何もないだろ。それより、もう夕方だから花火とかやらないか?」


 それを聴いて田浦はめちゃくちゃ喜んだ。

「花火か!! やろう! でも、花火買ってないぜ?」


「コンビニとかあれば売ってると思うが……」


 すると明日乃が買ってくると言い出した。

「わたしが一番、足が速いから買ってくるよ」


「そりゃ、ありがてえや! じゃあ、俺、シャワーいってくるわ」

と田浦がいなくなると明日乃は真面目に海人に話し始めた。


「これは……姫子が戻ってきたら場合によっては二人ともロボットで待機していた方がいいかもね」


「そんな奴が来るのか? 怪獣じゃないよな?」


 それには答えず、こんなことを言い出した。

「ねぇ、エスプレンダーが父の指示で何かをやりに行ったのは覚えてる?」


 覚えているもなにも、エスプレンダーがいなくなったので、明日乃だけに頼らないで自分でも何か出来ることをするために海人はベータウォーの操縦を引き受けたのだ。


「ああ。それが関係しているのかい?」


「そうね。今から来るのはエスプレンダーが戦っていた相手の一つということみたい。どうやら討ち漏らしたようね」


 かなりの強敵な匂いがする。

 初めて見た怪獣はエスプレンダーの相手にもならず、どこかに運ばれて処分された。

 そのエスプレンダーを振り切ってやって来た奴なのだから、いままでの怪獣相手とは、わけが違うだろう。


「アルファとベータで何とかって相手じゃなさそうだな……」


 すると明日乃は軽く笑いながら海の家へと歩き出した。

「それよりスマホでコンビニ探さないと。あのね星野。気にしても仕方がないのよ。どんなのが来るのか、どこを目指しているのかも分からないんだから、来るまで遊んで待ってよ?」


「なんだか、ノリが軽いなあ。でも、キミがそう言うなら」


「じゃあ、見つからないようにしてコンビニまでひとっ飛びして花火買ってくるね」というとスマホモドキをポーチに入れると跳躍した。

 と思ったら、そのまま弾かれたように弾道を描いて飛んで行った。

 それを見てから(あれ……水着のまんまパレオもつけないで行っちゃったけど……また変なのにナンパされて怒りながら帰ってくるんじゃないだろうな?)と思い、助言の一つもすればよかったかと反省した。


 気がつけば砂浜にいるのは海人ひとりだけになっている。

 砂浜の砂も、もう熱くない。

 そこで、前からやってみたかった大の字になって寝てみる。

 なかなかいい。


 寝転がったついでに、夕焼けになりつつある空をもう一度よく見るが、今のところやっぱり何も見えない。

 こんなことなら双眼鏡くらい持ってくればよかった。

 その宇宙から来る何者かが漆黒の宇宙艦を中心とした半径百キロのどこに降下するのかも目的も分からない。

 だが宇宙艦の目前には来ないことだけは漠然とだが分かる。

 何故なら明日乃達が警戒しているということは、ろくでもない相手に決まっている。

 つまり好戦的な相手の可能性が高いということだ。

 だが明日乃が花火の方を優先しているということは、その程度の相手ということでもあり、その程度ならば宇宙艦の隣に近づけるわけもない。

 バリアを破れもしない時点でチカラの差は歴然だ。

 仮に来てちょっかいを出したとしても己の無力を晒すことになるだけだろう。

 しかし、そんな相手でも今の自分達が対処するとなると、かなり深刻な問題である。

 宇宙艦は平気でも東京都には絶望的な侵略者かもしれないからだ。

 せめて話が通じる相手なら良いのだが。

 今日は本当は花火をやってから旅館に戻って夕食を食べて、ひとっ風呂浴びたら夜中にのんびりと天体観測をするつもりだった。

 だが、何か分からないものがやってくるということで、予定が立たなくなってしまった。


「なかなかイメージ通りには進まないもんだなあ」

 と寝ながら独り言を言うと

「なにがあ?」と明日乃が上から覗き込んだ。


「うぅわ! ビックリしたぁ! もう買ってきたんだ⁉ 水着だけで行っちゃってなんか言われなかった?」


「言われはしなかったけれど、めっちゃ見られた……向こうから戻る時、後をつけてくるのが何人かいたからコンビニの裏に回ってから飛んだよ」


 やっぱりナンパされそうになっていたのか。

 まあ、それは無理なんだが。


「お姉、お兄。海の家の人がちょっときてってぇ」


 シャワーから上がった姫子が水着のまま着替えもせずに呼んでいる。

 行ってみると、もう夕暮れで仕事を終えた海の家のオヤジと娘が裸電球をつけた店内でテーブルにせっせと焼きそばや焼きイカ、ハマグリ等を並べている。


「おお、きたきた! さ、座って食ってくれ。それと、少ないが今日のアルバイト代だ。取っといてくれ」と言いながらオヤジはテーブルの上に茶封筒を置いた。


「四人分入れたつもりだが足りない分は、ここで飲み食いして足しにしてくれや」


 これには、さすがに全員が恐縮してしまい、お金は受け取れないと言って、全員で固辞した。


「いや、これは僕達が御迷惑をおかけしたので弁償の代わりにお手伝いをさせて頂いたわけで、どう考えても受け取れないですよ」


「そうっすよ。元はと言えば俺がコーラを落としちまって席を他の客が使えなくしちゃったわけで」


「それを言われちゃうと着替えして出てくる時にバスタオルくらい羽織っていなかったわたし達にも責任あるし……」

 そういうとオヤジと娘のひまりは、半分驚きながらも何とか受け取ってもらおうと食い下がってきた。


「いやいやいやいや! おいおいおいおい! あんたら何言ってんだ⁉ いったい、ウチの何日分の稼ぎを今日だけで叩きだしたと思ってんだ⁉ な? 頼むよ。俺に恥かかせんでくれよ」


「そうだよ! コーラこぼしたとか、そんなの始終、誰でもやってるから気にしないでよ。わたし達は感謝してるんだからさ!」


 そういえば、[つきわたり庵]から幾ら請求されるのかも判然としていない。

 確かにここで臨時収入があることは助かると言えば助かる。


「あ……本当によろしいんですか?」


「もちろんだ! それに食ってもいってくれ!」


「正直、助かります。有難うございます。でも、食事のほうは、旅館に泊まっていますんで、夕食もありますから、今テーブルの上に出して頂いているものだけで……って、おい‼ お前ら‼ 勝手に食っちゃダメだろ‼」


 海人を除く三人は既に食べ始めてしまっていた。


「だって、お兄。食べてって言われたし、温かいうちに食べたいしぃ」


「そうだぞ、星野。旅館じゃ焼きそばも焼きイカも夕食に出ねぇだろ。別腹だ、別腹」


「ま、そりゃそうなんだけれど。すみません、なんか食い意地汚い奴らで」

と平謝りするとオヤジは豪快に笑いながら

「我慢するこたねぇさ! でも、ま、確かに旅館の晩飯もあるだろうから腹に余裕持たせて食ってってくれ」


「本当にすみません……おい、頼むから小腹満たす程度にしといてくれよ」


「わかっへまふぅ~。あ、イカ焼き、もう一つだけ欲しいですぅ!」




 三十分くらいの間に外は赤、オレンジ、紫、紺色の空のグラデーションとなっていく。

 潮騒を聴き、空から宇宙へと変貌していく様をハマグリを食べながら観望する。

 なんと贅沢なひとときだろう。


「そうだ。あのバケツお借り出来ますか。花火買ってきたんでやりたいので」


 すると、ひまりがバケツに水を入れて持ってきた。

「最近、花火やるのにやりっぱなしで燃えカスをそのままにしていっちゃう人が多いんです。やり終わったらバケツに突っ込んだままにしておいてくれれば、わたしが片付けますんで」とバケツを渡してくれた。


 田浦が「水を入れなくても海水入れるのに」と言ったが、オヤジに「にいちゃん。夜の海は近づかない方がいい。何があるかわかんねえんだから」とたしなめられた。



 明日乃が買ってきたのは打ち上げ花火こそ入っていなかったが[中身充実、お徳用パック

‼ 二百本入り‼]というでっかい袋物である。

「花火やるならライターとか要ります?」と気を遣ってくれたが明日乃が「有難うございます。ありますので大丈夫です」と返事をした。

 そして「姫子、点火して」と同梱されていた種火用線香を差し出すと、姫子は少し考えてから「あっ!」と言って親指と人差し指との間で小さなアークを発生させて点火した。

 見ていた田浦が「超能力って便利っすね」と小声で言うと

「言っちゃダメだよ?」

「わかってますって。任せてください」と笑いながらやりとりした後、ススキ花火に火を付けると、持ちながら次の花火にも火をつけては両手に持って変な踊りをした。

 すると砂に足をとられてコケそうになっている。


「なんだろう、この[たこおどり]って書いてある花火……ここに火をつけるのか」とやってみるとある程度、花火が燃えたところでビヨヨンと足が広がり、足の先に花火がついている状態になった。


 明日乃は、さっきから線香花火に苦戦している。

 バババッと火花を派手に散らし始めたところを興奮して見せようとして火の玉を落としてしまうことを何度も繰り返している。

 花火もだいぶ少なくなり、その頃には明日乃もコツを掴んで非常に長く【散り菊】の状態までもっていけるようになって喜び出した時に、それまで無かった風が急に吹いてきた。

 そして線香花火の火の玉が落ちてしまった。


「ああっ‼ もう! 今、見せようと思ったのに!」

と、顔を上げると夜の真っ黒な海の上に背後のトワイライトな空を遮る、更に真っ黒で巨大な銅鐸のようなシルエットがあった。


 風も止み、波の音だけが聴こえる。

 距離がわからないので正確な大きさは分からない。

 だが、見た目の圧迫感はスカイツリーを近くで見ているようだった。


「おい、あれ……怪獣じゃねぇや……」田浦も踊りを止めて呆気にとられている。


「お姉。来たみたいね」


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