第五十四話 女の力技のはじまり
海人の考えていた妖怪とは、例えば河童などの伝承がわりとハッキリしたものは地球外生物が目撃されたものだとか、未発見や絶滅生物の類いであるとかだと考えていた時期があった。
どうであれ、偽科学の匂いが強いヤバい系の解釈だったのだが、実在する座敷わらしとの出会いで、その考えは木っ端微塵となった。
そこで本来ならば「では、座敷わらしとはなんだ?」にいくはずが、怪獣や宇宙人のオンパレードになりつつある中では、害があるものをどうするかに集中して考えるしかなく、座敷わらしとは何かを考えるより、未知の力だろうが正体不明だろうが助力してくれるならば有難いが先にあった。
しかし座敷ちゃんが開いたゲートの中を見るにつけ、我々と完全に同じ物理法則であるかは分からないが、そこにはエネルギーという共通重心がありそうな別レイヤーの世界があり、それを自分は今、見せられているのだということだけは理解出来た。
以前に明日乃が、最初は食べる・寝るなどが無かった時期には、存在を希薄にすると言っていたことを思い出して、海人は漠然とではあるが我々が妖怪と呼ぶ住人との共通点を感じていた。
「凄い世界だ。でも人間が、この世界に立ち入ることは物理法則的に無理ですね」
海人が言うと、『ほう』という顔をしながら(正解)と紙に書いた。
姫子も、しばらく中を覗いていたが水着を早く買いに行きたくなったのか
「これで問題は解決したんだから、つぎいってみよう! 一時だよっ! 全員集合!」と言って駆け足ポーズで催促しだした。
「わかったわかった。じゃあ座敷ちゃん。明日、よろしく。明日乃、財布を預けるから二人で買いに行きなよ」というと明日乃は「えっ、なんで? 一緒に行ってくれないの?」と言い出した。
ごく自然に女子二人で行くものだと思っていた海人は、なんで? という疑問に
(なんで? ってなんで?)となってしまった。
「いや、だって水着だぞ? それ、男の居場所がない買い物だろ」
「えーっ、どれがいいか迷うし自分じゃ選べないもん。そこはやっぱり星野に決めてもらいたいし……」と顔を赤くしながら拗ねだした。
「ほらぁ、お兄~。お姉がクネクネし始めた時はおねだりしている時なんだからぁ。一緒に行こうよぉ」
「あ、明日乃はいいとして、ひ、姫子はいいのかよ?」とドギマギしながら下を向いて困っている海人を見るのが面白くなってきたのか弄りだした。
「ふっふーん。全然きにしないもん。ね、ね。お姉とわたし、試着もするから、ちゃんと評価してよね?」
それを聴いて、今度は明日乃がドギマギしだした。
「えっ⁉ 試着を見せる⁉ そんなの明日でいいじゃない⁉ ど、どうして⁉」
「そうだよ! そんなの、明日、海行くときでいいじゃないかっ!」
何か姫子の瞳がキラリと光った気がした。変な地雷を踏んだかもしれない。
「二人とも、なぁに言ってんのよ? しましまホームセンターでお姉の服を買ってあげた時、お姉は試着しなかったの?」
「それは……したけれど……」
「それで、お兄は試着したお姉を見なかったの?」
「そりゃ、みたけれどさ……」
「で、なあんて言ったのよ?」
「え……まあ……似合ってるくらいは言ったかも……」
すると、ただでさえデカい胸をボタンミサイルが発射するくらいに張って宣言した。
「はい、一緒にいって試着を見ること決定‼」
判決を言い渡された罪人がごとく海人は立ち尽くす。
「負けた……姫子なんぞに負けてしまった……」
なんかガックリしている海人の肩をポンポンと二回叩き、姫子はどこで覚えたのかオッサンが言いそうなセリフで敗北をねぎらった。
「まあまあ、星野くん。キミも男なんだから、ここは切り替えてだな。いろいろと楽しもうじゃないか。ん?」
言った途端にスパァーンと明日乃に頭を叩かれた。
そして有無を言わせず、人間には逆らえない力技で海人はズルズルと新宿ルミネエストまで引きずられて来てしまった。
エスカレーターで四階に降りるとそこは男の立ち入りを完全に拒否していそうなフロアだ。
「いや、ちょっと待て‼ 僕は向こうの方で待ってるから!」
「お兄、そっちはランジェリーショップある方だけれど?」
急いでエスカレーター横にあるフロアマップを確認する。
確かにランジェリーショップがある。
が、その更に向こうにインテリアがあるのを発見した。
「ぼ、僕はインテリアに用事が!」
さすがに往生際が悪すぎる海人に明日乃も物申し始める。
「星野、もう諦めなよ。わたしも星野の意見は聞きたいし」
姉の同意を得たことで姫子は嬉々として「アウェイ空間に引きずり込め!」と言いながら海人を水着専門ショップにぶち込んだ。
若い女性、とりわけ女子高生のグループと女子大生であろう人達で賑わうショップの中で海人は自分だけが急速にズームアウトしていくように小さくなっていく気がするのと同時にゲームで毒沼にハマったキャラのごとくHPが削られていくのを感じた。
それでも、二人に引っ張り回されて物色したものの評価をしているうちは、まだマシだった。
最悪だったのは、「そこで待ってて」と言われてから二人とも、ほぼ同時に試着室に入ってしまい、試着室の前で一人で立たされていた時である。
周囲の女性客の目線が海人には不審者を見る目線に感じる。
半ば社会不適合者の海人には次々とクリティカルヒットが勝手に与え続けられる。
正直、逃げ出したいのだが、財布を持っている為に離れるわけにもいかない。
手に脂汗、背中には冷や汗が滲む。
すっかりいろんなものが出てしまい即身成仏になりかけた時に
「どお? 似合う?」と出てきた水着姿の彼女達はグラビアアイドル顔負けであり、周囲の女子も「えっ⁉ あの二人、ヤバくない⁉」という声が聴こえてくるくらいであった。
耐性が全くなかった海人は「うん、凄く似合ってる!」と言うのが精一杯で、そのあと、どうやって支払って、どう家に帰って来たのか、あまり記憶がない。
正気を取り戻した時には、二人が凄く嬉しそうにしてキッチンで晩御飯を作っていた。
「あー、明日、ますます楽しみぃ! お兄の評価はもちろん一番大事だけれど、他の人達からの評判がなんとなく聴こえてきちゃって! ね、お姉。もしかしてわたし達ってかなり可愛いのかな⁉」
「知らないわよ、そんなの。わたし、そこはどうでもいいし」
聴いてて海人には違和感しかなかった。
(なんだ、この会話は⁉ いままで全然自覚がなかったということなのか? じゃあ、クラスで人が集まってきていたのは一体、なんだと思っていたんだ⁉ うん、いっそ聞いてみるか)
「あ、ちょっといい? あのさ、二人ともクラスで人気があることは自覚あるんだよな?」
姉妹が顔を見合わせた。
「そんなの周りに人が来るんだから、人気はあるんでしょ?」
「人気者に決まってるじゃない」
どうやら自覚はあるようだ。
「なんで人気があるか、考えたことはあるかい?」
「そんなの勉強できる以外に何かある?」
「わたしはお姉の人気プラス女子力だよねぇ。あと笑いのセンス?」
訂正だ。
全然、自覚がない。
しかも姫子にいたっては、笑いのセンスという半ば致命傷を長所だと思っているらしい。
「じゃあ、学年三位の奴とか偏差値七十の奴が人気ないのは何故だと思う?」
「やあねぇ、そんなの男だからよ」
「うん。男はダメだよねぇ」
なんだか、微妙な話になってしまった。
男はダメらしい。
「でも生徒会長の桐谷とか女子人気あるぞ? モテモテだぞ?」
この切り口なら、こいつらも自己評価をかえるかもしれない。
「わたし達、別にモテてるわけじゃないよ?」
「そうだよ。人気者とモテてるをごっちゃにしてるよ。男とか、わたし別にいらないしぃ」
「え、ちょっとなに姫子。それ、わたしに言ってるの⁉」
「お兄は別だもん。その他いろいろと違うもん」
話が見えなくなってきた。
「なあ。じゃあ、なんで、あんな際どい水着とか買ったんだ?」
すると、今度は二人とも海人に、言い直せと迫ってきた。
「際どいじゃないでしょ! かっこいい、でしょ!」
「そうだよ! なんかわたし達がエロくてビッチみたいに言わないでよ!」
ついにこじれだした。
言葉の使い方がデリケート過ぎて踏み外しそうだ。
こういう時は、とりあえず謝ってしまう方が良い。
「あ、そうだな。ごめんごめん。で、なんでカッコイイ水着にしたんだ?」
今度は二人に呆れられた。
「もう、さっきから何なのよ? そんなの海で人気者になるためでしょ!」
姫子も頷いてる。
これだけ脱線しているのに結論だけは合っている気がするのは、どういうわけなのだろう?
(きっとスカート丈が短いと女子が可愛いというのを理解できない僕のセンスが悪いんだろうな)
「あっ、そうか。いやー、人気者になったことがないから分からなかったよ」
海人も、何かの理解を大きく踏み外しながら反省した。
そして晩御飯はトーフステーキだったので、海人だけ熱くてなかなか食べられないという罰ゲームみたいな状況だった。
冷めるのを待っている間、明日、持っていく物を考えていると案外と重いことに気が付く。
それというのも自動導入の天体望遠鏡を持っていくからだ。
専用リュックに収納した状態で十キロはある。
他にも着替えやらタブレットやらを持っていくわけだから、そこそこの重量にはなるだろう。
そういえば既に食べ終わってくつろいでいる二人は、持っていく物は用意したんだろうか?
「明日、二人とも何か持っていく物とか用意した?」
「え? だから水着買ったじゃん」
「いや、そうじゃなくてさ。水着以外で」
「う~ん……」
(なんだよ! 水着以外、考えてなかったのかよ!)
「例えば、どんなものを持っていけばいいの?」
海人は海人で倶楽部の遠征ということが主眼なので、改めて問われると泊りがけの海水浴に必要なものとは何だろうかとなった。
「分かんないけれど、海で遊ぶのも兼ねるんだから……」
「遊び‼ そうだよね! 何かして遊ばないと!」
また、姫子が脱線しつつブーストがかかり始めた。
「そうじゃなくて僕が言ってるのは、バスタオルとか着替えとか日焼け止めとかサンダルとか」
「水鉄砲とかビーチパラソルとかリクライニングチェアとかビーチボールとか」
「カキ氷器とかアイスボックスとかバーベキューグリルとか練炭とか肉とか、そういうの?」
「おい、途中から全然違うだろ。車で行くんじゃないんだから、そんなにどうやって持っていくんだよ」
すると姫子がニヤリと笑った。
「わたしが前のりするんだからアルファで持っていけばいいじゃん」
「で? それ、田浦になんて説明するんだよ?」
「あ……」
言われて気が付いてショボンとした。
「姫子は、遊び道具持って行きすぎ。明日乃は食い物関係に集中しすぎ! 一泊の予定なんだから大き目の手提げバッグ一つくらいで収まるくらいにしなよ。足りないものが出た場合は現地調達くらいの割り切り方をしないとダメだよ」
二人とも、ちょっと残念そうに「はぁい」と返事した。
「それで星野は、何を持っていくの?」
「基本は倶楽部遠征だからね。天体望遠鏡は必ず持っていかないと。それとカメラ内蔵のスターライトスコープ、ノーパソとタブレット。それ用の電池と太陽電池充電器。電磁波測定器と赤外線トレイルカメラを二台。あとは」
言いかけたのを明日乃がさえぎる。
「普通の物、持っていかなすぎ‼ いい? 天体望遠鏡以外は却下よ。普通に必要そうなものを手提げバッグ一つくらいにしてよね」
実にダメな三人であった。




