第五十七話 招かれざる客のはじまり
男の着替えなんてものは早いもんで、全部脱ぐ。
海パンを履く。
以上である。
女子二人が暫く更衣室から出てきそうもないので、テーブル席でコーラを二つ頼んで飲んでいると、明日乃がやっと出てきた。
出てきたのは良いが、とんでもなくいいプロポーションで海の家にいた他の利用客も一瞬、時が止まった様に動きが止まり目線が釘付けになっている。
明日乃は、えんじ色で紐の装飾がある、派手だが色味のお陰で大人の雰囲気もあるビキニ姿で海人の傍までやってきた。
天然ブロンドとどこか童顔が残る美人が胸の谷間やらなんやらが露わになっている。
水着を買いに行った時に海人は、これを店で見せられてから意識が飛んだまま「似合っている」と言ったらしい。
それをぼんやりと覚えていた海人は、なるだけ明日乃の顔だけを見るようにしてコーラを一口飲んだ。
田浦は、飲もうとしていたコーラのコップを持ったまま明日乃をガン見したまま止まっている。
「な……なんだか恥ずかしいよお……」
段々と顔が赤くなってきて海人の後ろに回ると肩に手を置いて海人を盾にして隠れてしまった。
そのしぐさが、また可愛いとなって、海の家にいた男の客達が全員「うわあぁぁぁ!」と叫んだ。
店頭で焼きそばを焼いているオヤジが後ろで客が何か叫んでいるので
「おーぃ、ひまりぃ。なんかお客さんが言ってるみたいだから聞いてやってくれぇ!」と、声をかけていた。
さっきの娘は、焼きそばオヤジの娘だったらしい。
「いや、そうじゃなくて」と、ひまりがオヤジに言いかける。
そこに姫子が「お待たせぇ! ……あれ⁉ どうしたの?」と更衣室から出てきた。
それは真っ白のビキニで、普通より布が少なめだ。
なのに胸やら腰回りが明日乃より十パーセント増しなので「ちょっといろいろと危ない」感じである。
それを見た海人は飲みかけたコーラを噴いて、田浦はコーラのコップを床に落とした。
床が炭酸でシュワーと音をたて田浦の海パンにコーラが染みていくが全然気がついていない。
「どうよ、お兄。かっこいいでしょ! あれ、お姉は、そんなとこで何してるのぉ?」
かっこいいでしょと言いながら胸をバーンと張ったので山も谷間もバーンとなった。
「あ、ああ。そうだな。かっこいいってことだよな」と自分を説得する為にもギリギリ卒倒せずに返事をした。
店は水着美少女見たさの客が集まり、店頭の焼きそばやイカ焼きが急に売れ始めた。
急に売れ出したのでオヤジもテンパりだして
「おーい、ひまり! イカと焼きそばの材料が足りねぇ! ちょっと持ってきてくれ!」と叫んでいる。
その時は、ひまりもただ呆気にとられていた。
娘が返事もなく焼き物の具材も持ってこないので「おい、ひまり! おめぇ具材たんねぇっていってるだろ!」と振り返って文句を言うと視界いっぱいに姫子の際どいビキニ姿が入ってくる。
そのショックでオヤジは焼き物用のコテを下に落としてしまった。
シーンとした海の家で波の音と焼き物のジュウジュウという音だけが三秒ほど響いていた。
「え……なに、これ。え、わたし原因?」
次に白ビキニの黒髪美少女が言ったのは
「がちょおおぉぉぉぉん‼」だった。
それで全員、正気を取り戻した途端に時間が動き出す。
ひまりは「父さん、今、具材もってくから!」と慌てて奥に引っ込み、
オヤジは「おい、コテの代わりも持ってきてくれ! あ、すいませんね、今、お渡ししますんで」と客に謝り、並んだ客は「焦んなくていいから。いや、むしろ、ゆっくりやってくれ」と言い出し、
田浦は「ん? え? あっ! あーあ! やべえよ。コーラこぼしちまった。うわ、パンツに染みてつめてぇ‼」と嘆きだした。
コーラでビニール製のゴザがベタベタする。
「すんませーん! あの、コーラこぼしちゃって……どうしたもんでしょうか」
田浦がすまなさそうに、ひまりに謝ったが「あ、ウチ海の家なんで砂とか入ってくるくらいですから気にしないでください。あとで水かけておきますから」とにこやかに対応してくれた。
「田浦くん、シャワー借りて自分ごと洗ってきなさいよ。すみません、御迷惑かけちゃって」と明日乃も謝った。
ひまりは「いえ、ホントに気にしないでください。何ともないんで」と言ってくれた。
その間にも店頭売りしているものがどんどん売れていってるらしく「次の具材持ってきてくれ」とオヤジが言っている。
が、「お父さん、この具材で全部だよ」とひまりが音を上げた。
客は全然減らないどころか増える一方である。
「おい、俺、ちょっと買い出しいってくるから、お前、ここで焼いてろ」といって、ひまりにコテを渡すと裏にいってしまった。すぐに軽トラ特有のエンジン音が遠ざかる。
ひまりは一生懸命にやっているように見えたが慣れていないせいか、なかなか捌けていない。
このままでは悪いので、しばらく様子を見ていたが、明日乃が「わたし、手伝ってくるわ」といって席を立つと、ひまりのそばにいって二言三言話をしてからコテを持った。
姫子も自分のせいかもしれないと思ったのか客の整理をはじめた。
そうなると並んでいた客としては
「待ってました‼」
「ねーちゃん、美味しいのたのむぜ」と声をかけ始める。
「ちょっと星野。ひまりさんに頼んで胡椒とイカ用じゃない醤油をもらってきて」と海人まで使われはじめた。
明日乃の腕前は、今まで食べた焼きそばの分析を基に現状で用意出来る材料から最適解な調理となるので美味しいものしか出来ない。
調理パフォーマンスも豚バラの特に脂身が多い部分をコテでバンバンと切り取り、ダダダダダンとこま切れにするとその油を軸に追加の油を適量足すなどして焼きそばを焼いていく。
「なんか、凄いですね。お客さん、どこかでお店とかやられている……わけないですよね。同じ歳くらいですもん」とひまりが感心していると
「いろいろと凄いっしょ、あの二人。何やらしても、その辺の奴らには負けようもないんですわ」と何故か田浦が自慢している。
「ヤバい。材料がない」とさすがの明日乃も困り始めたところでオヤジが帰ってきた。
「おう、お客さんどうした……なん……だぁ?」
海人が簡単に事情説明をする。
「あ、すいません。ちょっと手伝わせてもらっています。それより材料がなくて」
「お、おう。それなら今、買ってきた。じゃあ、俺が焼きに入るから、ひまり。お前は材料切ってくれ」
「いえ、それよりお二人で材料を切って用意してくれますか。焼きの方は、こっちでやりますから!」
「ホントか⁉ わりぃな! じゃ、頼むわ。ひまり、手伝え。こんなこと滅多にあるもんじゃねぇからな」
席の方も埋まってしまい、海人と田浦もウエイター代わりに手伝った。
野菜と麺は二日分以上あったのに、あまりに売れて無くなってしまったので焼きそばは売り切れとなった。
代わりに貝やらイカ、エビ等の焼き物をキッチンだけでなく鉄板をどけてやり始めたが、これも底をついてしまい午後三時頃には、オヤジもひまりもクタクタになってしまったので「食べ物、売りきれました」と段ボールに書いて柱にぶら下げておいた。
一息ついてオヤジが明日の材料を買いに出たところで、四人は海の家から波打ち際までいってみることにした。
陽は多少は傾いていたが、まだまだ高いし暑い。砂も熱いんで、早く海水に足を入れようと小走りする。
が、明日乃と姫子が三歩進む度にナンパされているんで、全然、波打ち際まで来れていない。
「一緒に来ている人がいるから」と明日乃が断り続けていると
「誰と来てるんですか? え、あの男二人? あんな冴えないのと? あんなの放っといて、こっちで遊びましょうよ」と手をとろうとするのをスルリと避ける。
背中を押そうとした奴もフッとかわす。
ふざけたフリをして姫子に抱きつこうとした奴は、何かに阻まれて横に転げた。
だんだん明日乃がストレスを感じ始めたことを姫子が察して「お兄、こっち来てよ」と声をかける。
すると田浦も一緒についてきた。
おかげで周囲は「どっちが兄なんだ⁉」となり声がかけづらくなってくれた。
二人とも初めて入る海だ。
「冷たくて気持ちいい! プランクトンもいっぱい!」
「うわぁ! この深さが少し変わるだけで海水の流れが変わっていくのを感じるのって新鮮だわ!」
何だか感動の仕方が独特だ。
「それで星野。この海水で、どうやって遊ぶの? 泳いだり水をかけたりすると楽しい?」
これはなかなか手ごわい。どうしたら海水が楽しくなるのか?
うーんと悩んでいるうちに何故か隣にいる明日乃の背がどんどん低くなっているようだ。
「あれ? 明日乃、背が⁉」
「ん? ああ、黙って立っていたら波で身体が揺れたり持っていかれそうな感じがしたから比重を上げてみたら足が砂に潜っちゃった。あれ⁉ これ、面白いかも⁉」
いや、楽しみ方が違う。
田浦と姫子は浮き輪を使って浮いたり、浮き輪を使っているのに姫子が沈んでみたり、波が来たタイミングで「そうはならないだろ」って感じで浮き輪でサーフィンやってみたりと、それなりに楽しそうだ。
「ええっと、じゃあ彼氏と彼女が海に来たらやる定番のことをやってみるよ」
「へえ! なになに⁉ やってみて!」
と言うので、海水をバシャッとかけてみた。
顔や胸にかかったが明日乃はキョトンとしている。
「かかったよ?」
「うん」
「それで、どうすればいいの?」
「えーと、やったなぁとか言って僕にお返しの水をかけるのかな」
「ふーん……こんな感じ? やったなー」
明日乃はバシャッとやったつもりらしいが海人の体はポンプ車数台から放水されたような圧力を受けて砂浜まで吹き飛んでしまい、砂の上を数メートル滑走して止まった。
「ヤバい……明日乃相手に水かけ遊びをしていると間違いなく僕は大動脈解離で死んでしまう……今ので死んでもおかしくなかった」
海人はむくっと起き上がると作戦を変えた。
「明日乃、ちょっとこっちに来て。別な遊び方しよう」
「うん! 次、何やるの?」
「ここ。この波がギリギリ来そうで来ないところに砂だけで防衛要塞を作るんだ」
「でも、波が来るとすぐ崩れるよ?」
「そこを砂だけを使って、仕組みを考えて、崩れるんだけれど限界まで抗う城を作る遊びだよ。じゃあ、まず簡単に作ってみよう」
「うん」
ビキニの美少女がしゃがんで波打ち際で砂の城を作っている。
そんなことやっているのは、小学校低学年の子供くらいしか周りにいない。
だが、それは大人なのに一所懸命に砂の楼閣を作っている姿が子供の共感を得たようで、男の子も女の子もやってきて「ここを掘ったら波が壁までこないんじゃない?」とか「ここ、わたしが作る~」とかやっているうちにだんだん大きな城になってきた。
たまに大きな波がくると一部が崩れるが、そこを子供たちが修理しては騒いでいる。
明日乃は海人を見ると「ねえ、星野。これ……凄く楽しい‼」といって今日一番の笑顔をした。
そして、また子供らと一緒に「ここにも塔を作ろう」とやっていたが、一瞬、明日乃の動きが止まって空の一点を見始めた。
見ると海で姫子も立ったまま空を見ている。
田浦が急に態度が変わった姫子に話しかけているようだ。
「明日乃、なんかあったのか?」
「うーん。なんかあるかもね」
「アルファやベータで対処出来そうなことか?」
「んー」
考え込んでいる二人に子供らが「ねぇ、つぎはどうするの?」とせがんでいる。
「あっ、ごめんごめん。次は……ここを作ろうか!」
明日乃は何事もなかったように、また砂の城の続きをやり始めた。




